エリィ

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5/3/2025, 9:47:55 AM

sweet memories

「今日はありがとう」
あなたは、私を振り返って微笑んだ。彼女の頬がどことなく赤く染まっているように見えたが、僕の気のせいだったのかもしれない。

夕陽で空がオレンジ色に染まり、僕たちもオレンジ色に照らす。彼女の顔が夕陽に照らされて夕焼け色に染まる。

そんな彼女の表情に一瞬見惚れた。
先程浮かべた笑顔が、今はなんだか少しだけ物言いたげに僕の方を見る。
彼女の今まで見せたことのなかった表情に目を奪われる。

「あのね、私……」

彼女の頬が染まるのは、夕焼けのせいなのか、それとも、僕が期待してしまったからなのか。

伝えるのなら今だ。
僕は思わず彼女の名前を呼んだ。
彼女はハッとして僕の目を見つめる。

「好きなんだ」

彼女の目に涙が滲み、僕の胸に飛び込んできた。



「そんなこともあったね」
ソファに坐った彼女は、僕と一緒に写った写真を何枚も眺めながら、僕に向かって微笑んだ。

家で2人でじっと部屋で過ごした時の写真。
海や山に行って撮ってきたたくさんの写真。
そして、あの日告白する前に撮った夕焼け色。

あの日と同じ夕焼け色が窓から差し込み、あの時と同じように彼女の頬を照らす。
その時のことを思い出して、僕の顔も思わず胸が高鳴る。

今では僕の妻となった彼女は、隣に座る僕に身を寄せ、銀色にきらりと光る指を絡めた。

4/30/2025, 8:30:13 AM

好きになれない 嫌いになれない 2025.4.29

「悪いが、頼みたいことがあるんだ」

 兄さんの声がする。
 ああ、それどころじゃないんだ。
 俺は今、あいつのために時間を取られているのだから。
 パソコンの前に座って、今あいつと向き合っている。

 あいつの存在は、思い出すだけで辛い時がある。
 あいつさえなければ、もしかしたらずっと楽しい日々が続くと思うんだ。
 だけど、あいつからは逃げられない。
 あいつのことが頭から離れない。

 例えば、そう。
 バイトが忙しくてあいつにかかりっきりになれない時とか。
 来週の3日までになんとかしないといけなくて、あいつと向き合わないといけなくなるときとか。
 あいつに付き合わないといけない時に限って、疲れてしまってすぐベッドに入りたくなったり机を片付けたくなったりする。
 そんな時には、特にあいつのことをうっとうしく感じるんだ。

 分かっている。本当はもう、あいつと向き合わなければならないんだと。逃げられないんだと。
 分かっているからこそ、いつもあいつのことが頭から離れない。

 バイトをしていても、食事をしていても、ゲームをしていても、朝起きてから、夜寝る前でさえ。
 だから、どんなにあいつを好きになろうとしても、それでも好きになれないでいる。

 だからといってあいつのことが嫌いになれない。本当は、嫌いじゃないから。
 それに、完全に嫌いになってしまったら、もう人生詰んでしまう。

 結局、俺はあいつと逃げずに向き合って、言葉にするしかないんだ。
 俺はパソコンの前に渋々座ると、目の前の画面を見てため息をついた。

 そんな時だった。兄さんがようやく何を言っているのかわかった。
「弟、聞こえてるか? コンビニに醤油買いに行って欲しいんだが」

 俺はパソコンの前で唸りながら返事する。
「今レポート書いてんだよ」

4/28/2025, 5:32:04 AM

ふとした瞬間 2025.4.27

「そっかぁ。お前、小説書き始めたんだな」
 テーブルを挟んだ向かいで缶ビールを開けている、親友のカオルに俺は声をかけた。

「実は、俺も小説書いててさ」
 俺はさきイカを口に放り込んでいるカオルに向かって、ビールをついでやりながら打ち明ける。

「へぇ~コウキもなんだ。ペンネームとかあんの?」

「ああ、俺の名前『コウキ(光輝)』からは、わからないかもしれないけど『エレノア』にしたんだ」

 エレノアというのは、編集者がつけた名前だ。
 何でも、俺の作品はとても繊細とのことで、売り出すなら、女性名のほうが良いと言う提案を受けたからだった。そうしてこっそりと作家活動をしていたのだ。カオルにも内緒で。

