誰かを好きになったことがない。恋として。
でも、誰かを好きになりたい、と最近思うようになった。そして、その人に私を好きになってもらえたら、と。自分が甘えられる相手であり、自分を必要としてくれる相手…。この世の何処かにはいるだろうか。
テキトーなことを言えば、歌の半分はラブソングなんじゃないかと思ってるし。そうだとしたら、それだけ「愛」を唄う歌詞が多い理由は何なのだろう。
…恋に対してあまりにも呑気だけど、
五年後には同じお題でもっと洒落たことを書けるように頑張ろう。
こんな話でも最後まで読んでくれた貴方へ、
I 【love you】.
私には、尊敬している恩師がいる。
私が通っていた個別指導塾の塾講師。
教わってきた先生たちの中でも特に教えるのが上手で、たまにする雑談も面白くて、声がよく響く、よく笑う人。彼女が笑うと、思わず私も笑ってしまうような人だ。
私が行きたい学部と割と近い分野を大学で学んでて、ためになることもよく教えてくれた。
話していると、人の考え方に触れることって急に訪れるけれど、あの人の、人と自分の違いを前提におきながら、忖度せず、はっきりものを言う考え方と話し方が好きだった。
先生がもう授業がなくて、帰ってもいいような時間に私が質問に行っても快く応じてくれて、私が分かるまで向き合ってくれる優しい人だった。
…表現してもし切れない。
そんな人を、尊敬するようになるまでに時間はかからなかった。
【太陽のような】…「『太陽みたいな』笑顔」と考えて真っ先に思いついたのは、この先生だった。
受験生になって、いつの間にか学校の授業も終わって、塾と家を行き来するような生活をしていた時期なんかは特に、ろくに会話できる相手は塾の先生くらいだったから…あの人と出会ってなかったら、私は笑うことを忘れないまま受験を終えられただろうか、と考えてしまう。
一生忘れられない出会いをした。
でも、この時期になってやっと、「別れ」と言うものを考えるようになった。
きっとまだ会えるけど、いつが最後になるだろうか。
笑顔が素敵なあの人と、
わたしにとっての「太陽」のようなあの人と、
笑顔のままお別れをいうのだろうか。
最後くらい、泣かせてほしい。
0:00っていう、次の日との境目に
「明日になった!」と興奮していたのは、
いつ頃までだろう。
いつからか、日付の境目を見ることに何も感じなくなってしまった。
もう、今の私にとっての「今日」は、1時とか2時までなのだろう。
だからまだ、私が眠ってしまうまでは、明日じゃないって思わせて欲しい。
【今日にさよなら】することは、
この先の未来を見る自分に明日を託すことだ。
自分が上手く生きていく自信がないからだろうか、それが不安でたまらないことに思えてしまう。
明日の私だって、日付を跨いだだけの今の私だけど、未来には自分はきっと変わっていく。
人と出会って、新しい価値観を知っていく。
結局、この自分とはもうおさらばか。
それを意識してしまうと、胸が少しずきっとする。むなしくなる。
でも、時間は待ってくれないんだよね。
だから、しょうがないから、進んでみるよ。
自分の意思じゃないのに進んでいってしまうなんて、認めたくないからさ。
今日にさよなら。
「お気に入り」っていうと、
あればあるほど人生が充実していくような、そんな感覚がする。
お気に入りのペン、お気に入りの服、お気に入りのバッグ、お気に入りのお店…
そうやってお気に入りを増やしていって、その中に埋まることが出来たら、幸せなのかな。
…人って、慣れてしまう生きものだ。
その中でずっと幸せを感じるのって、難しい。
「身近にあるものほどその大切さに気づけない」ってよく言うけど、身近に感じるものに対しての「当たり前」って、安心材料であって、無関心だ。
たまにはこうやって、
一つ一つ思い出してあげよう。
-【お気に入り】
【誰よりも】、なんて自信をもって言えることなんて、あるだろうか。
私にはきっと無い。
じゃあ、「私は誰よりも○○だ」と断言できる何かがあったほうがいいだろうか。
私はそう思えない。
「○○だ」の中身がいいことでも、つらいことでも、その自負によって自分を救えるような人間じゃ無いから。
…でも、愛だけは違うかもしれない、とも思った。人を好きになる気持ちは、他のどんな人の気持ちにも変えられない、自分だけで抱えていく気持ちなんだろう。