「戻りましたーって…え?」
冷たい音を鳴らしながら、彼は扉を開いた。
そこは四つのデスクが収まる、こじんまりとした己の所属する課の居場所。
彼の視線の先には、部屋の隅っこでうずくまっていた、後輩が居た。
「走勧(そうか)っち、どうしたんすか?
そんな、ダンゴムシみたいに丸まって…」
「うぅ…順(じゅん)さん…私、呪われてるんでしょうか…それとも、恨みを買ってしまったんでしょうか…」
「俺らの仕事的に、呪われもするし、恨まれもするだろうけど…どうしたんっすか?」
怯えながら話した後輩は、デスクに置かれていた、一枚の紙を指差した。
順と呼ばれた男性は、折り畳まれた紙を開いた。
「………なんすかこれ」
「わからないですよぉぉぉ!10年後の私は今こうなんですって、よくわかんないこと書かれてるしぃーーー!」
「冗談にしても訳わかんないっすね。"正義のアルカナを受け継いだ"、"髪が長くなってツインテールになった"、"剣を自由自在に浮かせて飛ばせるようになった"、飛べるようになった"…」
室内に、沈黙が流れた。
時計の音だけが、カチカチと鳴り響く。
「え、しょぼ」
「悲しめば良いのかわからないです〜!」
「なんかもっとこう…偉い人になったとか…不老不死になったとか…"アルカナを受け継いだ"は凄いけど」
いたずらかなぁ、にしてはしょぼいなぁ。
と呟き、それをゴミ箱に捨てた。
お題『10年後の私から届いた手紙』
そこは墓地だった
周囲には似た様な墓石と、少し枯れた花が刺さった花瓶達が、花畑の様に広がっていた。
その中の、真新しい花が飾られている墓の前で、一人の男性が手を合わせ、目を瞑っていた。
男性は、黒い髪と、少しよれた黒いジャケットを羽織り、右耳辺りの髪が白く染まっている。
40代後半ほどの少し渋い顔をあげ、立ち上がった。
その顔は朗らかで、まるで親友と会えた様な、そんな顔だった。
「じゃあな、また来るよ」
墓石に向かって、呟いた。
背を向け、墓石の間にできた隙間を通り抜け、簡易的に作られた駐車場に辿り着く。
シルバーの大きなワゴン車が、ぽつりと停車しており、後部座席の扉が自動的に開いた。
「奥方とは喋れたか?」
固定された車椅子に乗っている、薄い紫の長髪を蓄えた女性が、そう聞いた。
「できたよ。すまんな、待たせちまって」
男性が乗り込み、シートベルトをつける。
「良いっすよ〜丁度、情報を整理したい所だったんすよ〜」
前方座席、運転手席の隣に座っていた、若い銀髪の青年が、おちゃらけながら気遣う。
「それでは、向かいますか?それとも、準備してから行きますか?」
ハンドルを握っている、茶髪の若い女性が、不安がながら質問した。
「あぁ、このまま行こう。今日はフルメンバーだから、いつもより派手にやってやろう」
四人の共通した黒いスーツの胸元には、盾のような刺繍があしらわれている。
まるで一つのグループかのように、ここが居場所だと見せつけるかのように。
墓参りを終えた男性は、ニヤリと笑った。
『もう大丈夫』と、彼女に伝えるかの様に。
お題『待ってて』
「じゃあな」
車椅子に乗った女性は、そう言って去ろうとした。
薄明に染まった空の下で、ボロっちい服を着た青年が、指輪を握りしめて、その後ろ姿をただ眺める。
「いいのか?」
高圧的な声が、その指輪から発せられる。
青年は顔をしかめ、数秒黙り込む。
「次会った時は、お前が死んだ時かもしれないぞ」
その声と重なる様に、青年は
「待ってください!」
と、車椅子に乗った女性に届く様に、大声を出した。
車椅子は止まり、後ろ姿を見せながら、
女性が返事をした。
青年は言葉を喉にひっかけながら、文を作ろうと、もがき続ける。
女性は、それをただ聞いていた。
「俺を、使ってください!さっきみたいに、俺はコイツと一緒に戦えます!犯人だって捕まえて見せます、だから!」
「お前は民間人だろ」
掠れた文を、女性は冷たく否定した。
青年の顔が曇る。
「だが」
青年の顔に、薄明光線が当たる。
「考えてもいい、お前に正義を誓う覚悟があるのなら」
青年の顔が、花畑のように輝いた。
「はい!」
返答は、太陽の様に暖かった。
お題『伝えたい』
昨日頑張った貴方に花束を
体調が悪くても仕事に行った貴方に花束を
名前の無い家事をこなした貴方に花束を
「ねーねー!お姉さんは、なんでお花をあげてるの?」
「ん?そうだね、みんな偉いからだよ。
偉い人には、お花を渡すのさ。」
人を殺した貴方に花束を
復讐を犯した貴方に花束を
全ての黒幕である貴方に花束を
「止まれ!さもないと撃つぞ!」
「くそっ!あんな簡単に人を…花渡しは東に逃走中!」
「お前だけは、私が絶対に殺して見せる」
死に損ないに花束を
出会ってしまった貴方に花束を
私を信仰する貴方に花束を
追い詰められた私に、花束を。
お題『花束』
どこにも書けないことなんて
生きてりゃ絶対生まれてしまう
それが雪の様に降り積もり
そこは雪原となった
一つの、人型の足跡がその雪に形を残していた。
それは奥へ、奥へと続いていた。
その人物は、一つの大きな石碑の前で立ち止まった。
革のブックカバーがかけられた文庫を、厚い上着から取り出し、石碑の前に、雪の上に置く。
数秒黙祷をし、その人物は自分の足跡を頼りに、来た道を引き返した。
雪の風に吹かれ、ペラペラとページが捲られる。
そこには、たくさんの文字が、脈絡なく、無差別に書き連ねられていた。
やがて雪の風が、それを呑み込み、その本は雪と一体化してしまった。
誰かに見られるべき文字は、死んでしまった。
お題『どこにも書けないこと』