いぶし銅

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2/5/2026, 8:13:21 AM

Kiss

貴方は鏡を知っているか。
それは水に似た性質を持ち、この世界全ての情報を保有している超物質である。それは対象の全てを写し出す。下界にある最も高度な物質が鏡である。

アルテアは湖の綺麗な街で育った。アルテアを見る人はみな、奇跡の美貌だと口を揃えて言った。アルテアも無論、自分の容姿を好いていた。アルテアはその日、母親に買い物を頼まれ、市場まで足を運んでいる途中だった。その道中で出会った人は、アルテアに花をくれ、道案内をしてくれた。アルテアは買い物を済ませると、森の方へ走っていった。あまり森の方面には近づくことがないため、珍しく思ったのだろう。アルテアはどこまでも走っていった。するとアルテアは、湖を見つけた。アルテアは更に、その周辺の澄んだ空気とみずみずしい草木がとても気にいった。だが、アルテアは母親と約束した時間を過ぎていることに気づき、焦って家に帰ろうとした。いつかまた、この湖に来ることが出来るようにアルテアは木に印をつけて行った。アルテアが10、20と印をつけた頃、自分が迷子になっていることに気がついた。アルテアは一度湖に戻った。冷静になるため、顔を洗った時、アルテアは自分の顔を見た。気が動転していたこともあり、何故だかアルテアは安心を求め水面に写った自分に近づいた。更に、更に近づいていくと、アルテアは湖に落ちた。それからアルテアは一輪の花と愛を持ち、下界に落ちていった。

2/4/2026, 6:58:18 AM

1000年先も

夜明けの街は仄暗く、行き交う人も疎らであった。ギターケース背負う少年は、線路沿いを歩いた。始発列車が走る頃、少年はまだ歩いていた。白む朝に少年は、雪に跡をつけ、歩いて行った。月の落とした砂埃、少年はそれを纏っていた。赤ら顔の少年は倒れかけたその足で、バス停近くのベンチに座った。到底バスを待てる顔ではなかった。バスが停まると、少年はふらついた足どりで、バスに乗った。バス停を3つ、4つと跨ぐと少年は、覚悟を決めたような表情で、バスを降りた。乗車賃を払うと、少年のポケットには20数円しか残っていなかった。少年の父親は、幼い頃に離婚した。少年の母親は、余命宣告を受けた、1年と8ヶ月後に死んだ。余命を1年以上伸ばしたが、諦めの悪い顔で、長い夜に死んだ。少年は何度も転んだ。紫色になった唇を噛み締めて立ち上がった。少年は歩いた。遠くへ行くため。ようやく太陽が見えそうになった時、暗澹たる雲行きが少年を包んだ。少年はそれでも歩いた。遠くへ行くまで。すると少年は躓いた。躓いたが、躓いたが、……少年が起き上がることは無かった。道半ばで倒れた少年は、否、そもそも道など無かったかもしれない。それでも少年は幸せそうな顔をしていた。少年の幸福に満ちたこの顔が、1000年先も微笑んでいたなら、

2/3/2026, 7:28:03 AM

勿忘草

栞の代わりに挟まっていたのは、色褪せた勿忘草だった。その花は押し花となってもなお、何より美しかった。本を読む彼女の姿は、まさに天衣無縫と言うべきか、それはそれは美しく見えた。彼女を薄目で眺めているのは、勉学に励む少年。彼は毎日、この図書館へと足を運び、勉強を口実に彼女を見ている。彼は日が暮れるまで図書館に入り浸り、閉館前に芥川を借りて、足早に出ていく。そんな平和が崩れたのは、以外にも一瞬であった。まず、彼女のルーティンとして、休館日の火曜、そしてその次の水曜は図書館を訪れない。少年はそのこともよく知っていたが、今週は違った。彼女は突然、水曜日に当館を訪れ、その次の木曜からぱたりと来館が途絶えた。少年は恐らく焦っていた。いや、恐らくというより、それは火を見るよりも明らかであった。無論、彼女がいた頃よりも勉学は疎かになり、よく泳いだ目は活字さえ追えなくなっていた。ただ私はよく知っている。彼女の行き先を。私だけはよく知っている。私は当館に図書館司書として勤めている。そして彼女の親は、自治体に勤めており、私もよく顔を合わせる。ただその親は転勤族で、ここに越してきたのも、2年ほど前のことである。その事を知らずにいた少年は、今このようにして焦っている。そして今週の水曜、ルーティン遵守の彼女が、それを破ってまで当館に来訪したのは、今週末に引っ越すためである。そのため、借りてた本を急遽返すことになったが、勿論少年は知る由もない。私は少年に近づいた。それは少年に最後通牒をするためではなく、閉館のアナウンスが聞こえていないようだったからである。少年も察しが悪い訳では無いため、彼女に会えなくなることを感じ取っていたのだろう。それからは周囲にも漏れるような音量でイヤホンをつけていた。少年に閉館を知らせると、やさぐれたかのように、不躾に荷物をまとめた。ただ、私に背を向けようとした時、先程の行いを恥じるように頭を少し下げた。私は少年のこんなところが好きだ。ふと、机に目を向けると、少年が愛用していた、勿忘草の栞があった。まだ遠くに行ってはないと思い、少年の後を追うと、泣き腫らした目で肩を揺らしていた。恋心弾けて満月の夜。文学少年ここに咲く。

