干した布団はぬくっとしてちょっとざらついた、灰色の匂いがする。不思議なもので、地面とか乾燥した空気の…そういう匂いなんだけど、私はそれを陽だまりの匂いと呼んでいた。
リビングのライトをつけて、台所の音が増える時間。あなたの知らない雑学、そんな風なテレビが始まるの。
今日紹介する雑学は、お日様のにおいについて。
実はそんなものはなくて、干した洗濯物からするにおいの元は、ダニの死骸なんです。
えぇ……ショック。私はなんの気なしに垂れ流していたテレビに釘付けになって、聞こえた単語に愕然とする。だっていつも干した布団を取り込んだら、顔を擦り付けて目一杯に息を吸うのに。死骸なんて気持ち悪いじゃない。でも、あの匂いが好きで、死骸なんて言われたってあの癒しは本当にあってさ。テレビ画面に顕微鏡で拡大されたダニが映るんだけど、あんまりちゃんと見るのはやーめた。って思った。
お日様のにおいみたいなダニの死骸たちと、私を癒す陽だまりの匂いは別なのよ。そういうことにします。
陽だまりの匂いはね、嗅ぐと景色が見えるの。少し埃を被ったバルコニーの手すりとか、雨と晴れで色の違うアスファルトとか、暇そうに眠そうに目を細めてる犬とか、からだ全部包み込むシーツの波とか。だからダニの死骸がチラついたって、もうそれは埃やらアスファルトのあたりに小さく小さく追いやっちゃう。
そうしていたら不思議なもので、あんまり気にならなくなった。
あれから何年も経って、ふと検索。歯磨き前の億劫さが、階段に座り込んだ私の、スマホを握った指先をどうでもいいことのために次へ次へと踊らせる。
干した洗濯物 お日様のにおい ダニ
AIによる概要がバーンと飛び込んでくる。どうやらあの頃の話と違って、お日様のにおいの正体はダニの死骸ではないよと文字が並ぶ。紫外線や熱で布団の繊維とか皮脂が分解されて、揮発性の成分が発生するらしい。しかもそのにおいには、リラックス効果があるんだって。
へぇ……ニッコリ。別にダニだとしても、あんまり気にしないことにしてたけど、改めて違うって知ったら素直に安心が湧いた。繊維とかいう布団の死骸のカケラも、皮脂とかいう自分の死骸のカケラも、ダニの死骸よりは気持ち悪く無い。こんな言い方は無理やりかな。
あいにく最近はベッドで眠って、乾燥機を使うから、陽だまりの匂いは思い出の中。でもせっかく新しいことを知ったし、次の晴れには久しぶりに外に干して、思いっきり吸ってみようかしら。
「太陽のような」
「風景 ある女の午後」
水道の口から飽和した水滴が垂れ落ちる。わずかな波紋の音すら聞こえるほどに、整然とした部屋は沈黙に支配されていた。
リビングルームのソファには、華やかな装いに反して生気のない目をした女がぽつんと座している。大きなテレビと、ガラスのテーブル、隅に飾られた観葉植物。どこかショーケースじみた空間だ。
遠くで夕方を知らせるチャイムが鳴って、賑やかな子供の声と犬の鳴き声。空虚な部屋は、窓もカーテンも閉ざされたままだ。締め切られたはずのその空間に、くぐもった幸福がシン…と響いていた。
「風景 ある男女の夜半前」
恰幅のいい男がいた。どっしりとした肩や腿だ。ジャケットを持った女を傍に控えさせ、その男は席につく。丁寧にラップのかかった食事に手をつけると、ごく自然な動作で中身をテーブルへぶちまけた。女が呆気に取られる間もなく、男は食器を投げ捨て、振り返りざまに女の頬を叩いた。女の瞼は開いているし、男は女を見下ろしているが、互いの表情は見えていなかった。ひどく乾いた、灰色の時間だった。
「深夜 『 』の感情」
豆電球が眩しい。暗闇は怖い、夜はとにかく長いから、怖くない方法を探してる。祖母がくれた毛布だけがあたたかくて柔らかい。薄く喧騒が聞こえる。ここがどこか分からなくなっていく。息苦しくて、どこにも行けなくて、背を丸めながら目を閉じる。母が布団に潜り込んできた。泣いている、怒っている、悲しんでいる。明日は7時に起きなくちゃ、
