どこにも書けないこと
生きるっていうのは、基本抑圧だと思う。
自分の意識を外に出したことはない。
意見も思いもそう。
自我なんてもってのほか。
自分にたくさんの人の目という
重しを乗せて無理やり押し黙らせる。
押し込められて苦しくはなるけれど、苦しいだけで終わる。
大切な部分を、要は弱点を隠すから決して傷つかないで済む。
抑圧を、可哀想だと言う人もいるけれど。
それを鵜呑みにして自分を出して、
そのせいで傷ついたときに責任を取ってはくれないから。
可哀想だで終わらせるから。
他でもない自分を守るために生きることを、決してバレないように。
そのための抑圧を心に抱えること。
どこにも出さない、書かない、見せないこと。
優しさ
ぼんやりと月を見上げる者がいる。
あなたのことである。
ぼんやり光る月を、同様にぼんやりと、
無感情で感情を考えるように見上げているあなたである。
ぼんやり光る月がある。
”大切なこと”である。
大切なことは、無論大切で、大変大切で、
核たるものになりえる大切なものなので、
後生大事に浮かんでいるのである。
しかし遠くにいるのだから。
そうであるのだから当然手は届かない。
しかし、霧だって泣いているし。
雨だって、大声をあげるのだし。
あの日の空は、とても弱くて薄く凍えたから。
多分、多分、きっとそういうことなのだろう。
守れはしない。
ぼんやりと、月を見上げるあなたなのである。
守れなくとも、見上げる、見上げているあなたなのである。
特別な夜
特になんともない深夜にこそ人は弱る。
何もないの状態異常が体を
締め上げて、溺れさせて、痺れさせて、視界を奪って、蝕んでいく。
そんな夜にあなたが偶然いた。
そんな夜にあなたは偶然私の隣に座った。
大丈夫だよ。
なにが、とかなんで、とか言われてもわからないけど、
でも大丈夫だよ、絶対大丈夫だよ。
そんな夜に、あなたは偶然そう、言った。
言って、くれた。
それだけで今日は特別な夜。
私の状態異常が解けたそんな夜。
閉ざされた日記
私は空虚だ。実に空虚だ。
平々凡々な人間が平々凡々な日々を過ごす。
全くもって面白くない。
谷がないのは良いことだけれど、山がないのはよろしくない。
全くもってつまらない。
もしこれが演劇であるのならば、駄作間違いなしだ。
トマトも生ゴミも四方八方から投げ込まれることだろう。
途中退席者も出るだろう。怒号さえ飛び交うだろう。
いや、いや。
それさえも、ないのかもしれない。
私の空虚は、演劇には。
誰も、何も、観客がいないのかもしれない。
私の空虚は正しく空虚のまま、誰にも観測されず愛されることなく。
正しく、正しく空虚のまま。
空虚のまま。空虚のまま・・・。
私は、私は正しく、虚しい。