「あ〜。だから分かんなかったんだ」
 カオルはポテチをつまみながら俺の方を見た。
 前から思っていたが、カオルは細身のくせによく食べる。しかし、今日初めて知った。文章を書くとは。

「そういえば、コウキはどんな話を書くんだ?」
 カオルが俺にチューハイを渡してくれる。
 俺は缶を開けると、一口飲んでから言った。
 
「ちょっと恥ずかしいけど、ラブストーリー書いててさ」

 実は俺の得意分野である。
 男女の繊細な心の動きが素晴らしい、という高い評価をいただいて売り出したのだった。今はまだデビューしたばかりでまだまだ下積みではあるが。

「へぇ~。ラブストーリー書いてるんだ」
 カオルは足を組み替えると、大きく伸びをする。

「実は、切ない恋愛書きたくって。今のテーマは遠距離恋愛の切なさみたいなのを考えててさ……でも恥ずかしいから言うなよ」

 俺は現在考えているプロットをポロリとこぼしてしまった。口止めしたし、あいつはあちこちでしゃべらないタイプだ。大丈夫だろう。

「奇遇だな、俺もだよ。遠距離恋愛をテーマにした、切ない恋愛物も外せなくてさ」

外せなくて?
ふとした瞬間、俺の中で嫌な予感がした。

「なあ、おいひょっとして」俺が尋ねると、

「やっぱカッコイイアクションシーンもりもり入れたいよな! それに切ない2人の濃厚なラブシーンも。なあ、合作しよう?」

 俺は断りきれず、匿名でカオルと合作したのだが、結果は繊細な話が好きな層にはアクションが受けず、アクションが好きな層には俺の話は展開が遅かったと、評判は今ひとつだったことは言うまでもない。

「お前の展開、悪くないんだけどもうちょっとこう波乱万丈でも良くね?」

「いや、ここは男女の機微に焦点を当てたやりとりをしっとりと味わうところで」

 俺とカオルは創作の方向性が違いすぎ、お互いを否定しあっていた。だが、やはり作家に敬意を払えなかった俺が悪い。
 俺はカオルに頭を下げて、カオルはそれを許してくれて、仲直りが出来た。
 こうして、書き手としての俺とカオルの縁は一度切れた。

 しかし、俺たちは通常の親友としての付き合いをやめたわけではない。
 一緒に酒を飲んだり、遊びに行ったりと付かず離れずの付き合いだ。
 ただ、創作の話題が一切出ないだけで。


 そして、大学卒業とともに、疎遠になってから10年後。
 カオルは昨年賞を取り、新進気鋭の作家、パフューム.Yとなって部数を伸ばしているようだ。出版業界に身を置いていると、こんな話が耳に入る。
 そして俺も、文壇では心の機微を描く繊細な作家という評価を受け、派手さはないが一定数のファンがついている。ファンにはとても感謝している。

 俺達は共に作家になったわけだが、作品傾向は交わらない。なので疎遠のままだと思ってたのだが……。

 まさか企画もので合作することになるとは。
 あの惨憺たる結果を今一度出す気なのか企画者は。
 しかし、大手のスポンサーだ。逆らうことも出来ない。

 前編担当の、俺が書いたあの作品傾向の話を、カオルは一体どうやって回収する気だ。

 俺の心のなかで、俺が作った、繊細な作品世界が破壊される恐怖と、もやもや、同時に怖いもの見たさが戦っていた。

4/26/2025, 11:39:08 AM

どんなに離れていても 2025.4.26

「元気? 疲れてない? 風邪とか引いてない?」
毎晩カメラ越しに会話する彼は優しい。
毎回、こうして私のことを心配してくれる。

「私は大丈夫! あなたこそ大丈夫?」

私は、やつれて顔色が悪い彼の顔を見るたびに、大丈夫かといつも心配してしまう。
倒れるのも時間の問題じゃないか、って……。

「うん。何とかね。最近どう?」

彼は自分のことは置いておいて、まず先に私のことを聞いてくれる。
私はいつもそれが嬉しくって、ついつい話してしまうんだ。

「ねえ、今日はどうだった?」

私の話が一段落して、彼にそう尋ねると、彼は会社への不満をこぼしながらも、それでも働きがいがあるってどこか嬉しそう。
たった一人の八丈島支店で、頑張ってる彼の話を聞くと、私も負けられないなって思う。たとえ、離島の支店の社員の中でぽつんと独りぼっちで、疎外感を覚えていても。
でもそれもあと少し。
彼に教えたら、きっと驚くと思う。

