いぶし銅

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2/23/2026, 5:31:42 AM

太陽のような

火元はライターだった。酔っ払った父が帰宅したあと、タバコを吸おうと着けた火がカーテンに引火した。焦った父は自身の手で消化させようとし、右手を火傷した。その後に寝ている私を起こし避難をした。私は十二歳だった。
燃え盛る家を見て、私の気持ちは晴れた。私の家庭は父子家庭であると言うだけで、特段家に不満があるわけでも、破滅願望があるわけでもなかった。ただ、自分が十二年間の中で経験した苦痛や喜びが、消防車のサイレンに掻き消される感覚が何とも言い難い幸福であった。
私はよく考える子供だった。それ故に可能性の少なさに気づいた。私はもう一度家を燃やしてみたい、もっと言えばそれは他人の家が望ましかった。何故なら私の積み重ねた人生はあの日、普段よりも酒を飲んだ父に終わらせられたから。それならまだ燃えたことない他人の家を燃やしたかった。私は十二歳。容疑者としてまず上がらない上に、ただの出来心で済ませられる最適な年齢だった。それから私は二ヶ月と十七日をかけて放火計画を立てた。
その決行日は明日。二月六日である。その日はよく乾燥しているため、日が燃え移りやすい上に、雨が降らない。そして私の中学受験の日も近く、万が一犯人と分かったとしても、中学受験のストレスやプレッシャー、いくらでも言い訳はできた。
その日私は既に所有していた軍手をはめ、父が眠りについた隙にライターを取った。車庫にあるガソリンと麻袋を取った。そしてガソリンを少し庭に捨て、二件隣の老夫婦が二人で住んでいる家まで行った。なるべく裏道を通ったため、姿は目撃されなかった。そしてその木造建築に火をつけた。私がこの家を狙ったのは、もしも犯行が見つかった際、老人の方が何かと都合がいいからだ。そして自宅から近い方が燃えている様子をよく見られること、更に木造で、築年も相当経っているように見えたため、燃えやすいと思ったからだった。ガソリンに濡れた麻袋はよく燃えた。少し経つと私は父を起こし、家が燃えていると叫んだ。車庫に戻したガソリンタンクを取り出し、中に残っていたガソリンを全て捨て、水を汲んだ。それを父に渡した。父の右手は赤かった。私はバケツを手に取り、二人で消火をした。父の声掛けと、近隣住民の通報の甲斐あって老夫婦は軽傷ですんだそうだった。私も父ももちろん取り調べを受けたが、怪しまれることはなかった。その後、夫婦の妻が認知症だったことなどを理由にあげられ、ガスコンロをつけっぱなしにしたことによる火災だと決定づけられた。

なぜ私がこんな話をしているかというと、二十七歳の今、私はまた放火をしようと思っているからだ。老夫婦の家に火をつけてから十五年、私の脳内はあの時の火の赤で埋まっていた。これは私の宿命である。私の住む郊外のアパートの一室は、今から火の海に包まれ、私と共に崩れ落ちる。私は部屋にガソリンを撒き、父と同じ銘柄を吸っていた。ライターがガソリンに引火すると、瞬く間に部屋が燈され、私は幸福に死んでいくのだと悟った。
ああ暖かい。火は暖かいよ母さん。もう二度と癌にならないで。

2/22/2026, 3:07:18 AM

0からの

湿った発砲音。肌を焼く炎天下。汗の滲んだ地面を飛び抜け、走る。風を受け走る。歓声を背に走る。ゴールテープを切るまでが私の花形で、あとは批判とライバルと自分に打ち勝つ、そんな競技をしている。
私はインターハイで10秒19の自己新記録を出した後、ハムストリングスの断裂とそのリハビリに終われ、陸上生活から離れていた。次第にネット掲示板で私の話をする人は減り、遂には居なくなった。未来の陸上を引っ張る注目の若手は怪我に打ち負けた、どのニュースも見出しはそうだった。
ただ、私はひたむきに大学一年の頃からまた陸上を再開し、インターハイ前に出会ったコーチと二人きりで過去の自分を越えようとしている。現在タイムは11秒24。コーチからは冬の記録だから気にするな。お前はなるべくハムストリングスに負担をかけない走り方をしている。それは恐らく潜在的なものなので、そこから意識的に変える必要がある、と口酸っぱく言われた。また0からだ。でもやらなきゃいけない。

