佐吉智明

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12/20/2025, 2:32:01 PM

29. 時を結ぶリボン

結び目をそっとなぞった。
――ああ、おそろしい。
揺れる揺れる。
風に揺られる時計の針。
思い出せない。
あの子の声。
あの子の顔。
あの子の仕草。
火薬の匂いがする。

リボンをそっと引っ張った。
――ああ、愉快だ。
張る。晴る。
青い空と白い雲。
流れている。
あの日の空。
あの日の雲。
あの日の自分。
今にも地面が崩れ落ちそうだ。

結び目をそっと引っ張った。
――ああ、こんなにも容易い。
すらり、ほどけていく。
とけるとける、時よ止まれ、

止まらぬ現世に留めはすまい。

戻る。戻る。
逆行する。
――ああ、ああ、……。

それは、まるで、鎖とは、似ても似つかないような。
ただ、やさしく、繋ぎ留めてあった、とでも言おうか。

なんと、うつくしい。
時は止まりはしなかった。

12/15/2025, 1:21:36 PM

28. 明日への光

一日を終える。
その達成感。疲労感。
その間に揺れる、夕陽の蔭。

――まるで夢を見ているようだ。

誰かが私の耳元で囁いた。
私は笑った。
夕陽の蔭に隠れて笑った。
馬鹿馬鹿しい、とおもった。

これが夢ならどれほど良かろうか。

陽は沈んだ。
静かに沈んだ。
海の底まで沈んだ。

ああ、息ができない。

…………。

にわかに東の空が赤く染まる。
陽は昇った。
静かに、昇った。
おおげさに、朝を告げた。

夢。否、現。
昨日の陽。今日の陽。
赤い赤い。
燃えている。

1/31/2025, 1:41:12 PM

27.旅の途中

綺麗な空だ。
私は旅の途中。
人生という名の旅。
果てしなく長く、はかない旅。
私は道の無い路を進んでいく。
美しいものばかり。
涙が出てくる。

綺麗な空だ。
私は旅の途中。
夜空の果ての、その奥まで続く。
星の光が私を照らす。
風が私の頬をなぜる。
美しいものばかり。
――影が見えた。

「なにをしているの」
静かな声にささやかれる。
振り向いても誰も居ぬ。
妙にデジャヴを引き起こす。
私は君を知っている。
知っている。
知っている。

「私の旅は、君の旅。」

11/4/2024, 1:06:50 PM

26.哀愁を誘う

雨が降っていた。
落ちつく音だ、と君が言った。
そうだ、君が僕を見た最後の時も、雨だったね。
懐かしいね、と僕が言った。
図々しい。分かっている。
でも君は僕を見てただ微笑む。
なんで、そんなに穏やかな顔ができるの?
なんで、そんなに優しくしてくれるの?
なんで、僕を恨まないの……。

僕は、君を助けられなかったのに。
見捨ててしまったのに。

恨んでくれたほうがどれほどましか。


あの日も雨だったな、と君は呟く。
蠟燭の火が揺れる。

 泣かないでよ、
 僕は君に助けられたんだ。

気休め言わないでよ。嘲笑ってくれよ、なあ。

 雨でよかったよ。
 涙も雨も分からないだろう?

 だから、雨が綺麗じゃなかったか。

 そうだろう?

雨はなお僕らの頭に降り注ぐ。
綺麗だ、と思った。思えた。
泣いているのが君にばれてないといいな。

だって泣きたいのは僕じゃないんだから。





蠟燭の火が静かに消えた。

7/17/2024, 11:43:50 AM

25.遠い日の記憶

あの日のことを思い出す
わたしのふるさとは燃えている
ひとのこころは殺されて
からだが宙に浮いている
道に転がる得体の知れない黒い塊
炎に吸い込まれた我らの魂
銃声がすべてを飲み込んだ

やつらがはは、と啼いていた
こどもがわぁ、と泣いていた

ひつじがめぇ、と鳴いていた

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