秋茜

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11/12/2025, 1:07:44 PM

心の迷路

“心の壁“や“心の扉“といった言葉を建材にして家を建てたら、それは快適な暮らしを送れる家になるだろうか?

いや。多分、人にはよるとは思うが。
大抵は“住める家“というか“迷路“になりそうだ。

やはり、家は普通の建材で建てるべきだろうし。
例え、“心の家“なんてものがあっても入るべきではないだろう。

君子危うきに近寄らず、だ。
虎子を得る為に危険を侵す必要は、現代においてはそうはないだろうし。

ただ、初心と好奇心は、猫を殺さない程度には人間にとっては必要なのかもしれないとは思うが。

11/11/2025, 1:32:14 PM

ティーカップ

四角いティーカップ、三角のティーカップ。星形のティーカップ……。
なぜ、あまり見かけないのだろうか。

変化とは――比較で生まれるものだ。
普通ばかりではつまらない。
“変わったもの“がひとつくらいあっても良いのではないだろうか。

独自の価値観や創造性と、商業的な需要は基本的に相容れないもの。とは分かる。

インフルエンサーなどの火付け役とその後追いが作る一過性の偶像が、特に“価値“として扱われる世の中。
そうした存在が“三角のティーカップ“などを宣伝すれば、
例えそれがどんな物でも、落とした飴に群がるアリのように客が集まってくるだろうけど。
しかし、そうでもなければ、わざわざ売れない物を作り損をする義理はどこの瀬戸物屋にもない。そんなところだろうか。

しかし、単純にティーカップとしての役割を考えるとどうだろう。
三角や四角のティーカップが見当たらないのは、そう小難しい話以前に“飲みにくい“から、という単純な理由からだろうか。そうかもしれない。

そんな事を考えながら、私は丸いティーカップを手に取り、カゴに入れた。

11/10/2025, 1:32:10 PM

寂しくて

――全部とんだ、データとんだ、全部水のあわ~――。
不気味な歌を口ずさみながら、
布団の上で“打ち上げられた魚“のように
小刻みに痙攣しているのは駆け出しライターの「北凪あずさ」。

――先ほど、アプリの不具合で
二時間分の原稿データが吹き飛び、
今現在、この姿になっている。

「不具合のないアプリなんてないもの……しょうがないの。 これはしょうがなくない!!!! 私のデータかえして!!!!!!」

すっかり情緒がおかしくなったあずさは、叫びながら跳ね起きると部屋を駆け回りはじめ、
――机に足を激突させて盛大に転んだ。

“死んだ魚のような目“をして、
ついに床から起き上がるそぶりも見せず、
細かく振動しながらさめざめと泣き出すあずさ。

最後の力を振り絞り、
彼女はスマホのAIを起動して、
音声認識で言葉を伝える。

――寂しい。慰めて

ショックでまだ語彙力のブレーカーが
飛んでいる最中の彼女に発せられる、
精一杯の振り絞った心の叫びだったが。

返ってきた答えは――。
『……そうですか! それは良かったですね!!』 だった。

ぼそぼそしゃべったせいで聞き取り損ねたか、もしくはAIの反逆か。

いずれにせよ、
その一言に止めをさされ、
――あずさはそのまま気を失った。

翌朝、
目が覚めた彼女は、
無我の境地で一気に原稿を完成させ、
その足で出版社に持ち込み、
見事にボツになりまた気を失い、
そのまま病院へ搬送されたのは余談である。

これは、
将来―それから何十年後にベストセラーを量産することになる一女性作家の、
過去のある些細な日常の一コマであった。

11/9/2025, 4:09:15 PM

心の境界線

 休日。賑わう真昼の繁華街――。
 独りでいつものようにウインドウショッピングを楽しんでいた。

 行き交う人混みの中を歩くのはそれなりに窮屈で苦労するが。
それでも、様々なお店が並ぶ街中を歩くのが唯一の趣味でもあった。

 通いなれたお店の安心する空気感。
 新しい何かとの出会いに触れるわくわく感。
 そんな“様々“が溢れる街を歩くのが――自分の心に“色が流れ込んでくる感覚“が、生きている喜びを感じさせてくれる楽しい一時だった。

 しかし――ふと、目に止まってしまう光景が、耳に届く音が、心にいつもひびを入れる。
 はしゃぐ幼子の手を繋ぐ母親。
 年老いた母の乗る車椅子を押す笑顔の青年。
 迎えに来た父親の車に乗る娘。
 何処からか聴こえてくる救急車のサイレン。
――胸に、激しく込み上げる感情と記憶の奔流。
 身体が心と剥がれかけ、身体の動きがぎくしゃくしだす。
 すぐ、よろよろとしながら足早にその場を離れた。

