『小さな命』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
❇小さな命❇
畑の中なんだけど…
草取りをしてるんだけど…
ちぃさぁい紫色の花…
抜かないとだめなんだけど…
花壇に咲いてたら…
可愛いね~って言われる…
絶対言われる…
でも
畑では雑草なんだよねぇ
これは竹に居た頃のかぐや姫の写真。こっちは親指姫の身長測定の様子の写真。こっちが一寸法師が本当に1寸なのか測った時の写真。これはアリエッティが留学してきた時の写真。これは、えーっと、あぁ、あなたのエコー写真だわ。で、これはおむすび貰った喜んでるネズミ達の写真ね。
(小さな命)
小さい者達の写真を撮ってる人。
小さな命(914.6)
私はネズミが好きだ。
アニメ「ガンバの冒険」の原作「冒険者たち」がマイバイブルで、彼らネズミ達の冒険が大好きだ。
ペットショップで短い手足を懸命に動かして砂をかいているネズミの動きが可愛すぎて、ずっと見ていられる。
私は雨蛙も好きだ。
子供の頃、田舎にて側溝にいるチビガエル達を猫じゃらして釣り上げるという遊びを教わった。虫と間違えて飛びついてくるカエル、アホ可愛い。
ゲーム「クロノ・トリガー」のカエル君も好きだ。
私はトカゲも好きだ。
人のトカゲ顔も好き。
爬虫類は基本的に美人で可愛いと思う。
ゲーム「ロマンシングサガ」のゲラ=ハとか、真面目可愛くてマイレギュラーだった。好き。
ねぇ、作者さん。僕のこと、覚えてる?
覚えてない?そんな馬鹿な。ちょっと部屋と頭の中を探してみてよ。
本棚で隠した、或いは引き出しの奥底の鍵付きの手帳の中。それとも、スマホやパソコンの中の1番古い作品の中……あれ、もしかしてもう消しちゃったかな。
記憶の奥底で、連載しようとして諦めた物語の中。あぁ、きっとちゃんとかけていたら、僕はもう少し沢山の人に知られてたのかな。
……そう。そうだよ。作者さんが黒歴史と呼んでいるキャラクター。かつては愛してくれていた筈なのに、今では必死になって記憶の引き出しにぶち込まれたキャラクターだよ。
そんな明らかに嫌そうな顔しないで。言いたい事だけ言ったら帰るからさ。
僕を産んでくれてありがとう。
どんな物であれ、何も無かった僕に設定と姿を与えてくれた。作者さんの世界で、僕は主人公になれた。勿論、悲劇も沢山あっただろうけど。
あなたがいなければ、僕は命を手に入れることすら出来なかった。……例え、今では必要のない、小さな命だとしても。それでも、生きられて嬉しかったんだ。
ありがとう、作者さん。
もし、気が向いたら。また物語を紡いで欲しいな。
その時まで、またあなたの引き出しの中で、日の目を見れることを楽しみに待っているから。
おやすみなさい。作者さん。
(お題 小さな命)
職業に貴賎がないというように、命に優劣をつけるのは全くもって論外なのは言わずもがなであります。
しかし、命の大きさに大小をつけるのいかがなものか。
というか小さな命って割と人間のエゴが生んだ言葉では?
ミジンコに対しては"小さな命"という表現を使うのはなんとなく適切な感じがする。
しかし地球などの惑星にも寿命があると一般的には言われているが、それに対して"小さな命"と表現する事はまず無い。
つまり人間がその気になれば存在を消せるものには"小さな命"、消せないものには特にこれといった表現をしない。
人間ってエゴイストですね^^
小さな命は人の命
何万回再生されているYouTube知的障害者夫婦動画を
見て2人とも料理もできないのに、父はすぐ物事を忘れてしまう母は寝たきりの状態、お金の収入も少ない
いろんな欠点がある
私から第三者の視線で見ると
美談話にしないで
私はもしも、結婚出産して産んだら自分で子育てするよ
ヘルパー、福祉系、支援員に頼るんじゃない
インスタやSNSで
#料理#イタリア料理#イギリス料理#アメリカ料理
#手作りデザート
を出して
作りたいものを挙げて料理すれば良い
意外と楽しいよ
材料も、作り方も動画や
コメント欄に載っているから
私なら、次作りたい料理は
ロシア🇷🇺料理のペリメリ料理
水餃子みたいな作り方
イタリア🇮🇹料理
ポルペッティ・アル・スーゴ
肉団子のトマト煮込み
ボルシチ
実はウクライナ発祥地🇺🇦
など
どう見ても不公平だ
私も身体障害者だけど、もしも私が障害者男性と
結婚したら出産を諦める
自分で産んだという証明だけ残して
赤ちゃん産みました私は親です
という肩書だけ
その赤ちゃんは、大きくなったらヤングケアラーになる
可能性もあるし、その子が健常者なら家出すると思う
その子が障害者なら余計にヘルパーたちは大変になる
ヘルパー、福祉系仕事をしている人でも
自分たちの人生がある
それを人任せにするな
赤の他人なんだよ
育てれないならまず赤ちゃん産むな
出産で産みたいなら
健常者彼氏を見つけて結婚すれば良かったじゃん?