大学二年の夏、10秒42。大学三年の夏、10秒26。まだ間に合う。私は走り続けた。過去の自分に追いつかれないために。四年のインカレに全てをかけると誓った。そして迎えた大学四年の夏。タイムは三年の頃から伸び悩んでいたが、根拠の無い自身が私を包んでいた。
また0からだ。また0から。地が鳴り動くような心臓の鼓動を抑え、スタートラインにセットした。

発砲音。空を切る腕の音。歓声は途中から聞こえなくなった。心臓の鼓動。過去の自分の足音。足音がすぐそこにある。逃げろ。走れ。

俺は確か大学三年の頃、10秒22の自己新を出した。あとは四年の大会で10秒1台を出せばよかった。そうしたら優勝だった。23歳の春。新卒で入った会社はスポーツウェアやシューズを販売しており、俺はその営業として入った。営業先には高校時代の俺の記録を知っている人がいて、営業もなかなか上手くいった。未だに陸上は好きだからこういう企業についたし、別にコーチも性に合っている。今日は直帰でいいと言われた。帰っている道中、学生の頃よく遊んだ公園に小学生か中学生か、三人が走っていた。そして一人がゴールラインに立って記録を測っていた。それだけ。ただそれだけの光景が、脹脛に火をつけた。
俺は大学ぶりにシューズを出した。また0からやってやる。

2/20/2026, 1:20:08 PM

同情

腕のない赤子を見て、可哀想だと思った。それが悪だとか、一人一人の意識を変えるべきだとか、そんな代弁者じみたことを言いたい訳ではなく、ただ、不条理にそう思った。白髪混じりの女性が若い連中に混ざって働いている時や、虚空を怒鳴る老人を見た時も、確かそれと似たような感覚を覚えた。

私の親戚に一人、妄想癖の人がいる。その人はある日には河童を見た、ある日には空と話したと言うので、私も幼いながらに薄らと理解はしていた。一応両親からも説明はされていたように記憶している。昔はその人を気味悪がっていた。だが今は、もし自分のよく話す友が幻だと言われたら、そのショックは計り知れないだろうと思った。

医者からは統合失調症と判断された。私の認知機能や妄言、幻聴からそう判断したらしい。世界の色が反転した。私が正しいと思っていた世界は、世界からすれば異常だと、そう告げられた。
腕のない赤子を可哀想に思ったこと。
虚空を怒鳴る老人に哀れみの目を向けたこと。
同性が好きだということ。
それを人に言えなかったこと。
同情とはエモーショナルに包んだ憐憫の視線である。神様が私に向けたのは愛情だと思っていた。

2/19/2026, 10:32:50 AM

枯葉

秋の終わりに水族館へ行った。
その日は雨が降っていたが、気分が良かったため、傘を刺さなかった。道中、しとしと降る雨に枯葉が打たれていた。想像と違う音を聞きながら、昂揚した気分を抑えつつ、水族館へ向かった。
薄らと濡れた服を拭きながら魚を見ていた。いや、水族館に限っては、展示された魚でなく、抽象化された雰囲気の中を歩いているのだ、そう思った。
館内である人に出会った。ヘルプマークと枯葉のキーホルダーが印象的なバッグに付いていた。彼女は耳が聞こえないそうだった。私は友人のために覚えた手話で彼女と対話した。
今日はなぜここへ来たの?雨が降っていたから。雨は好き?嫌いじゃないよ。
いつから耳が聞こえないのか質問した。生まれつきだと言う。私は彼女と、静かな空間にて、音の無い人生を考えてみた。私は瞼を閉じることができるため、目の見えない人の気持ちは何となくわかる。ただ、耳を塞いでも、私の心音は聞こえる。それが心地よかった。ただ、それは彼女には聞こえない。私は海月を見る彼女の肩を叩いた。
枯葉が雨に打たれる音を知ってる?

