私に授からなかった、小さな命たち。
別の家庭に産まれた子もいれば、病院に置き去りの子もいる。時には望まれないで冷たい雪の上に産み落とされた子もいる。成長したのに若くして自ら捨てる命もある。
血が繋がらなくても、スピリットで繋がる命の誕生もある。
私は、スピリットの母になれるように、もっと成長したい。
もとより、「自分の所有の子」なのではなく「託された子」。
小さな命は、いつも神から賜る。
私が、その器かどうかが問われる。自分を磨きたい。
どんなに、ヘッポコな自分でもいい、と。
あなたは抱きしめてくれた。
その欠点さえも、僕の魅力だと教えてくれた。
踏みつけられて、クシャクシャになった僕の手を取って、それでも、僕には価値があると、微笑んでくれた。
僕のしでかした悪事を哀しみ、それでも責めることなく許しを乞う姿を、何もできないまま、ただ見ているしかない僕は、酷い奴なのに。
胸が張り裂る思いの僕を、最期までかばって、打ち傷を負ったときでさえ、あなたは温かなまなざしで、僕を励ましてくれた。
僕を救うために、命を投げうってまでも、示してくれた愛。
僕には、その大きな愛に報いることなんて、とてもできない。
どんなことをしても、返し切れやしない。
だけど、精いっぱい、命を燃やしてみる。
あなたは、今、僕の心に息づいて、僕の見る世界を一緒に慈しみ、一緒に照らしている。
せめて、あなたが好きだった花を心に咲かせ続けよう。あなたの笑顔が僕の喜びだから。
愛している、だなんて、言えた僕じゃないけど、でも、心から、あなたを想おう。
今日、世界中から投げられた、たくさんの言葉のナイフにサヨナラを告げる。
お前達に明日はない。その切っ先は持ち主に跳ね返る。私の心は天の大盾に守られているからだ。
お前達はさぞ優越感に浸り、ほくそ笑み、スッキリした心で眠りにつくことだろう。自分は何も悪くない、むしろ、被害者なのだ、あぁ、なんと可哀想な私なのか、と。
しかし、裁きの時は来る。皆、各々が自分の投げたナイフに貫かれる時が来る。今がその時だ。自分の悪事の報いは既に、今まさに、眠りにつくお前達に降りかかり、その喉元に突き刺さり、苦しみとなる。
自分の口が放つ汚い言葉が自分の首を絞めていると気がつく人はごくわずかだ。
だから、多くの者達は思う。
どうして私が、と。
汚い言葉の源は、どす黒いお前達の心。
私は憐れみ深く肯定しよう。
ああ。そうさ。お前達はなんと可哀想な者達だろう。自分のしていることが、どんなに虚しいことかわからないでいるのだから。
今日、世界中を飛び交った、たくさんの言葉のナイフにサヨナラを告げる。
お前達は皆、元来た場所に帰れ。
言葉は霧散しても、耳に残り、傷は心深く刻まれる。
世界は言葉を殺し合いの道具にしている。
せめて、今日飛び交った言葉のナイフよ、去れ!
永遠に。