私の親戚も障害者の方がいる
その方は障害者で相手は健常者だから
お金も安定している
子育ても人任せではなく
自分は自分でやっていた
私も思ったことがある
私の職場は病院
出産を控えているだろう、赤ちゃん産んだ
夫婦なのかな?私も健常者彼氏を見つけて恋愛結婚して赤ちゃん欲しい。出産という経験をしたいな
と思ったことは何度もある
だけど、その先を想像してみて
自分は働いているのか?
お金が無くなったら働けれますか?
自立してますか?
相手が料理ができる
だけど料理できない人が料理できる人と結婚したら
その相手に依存してはいけない
相手に負担が増すだけ
想像すると分かるでしょ?里親に出したら?
子供を産んで終わりじゃないからね
それを間違っている
親のエゴだ
ペットで例えるなら金無い、世話できない
ペット猫犬を飼うのやめよう
それなのに、家事できない、世話できない
だけど人間の子供は産んで良し!
とは普通はない
ただの綺麗事
親の世話したくて生まれてくる子供なんて………
子供だって、ディズニー、ユニバ、下呂温泉
ナガシマスパーランド、アンパンマンミュージアムとか
行きたいと思うよ
行き方が分からない
ヘルパーさんにお願いして一緒に行く…
子供がヘルパーに気遣いすると思う
お金ないからお金貸して?
借金塗れになるだけと目に見えるし
幸せが舞い降りてこないよ
子供を産んだ以上、子供が好きになりそうな場所に
連れて行くとか、
だけどさお金が発生するよね
自分で旅行に行けれますか?
人に依存してはいけない
去年、多くの知的障害者から告白されたけど
今年に入ってから無職だった人がわかって、
相手の気持ちを読み取らないで先に食事すること、その人たちが私と結婚したい?
私はごめんなさいとLINEで伝えた
だけど、相手は知的があるから
何度も結婚しよう結婚しようが多くて
呆れた
私も持病があるし、私が倒れたら
助けてくれるのか?
その雰囲気を感じられなかったから
子供の人生だけ死守して
支援されること慣れているよね?
健常者だって悩みとかいろいろあると思うのに
健常者同士でも子育ては大変だと
聞いたことある
出産となれば生まれてくる子が
私の遺伝子で病気になることがあるのか?
