『0からの』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
起点
私が、今ここに在る
0からはじまる
0の連続で私がつながっていく
今、ここからはじまる
0からの
自宅にある本、300冊ないです。
そのうち、詩集はたったの31冊でした。
詩人クラブに入会したのは、時期尚早だったのかもしれませんが、0からの出発点ということで、これから学んでいきたいです。会報なども発行し、詩集も出版している、きちんとしたクラブですので、実力が伴うように日々勉強していきたく思います。
0からの
何をやるにしろ、最初は全部0から。
0を1に変えようとして。1から10に変えようとして…。
その変えようと頑張っている証拠として結果が見えるようになっている。
神様は頑張りを努力として「あなたは頑張ってる」という証拠をくれる。それが結果。
だって、頑張ってるのに認めてもらえないのは悲しいじゃん?
【書く練習】
今日の書く練習はお休みします。
「0からの」
1から始めるのは、実は意外と難しくない。
でも、マイナスからのスタートや、何もない0からのスタートは、単純に1以上の大変さがある。
それでも、人は新しい何かを始めるし、見つけるし、生み出す。
そうやって、進んできた。
きっとこれからも、幾つもの失敗を繰り返し、時には後戻りもしながら、それでも始めた何かを成し遂げて行くのだろう。
そうやって、進んで行くのだろう。
0からの1が本当にむずい
自分は何者にもなれないな〜とか
何もできてないな〜とか思っちゃう時あるよね
でも、みんな0からスタートなのに
こんなに何のこともないようにケータイ見たり、ご飯食べて、生活しているの本当にすごいことだよね〜
ありがたいことだよね
随分と久しぶりのゲームを「はじめから」。
あの頃の再演じゃない。今の私が向き合うのだ。
相棒と、ライバルと、仲間と、自分と!
【0からの】
また0からの人生を歩みたい。
そう思う日々
0からの
#枯葉#同情
からの小説の続き。今日もお題を無理矢理ねじ込んでますm(_ _)m
競技を長く続けていると、病院や松葉杖にも慣れてくる。今回のような骨折は、そう多くないが、ひどい捻挫の時などは、医者から推奨されることがあった。術後二日目になり、ひとりで行ける許可の下りたトイレで用を済ませ、手洗い場の水で清めながら、これからの事を考える。病室は、三日目までは個室をもらっているが、術後経過を見に来る看護師や、事前の連絡も無い姉の来訪、窓の外から感じるかまってちゃんの気配などで集中できない。共有空間だが、ちょうど自分以外に利用者が居らず、この清潔な空間は、自分に集中するには丁度いい環境だった。術後良好、一週間もすれば退院は出来る。それから順調に調整が出来たとしても、選考会には、おそらく間に合わない。
「死に―」
言いかけて口を閉ざす。軽々しく出していい言葉ではなかった。少なくとも病院では。
溜息をつき、患者衣のポケットから出したハンカチで手を拭いていると左足の軽い痛みに気付く。そろそろ麻酔の時間かと、病室に戻るため松葉杖を持ち直した。
個室へ戻ると、まだ誰も居らず――いや、言葉としては、正しい表現のはずで。昨日の今日ですっかりファンタジー脳になってしまったのか、ハンカチと反対のポケットに入れているスマホを動画モードにして、窓から見える木の枝先で揺れている枯葉にレンズを向ける、その動作に、何の疑いもなかった。
「ずっと見てんじゃねーよ。」
すでにこちらを向いていた自称枯葉の妖精が、画面の中で無邪気に笑っている。
「おかえり。」
0からのスタートというわけでもない、選択肢は、幾つかあるのだから、入院中の間くらいは、考える時間に充てても良いんじゃないかと、小風に揺れる枯葉に、自然とそう思えてくる。
「もうすぐあの看護師来るから、しばらく話しかけんなよ。」
妖精の残念そうな顔に、思わず笑い声が溢(こぼ)れた。
(後書き。)
調べる事が多い^^;
ダッシュの正しい使い方が分からないまま乱用してみた。
〝好き〟って気持ちを認めて、彼女の気持ちを受け入れて。
俺の〝好き〟も受け入れてもらって。
彼女と恋人っていう関係をゼロから始めます。
大好きな彼女を腕の中におさめると、優しい温もりを感じて眠くなる。
身体の力が抜けていく。
こんなに安心ししたのは初めてで……。
俺が思うより早く意識を手放してた。
おわり
六四六、ゼロからの
0からのゴールを人生で何回も経験する。こども園に入って卒園、小学校に入って卒業、中学、高校とリスタートの繰り返しを経験する。
社会人になっても配置換えや転勤、転職など、幾度となくやってくる。その度に失敗や成功を繰り返し、成長していく。
リスタートがあることで、人生の節目が何度となくやってくる。メリハリのある時間を経験できる。
輪廻転生を信じる人は、幾つもの0からのスタートを経験していると想うのだろう。人によって同じ人生を繰り返している人もいれば、違う人生をいくつも経験している人もいるかもしれない。
前世の記憶がないので、推しはかることはできない。将来、仮想現実の世界で生きることになれば、生きている間に何回も人生を、経験することができるかもしれない。
もしかすると、もう仮想現実の世界で、自分は生きている可能性だってありうる。
仮想現実のシステムがもっと高度になって、同時に複数の人生を歩める機能ができれば、多様な考え方ができると思う。
自分としては、ゆっくりを人生を送りたいと思っている。
0からのスタートってよく言うじゃん?
