はなこもり

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12/24/2025, 2:23:18 PM

「おじゃましまぁーす。」
「つっ……めてぇなこの野郎!」
ようやく温まってきたところの小さなポケットに、凍てつく侵入者が現れて、温もりを奪っていった。追い出そうとすると、体をもぎゅもぎゅ押して出口を塞がれてしまった。
「手ぇ入れんな!」
「いいじゃん、入れてくれよ。」
「このポケットは一人用なんだよ、出てけ。」
「すぐあったかくなるからさ。」
「どの口が…」
 バスが来るまではまだ時間がある。口も上手く回らないくらいには寒いので、余計な小競り合いを続けられるほどの余裕はなかった。仕方なく共生を目指した途端に、隣の男は自らポケットから退いた。
「入ったり出たり忙しいな、お前。」
「すべての温もりを奪うほど、俺は冷酷じゃあないんでね…。」
「ほんとにどの口が言ってんの?」
 その代わり体を寄せてきたので、俺は肩でこづいて押し返してやる。すると悲しそうな顔でこちらを見るので、思わずギョッとした隙に間をガッツリ詰められた。してやられた。
「くっつくなって!」
「なんか今日は冷たいな。」
「いつもだわ。」
 ギャーギャー言っていると、こいつは突然ポケットからカイロを取り出した。
「これあげるから、機嫌直してくれよ。」
「機嫌悪くねぇし…てかそれ持ってるなら使えよ!」
「いいから貰えって、お前はバス降りてからも長いだろ?」
 変なところで気がきくこいつにいつも呆れるばかりだった。素直に受け取ると、満足げに笑った。手から伝わるカイロの温もりが、どこかいつもと違って感じられる。
「風邪ひくなよ。」

 この日もらったカイロは、それとなく捨てられないまま月日が過ぎていった。温もりも何もないこいつに価値はないかもしれないが、俺にとってはそこにまだ微かな温もりが残っている。

12/23/2025, 4:15:40 PM

 
 キャンドルに火をつけてやれば、たちまち甘い香りを振りまいて俺たちを包み込んだ。俺にとってはそれがあまりにも甘ったるくて、肺にべったりと張り付くみたいだった。
「俺が作ったアロマキャンドル、どう?」
 自信満々にそう言う男には申し訳ないが、俺の好みではなかった。それをストレートに言うと怒るのは目に見えているので、ここはいい感じに受け流すことにする。
「いや、すげぇいいと思う。火の感じとか。」
「火の感じってなんだよ。」
 ヘラヘラ笑って流されたが、本人は満足げにいろんな角度からキャンドルを眺めている。それを見てなんとなく、本当になんとなく息を吹きかけてみたら、ぱったり消えてしまった。あたりは真っ暗になって、甘い香りが白い煙になって宙に消え去る。隣に座る男からの、無言の圧を感じてスマホのライトをつけた。案の定、めちゃくちゃ睨まれていた。
「え、何してんのお前。」
「出来心で。」
「俺の努力を一瞬で吹き飛ばしやがって、てめぇ。」
「火がゆらゆらしてんの見ると、なんか不安になっちまうからさ。消したくなんだよ。」
「どんな理由だよほんとに…。」
 香りが薄くなっていくのは都合が良かったが、雰囲気は険悪になって、再び俺が息をする間もなくなった。
「………でも、わかるよ。」
 哀愁を帯びた声が、その空気を切り裂いた。
「いつ消えちゃうのかなって、そわそわしながら見てるの、疲れるよな。」
「わかってくれる?」
「お前を許すわけではないけど、わかるよ。」
「それでこそ俺の友達だ。」
「それは置いといてね。」
 それからしばらく笑いあっているうちに、気づけばキャンドルの件はなかったことになった。

 キャンドル作りなんて洒落た趣味を始めた男を笑ってたし、長続きしないことは俺にはわかってた。こいつはいつも、何でもいいから拠り所を慌ただしく探してるみたいで、俺は見ていて落ち着かない。ゆらゆら不安定にしている火を見て、どうもそれが今のお前に重なるんだ。
 正直、よくない予感がしていた。蝋が甘ったるくドロドロ溶けて、その火が揺れて揺れて小さくなるのを見ていられなかった。
「お前、次何やんの?」
「次ってなんだよ、まだキャンドルやるよ。」
「楽しいか?それ。」
「お前みたいな奴にはわかんねーよ。」
「バカ言え、俺が1番わかってんだ。」
「何をだよ!」
 こいつを繋ぎ止めるものが、あんな小さな火じゃ心許ない。俺がいない時に、俺がいてやれない時に、こいつを繋ぎ止めるものじゃなきゃいけないんだ。
「はやくいいもん見つけろよな。」
「だから、今はキャンドル作りやってんだよ!」
 まぁ、今はそばに俺がいたら、それでいいのかもな。

