「其よ!どうか、どうか我が子を抱いてください!」
暗い部屋で、そんな声が響いた。
足元に置かれたランタンの、ほんの少しの灯りだけが、地面から生えた草をほんのり照らしている。
部屋の奥を見ようとしても、ただただ深淵が広がり、頭痛がしてくる、そんな部屋。
そこに跪いていたのは、一人の女性だ。
とくに派手さを感じない質素な服で、目の前の暗闇に差し出すように、赤子を捧げていた。
「お願いします其よ!我が子の体は、病気に呑み込まれています。其が抱いていただければ、きっとこの子はたくましく生きれるんです!」
その声に応じたのか、暗闇から二本の腕が現れた。
それは人間のような腕だが、墨ように黒かった。
湯気のような黒いモヤが、常時腕から発せられている。
その腕は、赤ん坊をそっと受け取り、優しく、弱々しく、頭を撫でた。
赤子を捧げた女性は、手を胸の前で組み、目をうるうるとさせながら、その光景を眺めていた。
笑みを浮かべていた。
やがて漆黒の腕は、女性に赤ん坊を返した。
女性はめいいっぱいに感謝をし、頭(こうべ)を垂れ、その部屋を去った。
女性と入れ違いで、誰かが部屋に入った。
その人物は、黒いスーツを纏った、人型のドラゴンだった。鱗は蒼く、目は真っ赤だ。
スーツ姿のドラゴンは、目の前の暗闇に向かって
「すまんな、狂(きょう)。今にも狂い死にそうだったから、通してしまった」
暗闇から、弱々しく、優しい声が
「ううん、大丈夫だよ。ねぇ、こんなに存在が消えかかっていて、こんなに狂った神の手に、価値なんてあるのかな」
と、自身を卑下した。
ドラゴンは、ため息を吐き、当たり前のことを言った。
「彼女が誇りと思うなら、価値があるのさ。
ほら、とりあえず活動報告をするぞ。今回の作戦で、想教(そうきょう)の天使の大多数が、堕天使となった。
彼らの思考を、更に狂気に呑み込ませるために…」
ヴィラン達の、静かな作戦会議が始まった。
お題『小さな命』
いっとう強い風が吹いた
周囲にある、彩り豊かな葉をつけた木が、その風に負け、がさがさと音を鳴らした。
地面に積もった枯葉が、紙吹雪のように散らばる。
そんな光景を、一人の女性が、木によりかかりながら、静かに見ていた。
クリーム色の髪が腰まで伸び、波のように、ウェーブがかかっている。
柔らかく、それでいて大人びたその顔とは裏腹に、腰のベルトには、一本の長剣が刺さっている。
銀色で、持ち手の少し上には、大きな天秤が装飾として施された、売ればお金になりそうな剣。
女性は満足したのか、木にかけていた体重を戻し、枯葉で隠れた道を、ゆっくり歩き始める。
「罪斬(ざいざん)。枯葉って、寂しいね」
女性は、剣に答えを求めるまでもなく、すぐに話し始めた。
「せっかく木と生涯を共にすると決めたのに、風なんかに負けて、離れ離れになるんだもの」
木と枯葉と、女性と剣を、強い風が揺らした。
「ねぇ、君は…私が死ぬまで、私のことを見続けてくれるよね?」
枯葉が、木にぶつかって動けなくなっていた。
お題『枯葉』
「やめてくれ…やめてくれぇ!!」
ススキ林に、悲鳴が鳴り響いた。
黄金色がめいっぱい広がり、大の大人が埋もれてしまうほどのススキが、風に従って揺らめいている。
誰かの情け無い命乞いが聞こえた後、断末魔と、ぐしゃ、という音が聞こえた。
それから暫くして、少し離れた、ススキ林の終わりから、誰かが姿を表した。
二本足に、二本の腕、頭部が一つで…見るからに、人間だった。
その人間は、虚な眼で振り返り、自分が通ってきた鈴木林を見つめた。
右手には、銀色の長剣を手に持ち、左手には、銀色の天秤を手に持っている。
長剣には、赤い液体がべったりと付着している。
振り向きは数秒にも及ばず、すぐに頭を戻して、二つの手を近づけた。
剣と天秤は、すぐさま一つとなり、天秤がついた銀の長剣へと姿を変えた。
人間はその剣を、腰に巻いたベルトに固定して、身なりを整える。
「行こう」
その言葉を受け、人間は足を動かし始めた。
まるで、剣に取り憑かれているかのように。
お題『今日にさよなら』
朝日が照らす公園内に、ジャージ姿の青年が居た。
銀髪の青年は、入念に準備体操を行なっている。
屈伸や軽いジャンプ、ふくらはぎを伸ばし、体を横に曲げようとしたその時
「お前はいつも、これをしているな」
と、女性か男性かわからない声が聞こえてきた。
「毎日の鍛錬は、欠かせないっすからね〜。
そういや、いつも指輪の中にいて、白黒(はっこく)は酔わないんすか?」
右手の中指に嵌められた、指輪に向かって話しかけた。
指輪には、少し大きな石があてがわれており、白と黒の濃淡がまるで煙のように動いている。
「酔わないよ。こんなんで酔ってたら、お前が私を振り回す時に、使い物にならないじゃないか」
「確かに、それもそっか」
青年は準備体操を終え、指輪に付いている石に、そっと触れた。
すると、指輪はたちまち姿を変え、青年の背丈と同じぐらいの槍に変貌した。
戦争で使われていそうな槍で、持ち手は指輪に付いていた石と同じく、白と黒の濃淡が蠢いている。
「ついでに聞いても良いか」
「なんすか」
「お前、いつも私を槍にしてるよな。槍がお気に入りなのか?」
青年は、あーと言って考えこみ、答えた。
「かっこいいから」
白黒の、聞かなきゃ良かったという顔が、簡単に思い浮かべられた。
お題『お気に入り』
陽が沈みかけ、薄明の空が広がる田舎道。
そこを、一人の女性が、車椅子を押しながら歩いていた
車椅子に座っているのは、薄紫の髪を伸ばし、空色の眼をした女性だ。
足が膝上でなくなり、黒いスーツが、この人はこれが正解だと見せつけるような、そんなオーラを放っている。
車椅子を押しているのは、茶色の髪をおだんごでまとめ、黒いスーツが似合わない女性だ。
二人のスーツの胸元には、同じ盾の刺繍があしらわれている。
「生命(せいめい)さん、今回もサポート、ありがとうございます。私一人だったら、何もできなかったです…」
車椅子を押しながら、彼女は言った。
生命と呼ばれた、車椅子の女性は
「なに、喝を入れただけだ。それよりも走勧(そうか)、随分と手際が良くなったな。流石だ」
「そ、そそそ、そんな!う、嬉しいですぅ!」
走勧と呼ばれた女性は、ハンドルを持つ手に力が入った
「走勧、お前の正義はなんだ?」
「正義、ですか?それは勿論、"命と権利を守ること"です。当たり前のことを聞いて、どうしたんですか?」
生命は、軽い笑みを浮かべた。
「いや…なんでもない。ただ、誰よりも正義を狂うほど信じているお前が、誇らしいなと思っただけさ」
お題『誰よりも』