同情するより金をくれ、というドラマの台詞が世を席巻したことがあった。あれは家なき子、だったか。
わたしは同情されるような家に居たわけではないと思う。母はネグレクトのワーカーホリック教師だし、父は過保護・過干渉・過支配・過束縛のDV役人だったけれど、少なくとも金銭的には困らなかった。多分。
わたしはお小遣いもなく、お年玉は貯金の名目で取り上げられて新聞代と給食費に使われて、全く手元には戻らなかったけど。病気も怪我も怠け病と言われて通院すらままならなかったけど。親の世間体を守るために四大に行かされて学費も出して貰えたけど。
腐ったおかずばかり出された子供時代でも、飢えなかった以上、恵まれてはいたのだろうと思うのだ。
【同情】
実家の里山には某市民の森があって、ハイキングコースも充実していた。
コースにはなっていたが、むき身の土の道だ。
ぎゅ、と積もった枯葉を踏み締める。
じゅわ、と水分が靴の下で音を立てる。
きっと良い腐葉土になるのだろう。
そうして土に混じり、木を育て、森が維持される。
もちろん人の手も入っている。
綺麗に山を保つためには、人の手も必要なのだ。
【枯葉】
カンカン、カンカン、踏切が鳴っている。
僕の車椅子はレールに引っかかって、動きが取れない。
僕は歩けない。
非常停止ボタンは見えているけど、手は届かないし、そこまで辿り着けない。
踏切のバーがゆっくりと降りてきて僕を閉じ込める。
田舎の小さな踏切なので、周囲には誰もいない。
レール越しに列車が近づいてくる気配がする。
今、僕にできることは。
目を瞑って、現実を受け入れることだ。
さよなら、今日。そして、明日。
バイバイ、大切な家族と友人達。
【今日にさよなら】
わたしには友達がいなかった。人付き合いを禁じられていた。その代わり、ぬいぐるみを沢山与えられた。養母は猫をいっぱい飼っていた(犬もいた)。
ある時ぬいぐるみを幾つか捨てなさいと母に言われて、嫌がって泣いた。ぬいぐるみに名前やパーソナリティを設定してお友達認定していたし、創作物にも登場させていた。
ぼろぼろの一体を無理に捨てることに同意させられて、写真に残した。でもわたしは写真のほうを捨て、ぬいぐるみは回収して屋根裏に隠したのだった。
【お気に入り】
わたしは自己肯定感が低い。
誰よりもこの世に要らない存在だと思っている。
でも時々立ち止まる。
誰よりも、とは思い上がっていないだろうか、と。
自己否定する時でさえ、誰かと比べてしまう。
まあ、親に直接死ねと叫ばれた体験上、生まれてきたのは間違いなのかなと思う。
育ってしまって、まだ生きていて、ごめんなさい。
【誰よりも】