降り積もる想い
窓の外は、音もなく白が重なっていく。
世界が静まり返るほど、胸の奥にある言葉たちが輪郭を持って浮かび上がってくる。
熱いコーヒーを淹れる。
立ち上る湯気の向こう側で、クロが眠っている。
時折、夢を見ているのか足先をぴくつかせ、小さく鼻を鳴らす。
「ねえ、クロ。私たちはこうして、どれだけの時間を分け合ってきたんだろう」
返事はないけれど、彼の規則正しい寝息が、私のささくれた心をゆっくりと平らにならしていく。
降り積もるのは雪だけじゃない。
あの日言えなかった言葉も、何気ない朝の光も、クロの背中の温もりも。
すべてが層になって、今の私を作っている。
冷めかけたコーヒーを一口。
苦みの後に残るわずかな甘さが、今日の私にちょうどいい。
時を結ぶリボン
10月4日。
朝の光が、窓辺で眠るクロの背中に落ちている。
黒い毛並みが、一筋の銀色に光った。
それはまるで、過ぎ去った時間と今を繋ぎ止める細いリボンのよう。
10月12日。
湯気の向こう側で、コーヒーが静かに揺れている。
一口含むたび、心のささくれがゆっくりと解けていく。
「ねぇ、クロ」
呼びかけると、彼はあくびをひとつして、
ただ静かに私の一部を肯定してくれる。
11月2日。
私たちはいつも、目に見えないリボンを編みながら生きている。
コーヒーの苦みも、クロの温もりも、
すべては「いつか」へと続く、愛しい結び目。
流れる雲を眺めながら、
今日というリボンを、私はそっと指先に結んだ。
手のひらの贈り物
冬の午後の、頼りない光。
ソファに座っていると、クロが足元にやってきた。
そっと差し出した私の手のひらに、
クロは迷わず、その温かいあごを預ける。
ただそれだけのことが、
遠くの国の誰かからの手紙よりも、
ずっと昔に失くした宝物よりも、
今の私を静かに満たしてくれる。
手のひらに伝わる、ささやかな鼓動と体温。
世界はたぶん、こういう小さな贈り物で、
優しく包み込まれているのだろう。
「いい子だね」
呟いた声は、そのまま光の中に溶けていった。
心の片隅で
夕暮れ時。
部屋がオレンジ色に染まっていく。
心の片隅に、
小さく灯った光がある。
それは明日への、ささやかな期待のようなもの。
コーヒーを淹れると、
香ばしい香りがゆっくりと広がった。
「ねえ、クロ」
名前を呼ぶと、
クロがとことこ寄ってきて、しっぽを振る。
黒い背中に夕陽が溶けて、
まるで金色の魔法がかかっているみたいだ。
今日が終わる。
でも、それがなんだか嬉しい。
明日は今日よりもっと、
いい日になるような気がするから。
雪の静寂
世界から一切の音が消えた。
カーテンを開けると、そこには夜明け前の青い透明な時間が降り積もっている。
銀色の粒子をあふれさせたような、しんとした静寂だ。
私は湯気を立てるコーヒーを一口含み、その苦味で目を覚ます。
足元では、影のように黒いクロが、雪の気配を察して鼻先を震わせていた。
私たちはただ黙って、白く塗りつぶされた庭を眺める。
言葉にすれば壊れてしまいそうな、けれど新しく生まれ変わったような夜明け。
寄り添うクロのぬくもりと、コーヒーの熱。
このささやかな温度こそが、新しい今日を始めるための、私だけの合図だった。