それも幼少期に検査されたことがある
幸い、遺伝しない。と、診断された
子供産みたい
無責任です
愚痴を言って失礼しました
小さな命も守られるならば
僕の命はどうなるのだろう
命は守られるが
精神は壊される
命を守る事と心を守ること
何が違うのだろうか
心は命と同じだ
その水槽の中の深い青は、ただの青ではない。
身体は小さく、群青を基調にしながら、角度によって藍へ沈み、
光が差すと一瞬だけ瑠璃が浮かぶ。
水面の揺らぎと共鳴して、体表は濃い藍染の染料をくぐらせた布のように艶めいていている。
鱗は、近づいて、目を凝らして、ようやく輪郭が見える。
そこにあるのは色というより、層だ。
青の堆積。
尾鰭は絹ではない。もっと脆く、もっと精緻だ。
金魚すくいのポイの紙のように、
一点に圧がかかれば、音もなく裂けてしまいそうな緊張を孕んでいる。
それでも彼は、水に抗わない。
ゆるやかに、ひれの縁から遅れて揺れ、
水圧を撫でる。
動いているのは身体か、水か、判然としない。
インクを一滴落としたときのように、
青が空間へと滲む錯覚が起きる。
彼は泳ぐのではなく、
水に溶けながら位置を変える。
ガラス越しに見ていると、
透明な空間の密度が変わる。
水そのものが、彼の輪郭に染まっていく。
観賞用に改良されたトラディショナルベタは、
自然界そのままの姿ではない。
20×40センチほどのベアタンク。
底は空白。
水温、pH。
吐出口の流れをスポンジに触れさせることで、
水の流れは、ほとんど静止。
静かに循環している水は生きている。
目に見えないバクテリアの営みが、透明の奥で呼吸を続ける。
ガラスの向こう側の“世界ごと”維持しているのは私だ。
私の手が過れば、
一晩で均衡は崩れる。
pHのわずかな傾き、
水温の数度、
見えない毒素の蓄積。
彼の宇宙は、私の掌の延長にある。
野生に戻せば幸せ、という物語はここでは成立しない。
彼は、人の選択の中で生まれた青だ。
だからこそ、その環境全体を背負う。
水を換えるということは、
世界を刷新すること。
濾過を止めるということは、
時間を止めること。
彼の命を預かった日々は、
「命とは何か」という問いを
ガラス越しに突きつけられる時間だった。
題 小さな命
小さな頃に何かを飼っていた気がする。
なんだったっけ。
大人になったら忘れるくらいの何か。
なんだっけ。
明日になったらもう思い出せないから、精一杯思い出して。
どんな感触かは覚えている。触ると中に綿毛…
そうか、それは人形だった。
命すらなかったんだ。
飼ってすらいなかったんだ。
少し残念かもしれない。私の背より少し小さいうさぎの人形。
どこに行ったかな。
「小さな命」
私の腕の中で眠るこの小さな命を、堪らなく愛おしいと思う。
保護猫団体から譲渡された2匹のにゃんこ。
きっと、辛い事も、悲しい事も、苦しい事もあったと思う。
ご飯も食べられなくて、ひもじい思いをした日もあったと思う。
でもこれからは。
ご飯も、温かい寝る場所も、あるよ。
安心して過ごせる場所が、あるよ。
辛い思いをした分、幸せになってね。
家に来て、幸せだと思ってくれると嬉しいな。
今となっては、小さな命、と言う割には若干おデブになっちゃった君達だけど、でも幸せにしたいの。
ヘソ天して、グルグル喉を鳴らして、しつこい位に甘えて。
悪戯もするし、たまには粗相もする。
ママ達が仕事に行ってる間に、オヤツ入れをこじ開けて盗み食いした事もあったよね?
でも、すべてひっくるめて、愛おしい。
君達の最期の時なんて考えたくないけど、でもいつかは来るその時まで、ずっと君達が幸せを感じれるよう頑張るね。
だから、ずっと側にいてね。
大好きだよ🥰
駅前の路地裏、怪しげな光を放つ、占いの機械に百円玉を放り込んだ。
音を立てて吐き出された紙片には、私の運勢がびっしりと書き込まれている。
「……え、見てこれ!」
友人と顔を見合わせ、声を弾ませる。
指差した先には、こう記されていた。
『貴方の寿 は、二十五歳』
「寿(ことぶき)って、結婚ってことでしょ? 私、あと二年で結婚できるんだ!」
「いいなー! 玉の輿かもよ?」
私は浮かれた。その言葉をお守りのように大切に財布に仕舞った。
二年の月日は瞬く間に過ぎ、私は二十五歳の誕生日を迎えた。
その日は雪だった。
鳴り響くクラクション、凍った路面に滑るタイヤの音。
歩道を歩いていたはずの私の視界が激しく回転し、体が地面に叩きつけられる。
アスファルトの上で、意識が遠のいていく。
宙を舞う財布から、飛び出したあの紙が、舞い散る雪と共に、私の目の前にひらりと舞い降りた。
薄れゆく視界の中で、私はそれを見た。
『寿 』という文字のすぐ隣。
あまりにも、あまりにも小さく、それは書き添えられていた。
『命』という文字。
最後の瞬間、私は理解した。
紙に書かれていたのは、幸せの予言ではなく、人生終了の宣告だった。
『小さな命』
《小さい命》
普通が分からずに育った陰のある私が
関わったことで小さい命にどんな影響を与えるか
考えただけで怖かったし関わろうと思わなかった
今でもまだ少し怖い
けれど、私は毎日子供たちと関わる事になった
数年前なら絶対にこんな選択はしなかった
この数年で私の中の何かが変わった
子供たちと関わってみたくなったから
子供たちと関わる中で
この声かけが正しいのか
喧嘩の仲裁などの対応が適切か
した事がその子のためになっているか……
対応が正しかったか不安な事もあるし
私がした事でその子に与える影響を考えて
少し怖い事もある
でも、子供たちの笑顔のために頑張れる
あんだけ怖がっていた
小さな命
けれど、いまは
その小さな命に
元気をもらっている
『小さな命』
叩いて殺した蚊の命
懺悔の気持ちはないけれど
摘んだタンポポ飛ばす種
命は感じてないけれど
玉ねぎ人参じゃがいもに
いただきます…と言うけれど
奪った命は忘れてる
そうしていなきゃ生きれない
それを罪だと泣く人に
面倒くさいとツバを吐く
時に、理想に支配され
やさしいねって言うけれど
生き物なんてみな同じ
慈悲をかければ死ぬしかない
小さな命を過去にする
悲しいけれど、生きていく
いただきます…と晩ごはん
肉や魚に食らいつく
命はどの瞬間から命なのだろう。
世界に個体として飛び出したとき?
