風に身を任せ
今日はとてもよく晴れていた。
窓から外を見下ろせば、綺麗な花が咲き乱れていた。
窓の淵に座って、今から部屋に来る彼奴を待つ。ガチャリとノブを回す音を聞いて、チラリと視線をそこに移す。彼は少しだけ止まったあと、すぐに私の方へ駆けてきた。それがとても愉快だったので、もっと揶揄いたくなった。彼が私の腕を掴んだ瞬間、思い切り体重を後ろにかけて、窓から落ちた。
ヒュッと息を呑む音が聞こえ、彼の顔は真っ青だった。
少し揶揄いすぎただろうか。腰から翼を出す。天使のように綺麗な物でもなければ,神聖な物でもない羽。
地面スレスレでちょうど止まった。
「く、ふ、…ははは!」
可笑しくてしょうがなくて、笑いが止まらなかった。
だが、やはり所詮吸血鬼。肌がチリチリと焼けていて少し痛かった。
彼を見ると、やはり顔面蒼白で私に何か言おうとしている。
窓の空いた部屋のベッドは、無理矢理剥がされ取られたであろう医療器具とチューブが、乱雑に地面に転がっていた。
「子供のままで」
子供の頃の夢はなんだっただろう。
ヒーローだったか、はたまた花屋でもしたかったのか。今となってはよく思い出せない。後ろを振り返れば、血塗れの道だった。暗くて付き纏う。飲み込まれそうなほど深く作られていったその道。
“他人に誇れるような人生なぞ、歩めなかった”
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そう言い終わると、彼は椅子に腰をかける私に背を向けて寝てしまった。
不躾だったか。後悔しても遅いが、そう考えてしまうのは必然だろう。彼は、いつもは堂々としていてリーダーシップがあり、王そのものの在り方なのに、どうしてか極稀にこういう卑屈な部分が出てくるのだった。
「…子供のままでいれば辛い思いも、痛い思いもしなくて済んだのに。」
そう心の中で思ってしまった。
「愛を叫ぶ」
両手から溢れそうなほどの大量の花束。赤、黄色、オレンジ、とても綺麗でたくさんの色が入った花束を抱えながら走っている男は汗をかいていた。
はたから見ればそれは、彼女にサプライズとして渡すかのように見えただろうがそれは違った。
この綺麗な花達は謝罪の意味を持った花束だった。花も、まさか謝罪に使われるとは思いもしなかっただろう。
だが、男はそれどころではない。何故ならば、待ち合わせに5時間というとんでもない遅刻をしていたからだ。
男にもそれなりの理由はあったのだが、悪いのは確実に己だと理解していた。
「…」
待ち合わせの場所に着いたとき、彼は寒空の下で待っていた。こちらを睨みつけながら。彼の手には手袋がされてあった。それは私が前にプレゼントした物だったので、少しだけ嬉しくなったが、被りを振って忘れた。
「すみません、遅れてしまって。待たせてしまってすみません。ですが、貴方との約束を忘れていたわけではないのです。」
彼はこちらをじっと見つめている。痛い。とても痛い。いっそ殺してくれたほうがマシだろう。
すっ、と彼の視線は私が持っていた花束に移った。これは好機だと思い、すかさず彼にこう言った。
「私のせめてもの償いです。貴方に嫌われたくはないから。これは私の気持ちでもあります。なにしろこの花達の花言葉やら本数やらを聞いていたら5時間も経っていましたが…」
「だから、どうか受け取ってほしい。」
「 。」
彼は面食らったように私を見た。その目には先ほどの鋭さはなかった。
怒られる代わりに、こんな公の場でそんなことを堂々と大きい声で言うな、と顔を真っ赤にした彼に言われてしまった。
「初恋の日」
喉が酷く乾いた。声を出そうとしても、出てくるのは弱声にならない声。空気だったかもしれない。
瞬きを忘れてしまうようだった。自分の目に映っていたのは、貴方だけだった。心臓がキュッとなっては跳ねて、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいで。顔は火が出ているように暑かった。
「 」
彼と一緒に歩いているときに、言ってみた。
彼の顔を見る。目を丸く見開いていた。目はとても綺麗な青色で、飲み込まれてしまうかと錯覚させられた。
自分は酷く笑顔だったのだろう。彼は、くしゃりと顔を歪ませた。そんな顔も綺麗で仕方なくて、愛おしくて。
あぁ神様!ありがとう。わたし、わたし、わたし!
今とても幸せ。ありがとう、ありがとう、ありがとう!
「楽園」
「もしも楽園というものがあるのなら、是非貴方を連れて行きたいです」
「そんなこと、1ミリも思っていないだろう。大体、そんな場所には私を近づけない癖に」
「貴方が楽園を心地いいと言ったら、私の隣よりも心地良いと言ったら、私はその楽園を壊してでも貴方を連れ戻すだけですよ。」
ニコリと聖人のように笑う彼の顔を見ながら、苦笑いをする。たまにとんでもないことを言うのだ、この男は。