鼻の下に指を当てて
眠るあなたの呼吸を確かめる
そして小さな命が続いていることに安堵する
すくすくと大きくなりますように。
小さな命
こんなに愛しているのに、
あなたをしっかりと育てないといけないから、いつも厳しい事ばかりいってしまう。
あなたが私のことをうざったくて大嫌いでも。
本当に可愛くて大好きだよ。
こんなことを心の中で思いながら、我が子を怒り睨みつけている毎日。
いつか私の気持ちが届いてほしいけど、
届かなくてもそれが親というものでしょう。
あなたが誰よりも幸せな人生を送れますように。
love you
0からのスタートで始めた人生。
戻ることはできない。
一方通行に進んで行くだけ。
大したことない人生だと嘆いても、
進んでいる。
常に前向きな時の流れに乗るしかない。
たまにすごく怖くなるけど、
命を与えられるということはそういうこと。
0から始まり終着点はどこなのか。
いつか分かる答えに向かって進むしかない。
0からの、、
「同情」とは、
他者の不幸や苦境に対し、その身になって思いやり、心を同じくする感情を指します。
調べてみると、なんだか良いことを書いてある。
でも、人から同情されて何だか嫌な気分になるのはなぜだろう?同情してくれた人に嫌悪感さえ抱く時もある。
実際に不幸や苦境を経験していない人がそれを想像するとき、私はそうじゃないけどねっという前置きをどこかに感じるから。心を同じくしてくれているはずなのに、なんだかマウントを取られている感じすらする。
それに加えて、自分は人から同情される人間なのだと自覚した時の惨めさが辛い。
人に安易に同情するのは危険だ。
「同情するなら金をくれ!」ドラマの有名な言葉。
このセリフ、理にかなっている。
物理的な痛手を一緒に負ってくれる人こそ同情をする資格のある人なのではないか。
なんだか妙にすずのセリフに納得してしまったのだった。
若葉だった頃
みずみずしい毎日に満ち溢れて、なにもかもが新鮮だった
しっかりと枝に支えられ、空から下を見下ろしていた。
そして今
枯葉として地に落ち、
私は軽々と風に弄ばれる
いずれは踏まれて粉々になる運命なのだろう。
しかし幸に包まれていたあの頃は確かにあり、
今それを懐かしむことは私の誇だ。
そんな気持ちに包まれながら人生を終えたい。
枯葉