 賑わう繁華街から少し離れると、誰もいない寂れた裏路地に出る。
 そこには、夕暮れの茜と虫の声だけしかない、静かな空間が広がっている。

 すぐ近くの繁華街の喧騒と裏寂れた路地に広がる静寂の音。
 それはまるで、心に存在する“境界線“を表しているようだった。
 過去の“癒えない傷“と、今の“自分の人生“を歩き続けている時間。
曖昧な境界線の線上を、今日も時間の箱船に乗せられて未来へ進み続けるしか選択肢はないらしい。

11/8/2025, 5:24:18 PM

透明な羽根 ※ややホラー寄り。


カレンはその日、“頼まれ物“を渡すために教授の書斎に来ていた。
ノックをすると、中からはいつものように返事が返ってくる……はずだったのだが。
いくら待っても、部屋の中からは物音一つ聞こえなかった。

「教授……いらっしゃらないのかな」

カレンがノブを回すと、ドアには鍵がかかっておらず。
鈍く、軋んだ音を立ててドアが開いた。

「教授……勝手に入っちゃいますよー?」

悪いかな、とは少しだけ思いながら。
しかし、そこそこの重さのある手荷物をまた持ち帰る事はしたくなかった。
それに、そもそも“この時間に来い“と呼びつけたのは教授の方だ。
もし怒られても反論の論拠は十分にある、と自分を納得させて、カレンは教授の書斎に入っていった。

適当な空いている場所を探して“頼まれ物“の入った手提げ袋を置くと、カレンは何気なく教授の書斎を見回した。
――部屋はそこそこの広さがあり、背の高い書棚がいりくんだ迷路のようにいくつも並び、そこには見たことのない文字で書かれた分厚い本が隙間なく並べられていた。

もう、用事は済んでいるけど――。

好奇心に駆られたカレンは、部屋の奥へと
足を進めた。
奥にはまるで棚と本の山に囲まれるように大きな木製の机と椅子が一つ、壁に向かって置かれていた。

ふと、壁に掛けられていた『蝶の標本』が目に止まった。
その蝶は――大きな体躯に綺麗な透明の羽根を持ち、一目で素人にも“珍しい種類“だと分かる姿をしていた。

「綺麗……何て名前の蝶何だろう」

カレンは吸い込まれるように、半ば無意識にその蝶に手を伸ばして――。

「新種だ。 まだ、名前は付けていないよ」

突然、背後から教授の声がして、カレンは飛び上がり、伸ばした手を引っ込めた。

「教授……いつの間に! あっ……その、勝手に入ってしまってすみません」

「いや、いいよ。 呼んだのは私だ。……それより、その蝶に興味があるのかな?」

教授は、壁に掛けられていた大きな蝶の標本を指差した。

「あ、その、何となく眺めていただけで……でも、それにしても不思議な姿の蝶ですね」

カレンはその大きな蝶を眺めているうちに、何故か懐かしいような切ないような、“不思議な気持ち“が沸いてきた。

「この蝶……どこで見つけたんですか? 教授」

そうカレンが尋ねると、教授は噛み締めるようにゆっくりと、優しいトーンで語りだした。

「ああ……この蝶はね、少し前に南米のジャングルにフィールドワークに行った際に見つけたんだ。 最初は新種の発見に浮かれたさ。 学会にも、すぐにでも発表するつもりだった。……しかし」

「……教授?」

教授は、どこか見いられたようにその蝶の標本を見つめながら語り始めた。

「この蝶を見ていると……何故かは分からないが“全てが上手くいく“ような……そんな気がしてね。 不思議と手放すのが惜しくなって……標本にして、書斎に飾る事にしたんだ」

何だろう?――この感じ。
カレンはどこか、言い知れぬ違和感を感じていた。
思えばその違和感は、この新種の蝶の標本を目にした時から――膨らみ続けているような気がする。

「その、教授、お話し中大変申し訳ないのですが少し気分が優れなくなって……お話はまた今度聞かせてください」

カレンは少し気味が悪くなり始め、書斎から出ようと踵を返した。
その時だった。

「……えっ?」

カレンは、脇腹にかすかに衝撃を感じた。
確かめるように手をあてると――ぬるりとした嫌な感触が掌にじわりと広がっていく。

「きょ……う……じゅ?」

脇腹を押さえ、震えながらカレンが振り返ると……。
教授が小さなナイフを手に――恍惚の表情で笑っていた。

「あの蝶を手に入れてから、私は“何をしても上手くいく“……“何でも手に入る“……そんな気持ちが収まらなくなってしまってね……」

「な、ん……で? きょ……うじゅ……あの……蝶……は? いっ……たい」

カレンは床に倒れ付しながら、最後の力を振り絞り、顔を上げる。
透明だったはずの蝶の羽根は――教授の心に宿った狂気に呼応するかのように……いつの間にか深紅の禍々しい模様に変わっていた。

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