「ねえ、今度はいつ会おうか」

「そうね、今度の飛び石連休なんてどう? 今回は私があなたのところへ行くから」

「悪いよそんな! 君だって仕事があるだろ!?」

彼は慌ててそういうけど、私はもう退職することを心に決めていた。

「ううん、大丈夫。次の勤務先はまた探すから」

私がそう言うと、彼の顔は驚いていて、その後申し訳なさそうに歪む。

「えっ!? そんな! そこまでしなくても!!」

「いいの。前から決めてたことだし」

私は離島の支店では受け取ってもらえなかった退職届を握りしめ、八丈島の彼と会ってから、東京本社に向かうことにしている。

通話を切ってから、私はすぐに身支度をした。今からフェリーの夜行便に乗るために。飛行機のチケットはすでに取ってあるから、本島に着いたらあとははやい。

そして翌日。

「来てくれたんだ、ありがとう!」
日焼けをしていた彼は、空港に降り立った私の姿を見ると、駆け寄って抱きしめてくれた。彼の体温に身を任せる。
「ずっと、会いたかった!」
私は彼の胸に顔を埋め、気がついたら大声で泣いていた。

やっぱり、どんなに離れていても彼と一緒にいたいから。

4/25/2025, 11:02:25 AM

「こっちに恋」「愛にきて」2025.4.26

昨日のカップルの話です。
※作家の名前はフィクションです。

僕と彼女は、今日初上映の話題作『「こっちに恋」「愛にきて」〜あなたと私の距離越えて〜』を見に来ていた。

ベストセラーの映画化ということで、僕たちのように原作に心動かされた人たちなのか、原作についての話も聞こえる。若い女性のグループも多かった。カップルも多く、指を絡めて距離の近いカップルもいれば、手が触れそうになるだけで顔が赤くなったり挙動不審になるカップルもいる。そんな中にいる僕は、隣でとても楽しみにしているように見える彼女の明るい笑顔に、思わず嬉しくなってきた。
来てよかった。

原作は「こっちに恋」と「愛にきて」の2分冊。
新進気鋭の作家、エレノア.Mとパフューム.Yによる合作の恋愛小説だ。
遠距離恋愛のつらさ、寂しさ、それでも耐えうる強さを描き、最後は2人無事に結婚する、という原作である。

僕達は原作を読んでいた(そして彼女はカフェで大泣きしていた)から、映画化にはあまり期待はしてなかった。原作の良さを、打ち消すかもしれないと。
でも、動画でもニュースでも話題になっていたし、何より僕の好きな女優さんと、彼女の好きな俳優さんも出演するという。
2人で初日に見に行こう! と決めてからは、上映される日をカレンダーに書いたり、デートのたびに話題に出しては、とても楽しみにしていた。

そして僕達は長い間並んだあと、映画館の中に入った。
席は埋まっており、いかにたくさんの人が来ているかが分かる。
やがて周りは暗くなり、映画の予告編が流れる。
しばらく眺めていると、ようやく映画視聴時の注意動画が流れた。同時にざわついていた声も消える。
そして、ついに始まった……!

*****

「いや〜! 最高だったね!」
僕は彼女の手をぎゅっと握りながら、映画館を出た。
映画館近くのカフェに入り、彼女と映画の興奮を分かち合う。
「ほんとにね! 彼女が彼氏をパワハラ上司から助け出すために、自ら会社に乗り込んで彼氏をかっさらうなんて……!」
「あのセキュリティをかいくぐり、警備員を倒してからの、あの派手なアクション! やっぱり原作並に派手な演出で最高! それでいて泣けるシーンもあって……!」
僕が大きい身振り手振りで話すと、涙もろい彼女は、そのシーンを思い出したのか涙を拭い始めた。
こうなると長くなるので、僕は再びクライマックスの話に戻す。
「そしてそのまま式場に駆け込んで結婚式とかって胸熱だよね!」
「うん!」
 僕と彼女はそれから暫く映画の話をしていた。

後日その映画はミリオンを叩き出し、海外にも展開していったという。

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