2/2/2026, 7:08:25 AM

ブランコ

死んだ友人に線香をあげた。とは言っても、墓はまだ無いため、家で小規模にあげることにした。小規模ながらも、遺影を準備したくなったが、まともな写真がなかった。唯一友人が真顔で映っていたのは高校の卒業アルバムだった。煙草とスマホだけ上着に入れて、肌寒い2月を歩くことにした。見慣れた住宅街と少し前まで通っていた高校、しがみつくように脳裏によぎる友人の顔に嫌気がさした。享年32歳。会社の相談をよく受けていた。殆ど毎週来ていた居酒屋。何気にこんな夕方に入るのは初めてだった。レモンサワーと生ビールを注文し、レモンサワーを対角の席に置いた。あいつは自室で首を吊って死んだらしい。お互い辛い人生だったな、返事が来ないと分かりつつ、あいつのLINEに送った。あいつが入った会社は、残業が多く、よく深夜に電話に出たのを覚えている。それからは記憶を消すために酒を流し込んだ。7、8、それ以上は数えるのを辞めた。店を出ると千鳥足で公園に向かった。途中の橋で死にたくなった。俺は死ねなかった。あいつが死んだ時は苦しかったと思う。俺は煙草を川へ投げ捨てた。さっきまで死のうとしてたやつが、今度は長生きのために煙草を捨てている状況に、あいつは笑ってくれた気がした。公園に着くと、雨で濡れたブランコに座った。ブランコを漕ぐほどの体力も残っていなかったため、ただ座っていた。俺はまた死にたくなった。死にたくなったけど、死ねなかった。死ななかった。

1/31/2026, 1:36:57 PM

旅路の果てに

鎌倉駅に入り、江ノ島を目指した。交通カードをどこに入れたか、持ってきたのか、忘れてしまったため、切符を買うことにした。ホームに入ると、通過列車と英語のアナウンスが耳に刺さり、嫌気が刺したため、とりあえずの電車に乗りこんだ。一難去ってまた一難。電車の中では、観光客の、中国か、韓国か、どちらともつかない様な言語が飛び交い、これにも嫌気が刺し、耳に蓋をするようにワイヤレスイヤホンをつけた。イヤホンからは、なんだか、古臭いようなギターの音が聞こえた。
電車のアナウンスを待つも、そもそも、目的の場所を決めていないことに気がついた。路線図を見ると、由比ヶ浜、という所が目に付いたため、そこで降りた。勿論、駅を降りてすぐ砂浜では無いため、スマートフォンのマップを頼りに歩いた。
砂浜近くのコンビニで緑茶と弁当を買った。財布には交通カードが入っていた。リュックサックに緑茶を入れようとした際、切符が2枚と、折り畳み傘、水筒、ハンドクリームの他に、紙の切れ端が入っていた。
その紙には、私は健忘症です。江ノ島を目指しています。と書かれていた。
気味が悪くなり、それを捨てようとしたが、思いとどまった。私は本当に健忘症なのかもしれない。でなければ切符は2枚もないし、訳も分からず砂浜に座っていることも無いだろう。私はただ、砂浜を走った。只管走った。私の居場所がわからなくなるまで。

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