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2/19/2026, 3:14:17 PM

『枯葉』

枯葉を踏んだときの、あの「ぱり」という音が好きだ。

あの冬の公園。
陽は低くなって、すべり台の影が長く伸びてた。
空気は冷たいけれど、迎えに来た父に手を引かれて歩いた帰り道は、それほど寒くなかった気がする。

私は、わざと落ち葉の多いところを選んで歩いた。
ぱり。ぱり。ぱり。
「そんなに踏んだら、葉っぱがかわいそうだろ」
父は笑いながら言ったけれど、父もこっそり強く踏んでいた。
少し大きな音が鳴ると、ふたりで顔を見合わせた。
あの音は、乾いた音なのに、どうしてあんなに暖かかったのだろう。

いま、あの道をひとりで歩く。
私の手は、もう誰にも引かれていない。
それでも、落ち葉はちゃんとそこにあって、踏めば同じ音がする。
ぱり。
胸の奥で、小さな灯りがともる。
音はすぐに空気に溶けてなくなるけれど、手のひらのぬくもりが、ほんの一瞬だけ戻ってくる。

私はまた、少しだけ強く枯葉を踏む。
誰もいない夕暮れに、あの日と同じ音が響いた。

2/19/2026, 4:07:45 AM

『今日にさよなら』

ベンチに座り、膝の上にノートを広げたときだった。
​「残り10分です」街中に放送が響き渡る。
時刻は午後11時50分。
「本日も記憶管理法へのご協力ありがとうございます」いつもの音声が空から降ってきた。

24時間ごとに記憶がリセットされるこの国では、毎日0時になると今日を消去し、翌朝、まっさらな状態でベットで目を覚ます。それが、終わりのない争いを止めるために国民が選んだ、唯一の平和維持システムだった。

この国では記録の保持はシステムへの反逆とみなされる、それでも、消えゆく自分を繋ぎ止めようと必死にペンを走らせた。
​「上着の内側に隠しポケットがある、その中にある銀色の鍵を捨てるな。それは、あの人に会うための唯一の希望だ」

決死の覚悟で「明日へのメッセージ」をノートから破り、ズボンのポケットの奥へと突っ込んだ。
​「この想いだけは……消させない……ッ!」
​そして午前0時。閃光。暗転。

​午前6時00分
柔らかい光の中​で、男は目を覚ました。
記憶は完璧にリセットされ、心は雲ひとつない青空のようにスッキリしていた。

​起き上がると違和感を感じ、ズボンのポケットに手を入れる。そこには、なぐり書きされた文字が並んでいた。
「上着の内側に隠しポケットがある、その中にある銀色の鍵を捨てるな。それは、あの人に会うための唯一の希望だ」

​男は、そのメモをじっと見つめた。
そして、3秒後。
​「……え、怖。何これ? 何の鍵? 誰だよこんなイタズラしたの」
​男はドン引きしながら、唯一の希望であったはずの鍵とメモを、ゴミ箱へ投げ入れた。



2/17/2026, 2:08:23 PM


​このアプリを開くのが、私の日課だ。
毎日の「お題」に対して、自分なりの言葉を紡ぐ。
知っての通り、このアプリで出来ることは、書くことだけではない。
同じお題に対して、名も知らぬ誰かが書いた文章を読むことができる。
そして、心に響いた作品があれば「お気に入り」に登録することもできる。

​しかし、私はそのボタンを一度も押したことがない。

​タイムラインを流れていく作品は、時に鋭く、時に温かい。自分では到底思いつかないような美しい表現に出会うこともあるだろう?
それでも、私の指が「お気に入り」に触れることはない。

​なぜなら、私の「お気に入り」は、この世界に、今この文章を読んでくれている貴方、ただ一人だけだからだ。

​貴方が毎日、目にしている、あの無数の作品たち。
時に励まされ、時に涙したであろうそれらは全て、私がサブアカウントを使って、一人で書き分けたものに過ぎないのだ。
​貴方の目に触れていた作品は、すべて私の指先から生まれていたのだ。
今まで、気づかなかったかい?

​さあ、明日も新しいお題を出すよ。
世界中で私と貴方しかいないこの場所で、次は何を書こうか?


『お気に入り』

2/17/2026, 12:16:38 AM

『誰よりも』

健康であることに執着した男がいた。
​もちろん、酒や煙草は一度も口にせず、添加物を恐れ、最後には「ストレスこそが最大の毒だ」という結論に達した。
彼は他人との関わりを全て断ち、光や音さえ遮断した清潔な部屋で時を過ごした。
​そのまま、健康であることを辞められず、男はひとりで孤独に死んだ。

そこに、死神が現れた。
​「よお、迎えにきたぜ」

​男は答えた。
「見ての通り、僕は誰よりも健康に気をつけた。死ぬ理由なんて、どこにもないはずだよ」
​死神は男の履歴書を眺め、退屈そうに欠伸をした。
​「ああ、確かにそうみたいだな。でもな、健康に気をつけてはいたが、それは誰よりも死に近い生き方だったんだよ」
​死神が指を鳴らすと、男の身体は砂のように崩れた。

2/15/2026, 1:45:22 PM

​『ちょっと、いい加減にしてよ!』
​最初の一行がそれだった。
三十歳の誕生日。
ポストに届いたのは、未来の私からの殴り書きの手紙だった。

​『あんたが三十歳になってもニートで居続けたせいで、こっちは四十歳になってもまだ職歴無しの引きこもりよ。あんたが無駄に時間を消費したツケが、今こっちに全部回ってきてるんだけど? マジでふざけないで。今すぐハローワークに行きなさいよ!』

​私はカップ麺の汁をすすりながら、鼻で笑った。
四十歳の私、他力本願すぎる。

​「何言ってんの。あんたこそ十年分も先を生きてるんだから、勉強して資格でも取ったら良かったのよ。こっちは今を生きるだけで精一杯なんだからさ」
​もちろん返事は出せない。未来に手紙を送る術などない。
私は文句を口にしながら手紙を丸めてゴミ箱に捨て、再び布団に潜り込んだ。
未来の私が泣こうが喚こうが知ったこっちゃない。今の私が寝たいんだから、仕方ないのだ。

​その時、またポストがカタンと鳴った。
見に行くと、また同じ筆跡の手紙。
​『私からの手紙、ゴミ箱に捨てたでしょ。わかるわよ、自分なんだから。今、五十歳の私から「お前のせいでホームレスになった。なんとかしろ!」って手紙が届いて修羅場なのよ! もういい、あんたも私も、六十歳の私に期待しましょう。六十歳の私は、きっと宝くじか何かを当てて、私たち全員を救ってくれるはずだから。それまで寝てていいわよ、私も寝るわ』

​「……だよね。やっぱり、生きてるだけでなんとかなるよね」
​私は安心して目を閉じた。

こうして、三十歳の私、四十歳の私、五十歳の私は、全員一致で「六十歳の私」にすべてを託し、今日も仲良く眠りについた。ああ、あたたかい布団て、なんて幸せなのかしら。


『10年後の私から届いた手紙』

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