『バレンタイン』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
バレンタインなんてくだらない。
チョコを作ったり、あげたり、もらったり、勇気を出して想いをぶつけたり。
そんなことばっかりだ。最近はそれしか脳がないのかと言うほど町中バレンタイン一色。
あぁ本当に嫌になる。
バレンタインだからって浮かれている人たちも、友チョコを交換しあっている女子たちも、チョコを何個もらえるかなんて競っている男子たちも。
あぁ本当に嫌になる。
義理だとと言い張って本命チョコを渡した自分のことも。
【バレンタイン】
お題:バレンタイン
白を基調とした建物内。清潔さ第一を体現する歯医者に俺は来ている。今日は二月十四日。世間はバレンタインのせいか、街の空気はどこか浮わついてた。おまけに天候も調子に乗っているらしく季節外れの陽気だ。太陽も誰かからチョコをもらってやる気を出したんだろうか。
数ヵ月に一度歯医者に来ているが、今日はいつもより人が少ない。なんでだ、と思ったが原因はすぐわかった。
バレンタインと歯医者は相容れない。
甘いものは歯によくない。バレンタインの主役であるチョコレートは甘いものの代表だ。甘いものを食べるイベント当日にわざわざ歯医者に来る奴は少ないんだろう。
残念ながら俺にはチョコをくれる彼女なんていない。歯医者の予約を取ったときもあとからバレンタインだと気づいたくらいで、「まあいいか」なんて思ったくらいだ。急に彼女ができるなどという奇跡が起こるわけもなく、予定通りバレンタイン当日に歯医者に行くという皮肉な展開となった。
いいんだ別に。決して言い聞かせるわけでなく俺は思う。今チョコを楽しんでも年取ってから歯がなくなったら台無しだ。俺は八十歳になっても二十本以上自分の歯を残したい。そのためには一回くらいバレンタインにチョコを食べなくても問題ないんだ。今日バレンタインを満喫してる野郎共はきっと全員虫歯になる。ざまあみろ。
しばらく待っていると名前を呼ばれた。そういえば最近ちょっと歯が痛いんだよなあ。どうやら俺は無意識に歯ぎしりをしてるらしく、今は問題ないが気になるならマウスピースもあると勧められたことがある。たぶんこの歯の痛みは歯ぎしりのせいだろう。歯医者特有の椅子に身体を預け、「最近歯がちょっと痛いんです」と伝える。開けた口を覗き込んだ医者が、「あー、これは」と目の色一つ変えずに告げた。
「虫歯ですねえ」
2月14日、祝日でもなんでも無い日だ。
しかし、義理・本命・友チョコ、色々な名前のチョコが2月14日限定で出てくる。
また、この日だけは気持ちがソワソワしている人が多いのではないだろうか?貰うもらえないで一喜一憂するのもバレンタインの醍醐味だと思う。
ただ忘れてはいけないことがあると考えている。それは、どんな名前のチョコであろうと渡してくれた人の気持ちを考えることだ。
なぜなら「どれを渡すか」考えた時に一瞬でも自分のことを無意識に考えてくれるからだ。
例えば、クラス全員に義理チョコをあげるとしてもクラスの人数を把握してなければ渡すことは出来ない。つまりは、クラス一員として自分のことを認識/考えてくれていることになる私は思う。
だから貰った人は「貰った」という事実だけでなく、自分のことを考えて時間を使ってくれたことまで感謝できるとより暖炉に火が灯ったように心が温かくなると思う。
一方でもらえなかった人も「なぜもらえなかったか?」自分の行動を見直すチャンスをもらえたと思えば落ち込む必要もなく前向きに来年以降、期待できると思う。
バレンタインは物理的には貰うもらえないは発生する。だが違う視点/思考から考えると貰えない人はいないのでは無いかと私は思う。
バレンタイン
今はもう、バレンタインは、女友達と自分が食べたいチョコを買う行事でしかない。
確かに夫は存在する。
だが、夫の食べたいチョコを買うのではなく、自分が食べたいチョコを、夫におすそ分けしているに過ぎない。
夫の為に買いました感を出しながらチョコを見せる。しかも、バレンタイン限定品だと念を押して言う。