2/7/2026, 8:18:07 AM

時計の針

男は先日、黒いリュックサックをショッピングモールに置いた。それから男は1時間ごとに2回、その後30分ごとに数回リュックサック周辺を彷徨いていた。午後6時頃のこと、そのリュックサックは警備員に発見され、回収された。そのリュックサックにはビニール袋、ぬいぐるみ、ペットボトルが2本入っていたため、そのようにアナウンスされた。男はしっかりアナウンスまで聞くと、満足したように自宅に帰った。

そして今日、またリュックサックが置かれた。ただ今回は1つではなく、リュックサックのような形状のものが10個程置かれた。それは午後4時頃の出来事で、そのままその足で管理事務所へ向かった。

今日、管理事務所にある男が尋ねてきた。男は震えた声で、
「少し前、リュックサックを無くしました。もしかしたらここに届いているかもしれない。色は黒です。」
と言った。あるよ。ぬいぐるみが入ったやつだろう?高畠先輩が言うと
「そうです。ありがとうございます。」
と受け取った。男は焦ったような手つきでペットボトルを飲み干した。私たちが呆気にとられているとポケットから刃物を取り出し、
「毒が回りました!脳に回りました!」
と言いながら首を切った。

通報を受け駆けつけると、確かに男の死体があった。気分が悪そうにしている女性に私の部下は水を飲ませていた。その事務所にいる、恐らく最も年配の男性に話を聞くと、男が突然首を切ったらしい。戦った痕跡を調べるため、男の袖をまくると、おびただしい数の切り傷が出てきた。私は男性に腕の傷のことを知っていますか?と尋ねたが、男性は知らない、いきなり首を切り出しただけです。と言った。部下と協力し男の服を脱がすと
6 10ヶ所 BOMB と読めるナイフで切ったような跡が付いていた。その途端無線で連絡が入り、見回りのため同行していた同期がフードコートで爆弾を発見した、という通報が入ってきた。部下は私と目を合わせると途端に走り出し、飛ぶように階段を降りていった。私は部下の意図を汲み取り、男の死体に6、10ヶ所、BOMBと書いてあります。6は恐らく6時のことです。至急応援を呼んでください。と連絡を入れた。

夫と直樹と買い物に来たが、何故か警官がぞろぞろと来る。警官の制服が好きな直樹は興奮していたが、危険だと判断し、警官から離れた。その事を夫に相談するも、揉め事でもあったんだろうと話を切り上げられてしまった。直樹がゴネるため、そのまま2階のゲームセンターに向かった。その途中リュックサックが落ちていた。私の嫌な予感は的中し、直樹はそれを取ろうとしていた。私は直樹を叱っていた。

5時50分。見つけた爆弾の数は8つ。男の言うことが真実ならあと2つの爆弾が爆発することになる。私は爆弾処理班の到着を待つ間、管理室からアナウンスを入れ、客を避難させた。本部からは混乱を避けるためなるべくアナウンスするなと言われていたが、一刻を争うためアナウンスをした。無線で探した場所を報告し合いながら爆弾を捜索していると、ある家族がいた。その母親が、直樹!避難しろって言われてるでしょ!と息子を怒鳴りつけていた。私は避難を優先させ、その子の手を引き、落ち着いてくださいと訴えかけた。子供は痛く冷静に、エスカレーターの途中に落し物あったよ。と教えてくれた。私はそれがその子の落し物だと思い、今から探しに行くね。とで待っててねといった。

爆弾が1つ見つかり、見つけた全ての爆弾は処理班によって解除された。あと1つ、あと1つだけ見つけなければ。
時刻は5時57分。恐らく残り時間は少ない。私は男の子の言葉を思い出し、悪寒が刺した。もしかしたらエスカレーターにある落し物は爆弾なのではないか。部下と共にしらみ潰しにエスカレーターを探すと確かにそこにあった。爆弾は全て見つけた。が、到底手が届くような位置ではない。エスカレーターの奥、手すりの隙間に落ちていた。私はそれを無線で知らせると、無線の処理班からは、恐らくもう解除が不可能だという旨の知らせを受けた。6時のチャイムが鳴った。私は動く地面を震える足で踏みしめて、エスカレーターの外に飛び出した。3mほどの高さから飛び、背後からは爆発音がした。
衝撃波を一身に受け、私の体は地面に打ち付けられた。

昨日、午後6時、気仙沼市のショッピングモールに爆破予告がされました。通報に駆けつけた警官の懸命な避難運動により、死者0名、負傷者1名となりました。
続いてのニュースです。

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