心機一転!今日から新しいスタートだ!ってやつ。
俺もそうだった。
前の会社で失敗それから、クビになっても、なんとか生きてきた。
そんで、マッチングアプリで良さげな人を見つけて、新しい働き口もなんとか見つけてやったさ。
だから、俺、宣言してやったんだわ。
0からのスタート!やってやる!って。
あのー、渋谷の、えーっと、そうそうスクランブル交差点の真ん中でさ。
ほんと後悔だよ。
全部無駄になっちまった。
だって思わないじゃんか。
まさか0からのスタートって宣言して、母親のお腹の中に戻されるなんて。
我が家は右隣3軒と住所が同じっていう、大変治安が悪いところ
私宛の郵便なんて間違えて届けられても返ってこない可能性が高いよね
久しぶりに抽選に当たって、いきなり素敵なものが届いたんだけど
今までもなんかしら当たっていたとして、それらがどなたかの家に届けられたとして
その人たちが代わりに受け取ったりしても私にはわからない
当選をもってかえさせていただきますなんてーよくある文言
なんて
そんな悪人存在しないか
いつも助けられてる
大丈夫じゃない
つらい
しんどい
この状況が終わらないことが、じゃない
あなたなら大丈夫だよと皆に笑いかけられてしまうことが
笑い飛ばされてしまうことが
それによって一層孤独感に包まれてしまうことが
死ぬほど苦しい
たった一人でいい
たった一人でも等身大の自分を見つめて、受け入れてくれていると思えたら
人は生きていけるんだろう
死ななくていいと思えるんだろう
もしあなたの隣で懸命にもがいている人がいたら
どうかわかろうとして欲しい
その人の苦しみの正体に手を伸ばし続けてほしい
その時その人が何度も何度も考えてもなお辛さから逃れられないことを失念しないでほしい
アドバイスを与えることは
あなたは考えが足りていないと
その人を暗に批判する危険性をはらむことを胸に控えておいてほしい
さいごまで、わがままでごめんね
れいより
0からの
優れた人間には2種類いると言われている。
1を100にする人と、0を1にする人。
昔は1を100にする人が一般的に「優秀な人」だったんだって
でも今は0を1にする人が評価されることが多いよね。
前者は努力で、後者は才能。なんて言う人もいるけど、
どっちも努力で、どっちも才能だろうなと私は思う。
1を100にするのは地道だけど、発想力も忍耐力も必要。
0を1にするには想像力と創造力、それと諦めない心。
0からのスタートは殻を破らなきゃ行けない。でも破ったあとは1歩1歩歩くだけ。がんばれ
❇0からの❇
0からのと言えば出発…
でも、0からじゃない場合もあるよね…
りくりゅうの逆転劇は凄かった。
劇的、ドラマチック、上手く言えないけれど、なんか報われた(?)気がして嬉しかった🎵
人間ってやっぱりいいよね~🤗
もう少し進んでみようと思えた。だから僕はカーテンを引っ張った。時刻は10:30を過ぎた頃だった。
湿ったようにぬるい服を引き剥がして、タンスの奥底のTシャツを着込んだ。
ほのかに漂う防虫剤の匂いが過ぎた時間の長さを思い出させる。こんなにも長い間、お前はここに留まっていたんだと教えられた気がした。
何もかも嫌になる。何もかも否定したくなる。そうすれば何も抱えなくてもよくなる。失う以前に与えられることが無くなる。だから僕は全部を捨てて殻にこもった。
でももう一度、これが最後でいいから許してほしかった。許されたかった。他でもない自分に生きてて良いと許してあげたかった。だから僕は扉を力強く押してみた。
薄暗い部屋の中とは正反対の明るくて彩度の高い世界。外の世界。東から差し込むサーチライトが身体の中に蓄積した罪を照らし出したようだった。過ぎた時間とともに積み上がった余罪が1つずつ数えられていく。光を向けて影を見るのも、その影を数えるのも全部僕の仕業だった。
目の前を見るのが嫌になって天を仰いだ。
雲一つない青空がやけに深く見えて怖かった。
こんなに深くて広い世界の中の小さな存在に過ぎないことが救いなのか失望なのか、今の僕には判断できそうもない。
お題:0からの
年齢は、本来ただの通過時間のラベルだ。
生まれてから地球を何周したか、それだけ。
現実には、人は年齢不詳。
老成した若者もいれば、子どものままの大人もいる。
身体・精神・経験はほとんど同期していない。
だから「何歳か」では中身は分からない。
年齢が役に立つのは、
人を管理し、比べる必要があるときだけ。
本当に分かるのは、
どの時代を通過してきたか、という背景だ。
「年を取ったら失敗してはいけない」
それは事実じゃなく、社会の幻想。
失敗は、若さの特権でも能力不足でもない。
ただ、試みたという痕跡だ。
年齢は、人を測る物差しじゃない。
通過してきた時間の記録にすぎない。
ゼロというのは、未熟という意味じゃない。
既存の物差しを一度手放すという決意だ。
だからひとはいつでも、ゼロから始めてみたらいい。
題 0からの
孤独を感じる。
誰かの一番になれないと自分自身に価値を感じられない。
そんなこと考える自分も嫌で、苦しくなる。
誰か、家族も友人も捨てて私の事が一番って言ってよ。
そうじゃないと、私、もう立てない。
*0からの*
0からの
0からなんでも0から
でも100パーになることはない
人間も100歳までいくなんて
容易じゃない
携帯の充電となんらかのテストぐらいじゃない
100なんて
1番よりも3番ぐらいが好き
0からスタートはきついし苦しい
50パーぐらいがいい
結局0か100より
程よい50がいい
人間も仕事は50歳ぐらいが1番いい気がする
周りをゆるく見れる
仕事もそれなりにできる
程よい数字を目指して
踏ん張る100じゃなくていい