「???」
一時停止のない物語。命があって、心があって、そこには真実があるはずで。現実には、人には、もっと信じられるだけの価値があるとそう思いたくて。でもひたすらに流れ続けるのは、魂の抜けた風景、風景、風景ばかり。
「風景」
ほんとうの闇にしか寄り添えない夜があるけど
ほんとうの光にしか救えない朝を探してしまうから
君を救えない僕は
君を救う誰かが
僕の影も埋め尽くして
白く焼きついたフィルムみたいに
ぜんぶぜんぶ なかったみたいに燃やし切るのを
呪うように 祝うように 待ち続けている
「君と僕」
地獄で待ち合わせしようよ、遅刻したっていいから。
取り立てて悪いことはしていないと思うけど、募金箱から目を逸らしたり、影口に頷いて見せたりするくらい。
広大な世界について考え出して、人1人の強さと弱さを反芻しながら、あったかい家を守るのはなんて難しいのかしら……と瞼を伏せるだけ。
ライフプラン、将来設計、目標、やりたいこと、憧れ。
ある、あるのだ。しかして叶えるために踏み出すことは、怖すぎる。
クシャッとしたレシートが溜まった財布を持って、ほどけた靴紐を特段気にせず歩く。小銭はうまく出せず、階段で躓くけれど、全部まあ仕方のない、仕様のないアタシ……と嘯いて終わりだ。
深く考えて何になる。優しくも正しくも美しくもあれない。肥大した自我ばかりが目につくのに。
でもそれが、人間らしくて良いじゃない。
生きるなら何かを奪い続けることは宿命であって、それは悲観する理由としては足りないの。
嫋やかに桜は咲いて、澄んだ水の流れは地を繋ぐ。
奪い奪われ、連鎖の中に芽吹き、枯れ、また何度でも巡り続けることの美しさ。
歯車になれない私たちは、システムにとって有害で、それでも自ら絶えることもできずに足掻いている。
肯定したい。未だ何者にもなれない、有害で障害である私を。あなたを。
綺麗は穢い。穢いは綺麗。天秤の傾きを、前から見るか後ろから見るかの差異なのだ。
ありのままの美しさを肯定して、もっと先へ駆け抜けて、穢さすら愛してみせたい。
このまま地獄に堕ちてもいいよ、怖くないって思えそうだから。
そうしたら地獄でさ、待ち合わせでもしてみようよ。私とあなた、どちらが遅刻してもお咎めなしで。
あなたの美しさを信じて、私の美しさを信じて、今はただ愛のために歩み続ける。
この果てにある愛という途方もない夢へ!遠く煌めくまぼろしへ。泥濘の中に咲く私たちが、瞬きほどの人生で、1番強い恒星の光に灼かれることを、許されたいのさ。
「夢へ!」
金魚を飼っている。名前はつけていない。
同居人が祭りから連れ帰ってきた小魚ちゃんは、フナ感満載で"ウオ"っぽくなった。手のひらよりはまだ小さい。
酸素ポンプのバッテリーは壁に干渉するとかなり耳障りだけど、ポコポコと泡の吹き出すところを見るのは好きだ。ゲーセンの二階建てになった小さめクレーンゲームでとれるような、シリコンのマスコットなんかをオブジェに沈めて、子供っぽい水槽に仕上がっている。
犬猫より手間もないし、明日お別れになっても多分泣かない。すべての命が横ばいの平等ではないし、だから私たちはきっと生き残れたのだろうし……。共に過ごす時間、生命を保証してくれるものへの依存。愛をつくるのはなんだろう。
私が金魚を見る時、私の中身は水槽に生まれる泡沫と、なんとなくいつも同じ速度になる。
金魚に感情があるかはわからない。私の感情もつまりそれが本当のところなんであるか、いつまでだってわからないまま。
金魚は人が近づくとパクパク忙しなくなる。私の脳内とか関係なくて、それくらい距離がある事実が安心をくれる気がした。
野菜入りの健康フードをがっつく金魚。良きかな、良きかな、元気かな。
「元気かな」