そこは、森の中だった。木々に囲まれて、人が作った建物はここだけだ。それも森に馴染むように極力自然に近い形である。ベランダに出ると、森の息吹を感じることができる。
夜は、月明かりに照らされる。思いのほか明るくて、青白い世界が広がっていた。高い木々は、青い陰影に彩られ、その下の草木もほのかに青い。虫の鳴き声と、何かの鳴き声がする。それは、ひたすら一定で心地よい。
空には、星がきらめく。気が遠くなるほど無数にある。ああ、自分はちっぽけだ。世界は、とてつもなく広い。普段見ているものなんて、ほんの一部にすぎないのだ。そう思うと視界が滲んできて、星たちがチラチラ、チラチラと降り注いで見えるのだった。
「星に包まれて」
年末年始というのは、あんまり好きではない。何となく落ち着かないのだ。暮れは、何かと慌ただしい。年始もやっぱり落ち着かない。いつもと違う街の雰囲気にのまれるせいかもしれない。
初日の出でも拝みに行ったら、もっと心穏やかになるのかもと思うけれど、そこまでの気力もない。
年末の街は、人の動きが活発で、どこかエネルギッシュだ。だいたいギリギリまでバタバタして、31日の夜ようやく一息つく。テレビの紅白歌合戦をぼんやりと見ると、きらびやかな画面がちらちらしている。
華々しくフィナーレを迎えると、急に画面が切り替わる。ゴーンとお寺の鐘の音を聞く。あー、今年も終わっていく。耳を澄ますと、家の外からも鐘の音が聞こえてくるような気がする。年が明けるまでの数十分を、ようやく静かに過ごす。
「静かな終わり」
自分が見ている世界は、絶対ではないのかもしれないと思った時、ぐわっと視界が広がる気がした。
いつの頃からか、思うようにならない自分を責めたりするようになっていた。長くそんな感じが続いていた。でも、違う視点が存在するのかもと思うと、まるでパラレルワールドを見たみたいに、視界が動いたのだ。
自分の目で見たと思ったことは、自分のフィルターを通している。ほかの人が同じものを見ても
、自分と同じとは限らない。それぞれに感じ方が違うのだ。
そう思うと、ふっと楽になるようなことがあった。これからも、心のあり方はずっと変わり続けていくのだろう。
「心の旅路」
歴史ある宿に泊まった。日本家屋の古い造りで、長い廊下に囲まれていた。木の階段を上がると、ミシミシ音がする。
お手洗いも洗面も部屋の外だ。夜は、薄暗くて、お手洗いに行くのが少し怖かった。廊下を通った離れにある。手前に小さな灯りがついた中庭も見えた。こんもりと、植木があるはずなのだが、灯りの奥は暗くて見えない。
早くすまそうと、灯りのスイッチを押す。扉を開けると、小さな手洗い場があった。奥に扉がもう一つある。灯りは、ほの暗くて、とにかく寒い。急いで出てきて、洗い場で手を洗う。
水は、見るからに冷たそうで、おそるおそる手をつけた。ふと顔をあげると、鏡があった。
妙に青い顔をした自分の顔が映る。ひゃっと声が出そうになった。急いで手を拭いて、出口の扉を引く。またちらっと鏡が目に入った。鈍く光って、まるで凍てついているかのようだった。
「凍てつく鏡」
珍しい雪の夜。つい先ほどまで、しんしんと降っていた雪は止んで、静けさに包まれている。道は、街頭の灯りが雪に反射して、いつもより明るく見える。人がたくさん踏み締めた後を、そろりそろりと歩く。
細い路地に入る。あんまり人が通らない道は、より白い。街路樹も、こんもり雪を載せている。誰も歩いてないふかふかの雪に、てんてんと足跡が残る。時々、ふさっと雪が落ちてくる。電線からだろうか。肩に落ちた雪を払いながら、立ち止まる。
銀色に輝く道。小さな足跡を見つけた。猫? お散歩の犬? しんと静まり返るなか、人も生き物もひたすら足跡をつけて歩く。
「雪明かりの夜」