8/17/2025, 2:31:07 PM


吹き出した汗がアスファルトに次々とシミをつくる。
太陽が私を虐げて、まるこげにしようとしているのだ。
「もう地球終わるんじゃないかな。」
隣の友人も、同じことを思っていたようで安心した。私は返事をする気にもなれず、こくりこくりと頷く。
「早く夏終わってほしいけどさー、夏終わったらもう本格的に受験だよ。うちら。」
「…やなこというなぁ。」
「だったらこの夏、終わらなくてもいいかも。ずっとこのまま、高校三年生のままがいい。」
「まじ勘弁なんだけど。」
正気かと思ったが、言っていることは痛いほどわかる。この夏が終わったら、私たちはバラバラになるんだ。

「受験と地球が太陽に灼かれ続けるの、どっちが嫌?」
「ギリ太陽。」

でもこういう友人と、ずっと一緒にいられるなら。
永遠の夏が過ごせるなら、それもいいかもしれない。

2/11/2025, 1:45:49 PM

「じゃあ最後に、ココロの音を聞かせてちょうだい。」
そう言いながら、医者はよくわからない器具で僕の胸の辺りを軽く叩いた。しかし、何の音もしない。
「うーん、やっぱり先月から変わっていないねぇ。」
「そうですね。」
人によって、ココロの音は違う。人は先天的に、唯一のココロの音を持ってして生まれる。僕には生まれつきそれがなかった。
「もう君を見て6年ほどになるけど、本当にこんな人は初めてだよ。」
「まぁ、そうですよね。」
医者はいつも通り、カルテに先月と変わらない文言を書いて診察を終えようとする。このやりとりも先月したばかりだ。
「ココロの音がなくて、困ってない?」
「まぁ、困ると言うか、ココロ占いの話題に入れないことがしばしばあるくらいです。」
「それ地味に嫌だねぇ。」
人ごとのようにクスリと笑った医者を見て、心底気分が悪くなる。とはいえ、今日で病院に通うのは終わりにするつもりなので、もうどうでもいいのだ。
「君のココロの音、聞いてみたかったねぇ。」
上着を着つつ帰る準備をしていると、医者はぼやいた。思わず手が止まる。それでも僕の手は、それを遮るようにしてまた動いた。
「今日で定期的な診察は終わりになるけど、また困ったらくるんだよ。」
「はい。」

病院を出た。
右の拳でココロを叩いてみても、何も鳴らなかった。

6/15/2024, 11:46:33 AM

「お前ってなんでいっつも漢字テスト満点なの?」
「えっ?」
互いに採点して返ってきた小テストには、いつも通り満点である20が崩れた格好で書かれていた。一方、返した彼の点数は毎度お馴染み6点である。今の今まで無言でこのやり取りを繰り返していたのだが、ついにこの日、彼は私に話しかけてきた。
「どうやって勉強してんの?」
「普通にテスト前の5分とかで見てるだけ。」
「俺も5分見てんのにこの差はなんだよ。」
「知らないってば。」
いきなりなんのつもりなんだろう、喧嘩を売りにきたのだろうか。テストを前の席に送る傍ら、私は少し彼に睨みをきかせる。
「あんま勉強してないのになんで毎回満点取れんだよ。こっちの身にもなってほしいわ。」
「だから知らないってば、どうせ本とか読まないんでしょ?」
「本?あぁ、それか。お前いっつも本読んでるよな。」
「まぁ…読んでるけど。」
なぜだかわからないが、怒りがしぼんでいく。冷静になれば、こんなやつ相手にする必要もない。そっぽを向いて話をちょんぎろうとしたところで、いきなり彼はそれを繋ぎ止めた。
「なんかおすすめの本、教えてよ。」
「……は?」
「なんでそんなキレてんだよ!いや、俺本とかよくわからねぇけどさ、俺毎回6点なのいやなんだって。」
「絶対漢字のワーク見てた方が早いって。」
「いいじゃん、せっかくの機会だし!お前の好きな本でもなんでもいいから!」
好きな本、好きな本か。それならいつも持ち歩いている、あの本が真っ先に思い浮かぶ。
「じゃあこれ貸してあげる、私のだから絶対汚さないでよね。」
「えっ、いいのかよ。」
「うん、また6点にイチャモンつけられても困るしね。」
そういうと彼は口をへの字にしたが、早速本を開き始めた。変なやつ、そんなことを思いながら私は前に向き直った。

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