貴方の居ないこの場所に貴方が一等愛していた虹が上がる。
貴方は世界の色を愛していた。
道端の草の色でも、
そのあたりに落ちているような石の色でも、
ただの蛍光灯の明かりの色でも。
「空はいつでも同じ色がない。あれはこの世で最も色の自由なパレットなんだ。」
そういうようなことをよく言っていたのを思い出す。
生憎、私は1型2色覚(赤色盲)というもので
青と黄色くらいしか見えなかったが。
それを貴方は黄色と青を感じる事に特化した素晴らしい目だというものだから
可笑しくって仕方が無かった。
それが私にとって一等嬉しかったのも含めて
可笑しくって仕方が無かった。
今日は貴方のいなくなった日。
棺のあなたへ黄色のマーガレットと青の薔薇を贈る。
私にとっての虹を少しは共有してやろう。
今度は色覚調整眼鏡をかけて虹を見る。
七色の、いつも貴方と見た虹が橋のように架かっていた。
いつものように書斎にこもる。
ウィンドウベンチに座って本を開く。
月明かりを頼りに内容を読み進めていく。
小説、歴史書、画集、図鑑。
薄く色の映るだけのそれらを何度も読み返す。
窓の外には満ち欠けを繰り返す月がある。
今日は半分くらいの月だ。
何の名前もついてない欠け方の月。
そういう月が妙に奇妙に見えたもんだから勝手に名前をつけ続けている。
そのために、月の見えるところで本を読む。
今日のあんたの名前の由来はこれなんだと伝えるために。
散々悩んで名前をつけたあとは、そのまま眠る。
ちゃんと名前をつけてやれた日は一緒に夜空を駆ける夢を見れるから。
今日だって、来年だって、死ぬまで一緒に駆けてやろうとまた本を重ねた。
誰しもが小さな思いを心に抱えて生きていると思う。
あいつがいなけりゃ、あの子のために、自分だけが。
そういった小さな思いで済めばいいものたちは時として爆発してしまうんだ。
赤く染まった足元を見る。
冷静に俯瞰する必要がある。
俺は何をしたのか。
目の前の彼を殺した。
ここはどこなのか。
別棟の教室だ。もう使われていない。
凶器は何か。
机の角だ。突き飛ばして、あたりどころが悪かった。
彼は何者なのか。
俺の親友で、好きな人。
なぜここに二人でいたか。
俺が来てほしいと言った。
なぜ呼んだのか。
告白しようとしたんだ。
なぜ殺したのか。
逆上だ。怯えた目で見られたことが耐えられなかった。
そうだ、小さな思いだったんだ。
少しの恋心。大きな信頼。俺は思い上がったんだ。
彼はそういった話を意図的に避けていた。
分かるはずだったろう。それが何故なのか。
ひそかな思いと隠してしまえばよかったんだ。
それならば、いつまでも笑いあえていたろうに。
まだほのかに温かい彼を抱きかかえる。
血が流れ出て、俺を染めていく。
このまま俺も、後を追ってしまおう。
幸い別棟は六階建て。下はコンクリートだ。
このまま、彼を抱いたまま、それくらいは。
またひそかな思いが生まれてくる。
それだけはしてはならない。
償うんだ。俺が殺したんだ。
失敗しただろう、その小さな思いのせいで。
ひそかな思いを殺せ。今、彼にしたように。
警備員が来る。現場を、彼を、俺を見つけるだろう。
ひそかな思いだったものを見つけるだろう。
ここは薄汚れてて、何にもなくて、つまんない部屋。
だからぼくはここに「もの」をつくることにしたんだ。
たとえば、いつでも助けてくれるとても大きなカッコいいお魚さん。
いろんな質問に答えてくれる頭のいいフクロウのおじさん。
小さくて、たくさんいて、カラフルなうさぎさんたち。
たまにはこの部屋自体も変えてみたんだ。
広い駅のホーム。
キラキラ光る結晶のある洞窟の中。
海の底の王国。
どこまでも広がる草原。
みんなはどこに行ってもぼくのところに来てくれて、遊んでくれた。
そのうちに、知らない子が隅っこにいるのに気づいた。
まあるく縮こまって、俯いてる子。
でも、少しだけこっちを覗いてたり、音楽が流れてたらそれに合わせて少し体を揺すったり。
みんなと遊んでるうちでも、少しだけその子に気をかけるようにした。
他のみんなは気づかなかったみたいだし、キノコのおじさんに聞いても知らないって言ったから、遊びには誘わなかった。
みんなから来てくれるから誘い方も知らないし、あの子がどんな遊びが好きかも知らない。
だからせめて、あの子のことを考えることにした。
しりとりとかの言葉遊びの時にこっち見てることが多いかも。
音楽も好きかもしれない。
体を動かすのはあんまり好きじゃなさそうかな。
まあるいうなってるのは落ち着くからかも。
みんなのいないときも、あの子のことを気にかけるようになった。
そうしていたら、みんなはそのうち来なくなっちゃった。
・・・来ないんじゃなくて、いるんだけど声をかけてこないんだ。
無視してるんじゃないかと思ったけど、
フクロウのおじさんは話しかけたら普通に話してくれるし、うさぎさん達は遊びに誘ったら、一緒に遊んでくれるし、カッコいいお魚さんは見守っててくれるし。
もう、遊びの誘い方も覚えたし話すのもちゃんとできる。
みんなが見守ってくれてるのもきっとそういうことなんだ。
思い切って、きっと僕の想像じゃないあの子に声をかける。
「あなたは誰?」
いつからか、顔も姿も知らぬ貴方と文通をするようになりました。
出会いは覚えてはおりません。
きっと些末のことだったのでしょう。
貴方との文通には、決まりがありました。
一月に一回であること。
お互いの手紙に、同じ言葉を出すこと。
そして、お互いの土地の花を贈り合うこと。
贈られる花から、貴方の住む土地は厳しい寒さの土地であることは大いに伝わってきました。
それでも送り続けられる小花たちに顔を緩ませ、
こちらからは大輪の花を贈っていました。
まるで、夜の輪郭を溶かして綴ったような貴方の文。
いつの間にやら惚れ込んでいたのでしょう。
あなたの言葉に一喜一憂したものです。
温かな貴方は、私の文を陽だまりで育てたようだと言ってくれましたね。
それが何よりも嬉しかったのを、今でもよく覚えています。
貴方の姉上には感謝をしなくてはなりませんね。
貴方が死んだ後暫くしても、彼女は文を綴って下さった。
その上、愛しくて仕方がないはずの貴方を送ってくださった。
今になって、小さな灰になって、ようやく会えた貴方。
今度は私が出向きましょう。
最後の手紙を、貴方へ。