お母さんが命に気づいたとき?
受精したとき?
たまごのとき?
これは小さな命のかたまり?
それともまだ命ではなかった?
命になるはずだったもの?
たくさんの。
命のなりそこない。
美味しくいただきます。
子持ちししゃも。
小さな命
そう、決心した筈
だって、あの人とは別れたし
ひとりでも生活出来ないし
もう…
ごめんね、ごめんなさい
無理なんです
私が悪いし
悪いし…悪い
決心が揺らぐ瞬間を何度も乗り越えて、やっと出した答えだった
そしてその瞬間は
呆気ない程すぐ終わった
そして命は
いなくなってしまった
見つめる。
命の光を見つめる。
あたたかく、やわらかで、まっすぐな光。
損なうことのないように。
陰ることのないように。
しかし、誰しもを焼くことのないように。
初めてのことだ。
こんなにも、こんなにも小さいものを
見つめているのは。
(小さな命)
「小さな命」
命は等しい
命は産まれる
産まれて
生きてきた命は
死へ
残された命の時間
どう生きていくか…
泣いたり
笑ったり
悔しくなったり
後悔はしたくない
子犬にも鳥にも蚊にも私にも等しく宿るデカい魂
題-小さな命
"小さな命"
ある日、よくわからない生命体を拾った。
近くの公園の柵の上できょろきょろしているところを発見した
手のひらほどの大きさで、ふわふわしていて可愛かったのでうちに連れ帰った
突然連れ去られたこともあり困惑している様子でいた
何か食べさせておこうと思って、チョコが混ぜ込まれたパンをちぎって目の前に差し出す
警戒心など何処かに忘れてしまったようで、差し出したらすぐに食べた
そんなことをしていれば私に大層懐いてくれたようで、どんな時も暇があれば私の手に擦り寄って嬉しそうにしていた。
小さいくせして温度が高く、手を添えているだけで暖かかった
一体こいつはなんなのか
気になりはしたが、調べることはなかった
牛乳や果物なんかを私の手ずから食べさせた
どんなものでも物怖じせず嬉しそうに食べる姿が可愛いと思った
ある朝、そいつは動かなくなっていた。
拾ってから一週間後のこと。
持ち上げてみると昨夜より少し軽く、無機物の様な印象があった
冷たい体から、もう生きていないということを小さく告げられる
ゴムのように少し硬くなったそれを、気味が悪いと思ったことは、きっとおかしいのだと思う
私はそのまま家を出て庭先に手で穴を掘った
そっと穴の底に横たわらせ、両手で包み込む様に柔らかい土を被せた
手頃な石を見つけて、突き刺しておく
家の中に戻った時、確かにいつも通りになった部屋になったことを実感した。
周りをよくよく観てみると、小さな命がそこかしこにいる。
植物、昆虫、動物と大きく括れてしまう、でもひとつひとつそこにある命として、生を全うしている存在がそこかしこに蠢いている。
ちっぽけかもしれない、でもそれぞれたったひとつしかない命。この命をどうするか。あの命をどうするか。
そんな権利、人間にありはしないのだけど。