周りをよくよく観てみると、小さな命がそこかしこにいる。
植物、昆虫、動物と大きく括れてしまう、でもひとつひとつそこにある命として、生を全うしている存在がそこかしこに蠢いている。
ちっぽけかもしれない、でもそれぞれたったひとつしかない命。この命をどうするか。あの命をどうするか。
そんな権利、人間にありはしないのだけど。
【love you】とだけ書かれた紙を拾った。
端っこが破れていたから、当てはまりそうな主語をいくつか見繕って、ダイヤルカレンダーみたいに気分でカスタマイズできるようにしてみた。
今日もカレンダーは、誰かから僕への愛を示している。
…後ろに【too】も付けてみようかな。
太陽のような人。
あの人を一言で表すなら、私はそう答える。
集団の中心人物で、皆を引っ張ってゆく、エネルギーに満ちた人。
私にも手を差し伸べて、その光の内に入れてくれる人。
眩しくて、目を灼かれてしまいそう。
きっとあの人に焦がれたら、蝋の羽は溶けてしまって、
あの人がいない、冷たい世界に戻ることになるのだろう。
0からの一歩は、むつかしい。
何もない0からのスタート、というのはまぁ、最底辺にいるようなものなので伸び代しかないのだが、その"伸び代"はどこまで伸びるか。こればかりは自分次第。
昨日あったやる気が今日も続くのか。明日も明後日も、1週間後も1ヶ月後も1年後も、その先も続くのか。
そんなことを考えたって仕方がないのだけれど、仕方がないことはわかっているのだけれど、どうしたって考えしまうのだ。
そうしてまた、"違うかも"と目を背けるのだ。
同情なんていらないと言うくせに同情はするなんて、なんとあさましい存在だろうか。
勝手に"可哀想だ"と他人のことを下に見て、
勝手に自分より低い位置に置いて、
勝手に安堵と密かな優越感に浸っている。
この文を書いている私も、
勝手に周りを"こうだ"と決め付けて、
勝手に"可哀想なことだ"と憐れんで、
勝手ながら"自分は違うはずだ"と自分を棚に上げる。
なんと憐れ。なんと不憫で、可哀想な存在だろう。
果たしてこの憐憫は、誰に向けたものだろうか?