私も味見してみたいから残しておいてね、と一言つけて渡す。そうすれば角が立たない。
一応、夫が嫌いな味や食感のチョコは渡していないので(夫はアルコールやナッツが苦手)、そこは妻としての愛ある配慮と思ってほしい。
本当に私が大好きなチョコ菓子は、夫には出さない。
私は、ゴーフレットが好きだ。何年か前に友達に言われて、そうだと改めて認識した。
いつから好きだったのか考えたら、幼稚園の頃、父親に連れて行ってもらった喫茶店、そこでよく食べたアイスに刺さっていたウエハースが始まりのようだ。
ただ、好きだから買って食べ始めたのは、その友達に言われた時からで、それまでは、ゴーフレットはもらって食べる程度。
ただ、食べるたびに、そうそうこれこれ!、好きだわ、と思っていた。
なぜ、ゴーフレットの話をしたのかというと、バレンタインの時期、私の好きなゴーフレットを売っているお店が、バレンタイン限定品を出すのだ。
その限定品を購入して、私のバレンタインは終わる。
「あ、そっか、今日バレンタインか」
そう、友達と話した
友達も自分もあんまりバレンタインに興味なくて、
「今日バレンタインなんだね〜」
「全然作ったり渡したりする事も無いわw」
なんて友達と言ってた
成長すればするほど、私はそう言うやり取りが面倒くさくなってきた
元々、お菓子作りとかが得意では無かったし、何よりも料理やお菓子を作ると言うことが面倒くさくてしょうがなかった
だから、手作りを渡される事が少なくなって来た今は気楽でいい
今年も面倒くさがりのバレンタインでした
お題『バレンタイン』
バレンタイン
ショッピングモールの中の小さなお店で働いているのですが、ショッピングモールって、バレンタインの特設コーナーがあるんですよね。
今年のバレンタインデーが土曜日だったこともあり、駆け込み需要がすごかったです。安すぎず高すぎずの手頃な価格のチョコレートは、午前中で売り切れていました。
特設コーナーは1ヶ月も前からあったのに、前もって準備しないものなんですね。ちょっと不思議に思います。本命チョコではないのかもしれませんね。
そして、わたしが帰る頃にはホワイトデーの特設コーナーに早変わりしていて、「はやっ」って心でツッコミました。
バレンタイン/あげない
手づくりチョコや
ブランドチョコレート
それで伝わるって思えない
たくさん貰って全部食べたら
ニキビ出るわよ
気取ってウイスキーボンボンでも
贈ろうかと思ったけど
辞めた
ニヤニヤこっちを見るんじゃないわよ
あなたにあげるのは
一言だけよ
あんたはどっちなの
チョコレートの数だけ笑顔を
あげるの
つまんない習慣
お題:バレンタイン
後日あげるのでお題とスペース保存しておきます。
バレンタイン
「ああ、明日はバレンタインか」
文房具を買いに、学校帰りに寄ったショッピングモール。女性たちで賑わっているコーナーがあるなぁ。と思っていたら、そこはバレンタインデーのコーナーだった。
「バレンタインって、普段は見ない特別感のあるチョコが揃うんだよね。誰かにあげるより、自分用に買おうかな。…渡せる勇気ないし」
気になっている彼はいるけど、同じクラスだし渡せる勇気はない。自分用に買おうとコーナーを見て、気に入ったものを買った。
「お、美味そうじゃん」
昨日買ったチョコを、クラスの友だちと食べようかな。と持って来て、お昼休みに食べていると、気になっている彼が通りかかる。
「良かったら、1つ食べる?」
「え、いいの?サンキュー」
緊張しながらも、何とか言えた言葉。彼が嬉しそうな顔で、もらってくれて良かった。
ホッとしながらも、来年のバレンタインには、彼用に用意した物を渡せるように、頑張ろうと思うのだった。
バレンタインは
毎年
手作りだ。
材料を買って
混ぜて
型に入れて
オーブンで焼く
簡単なものばかりだし
時々
失敗してるけど
あなたは
全部食べてくれた。
さて、
思うように動けず
リハビリ中の
今年。
買い物さえ
行けないので
材料も型も
買えていない。
どうしようか。
なんとか
近所のケーキ屋さんまでは
歩けるようになった。
今年は
これが
わたしの精一杯。
Happy
Valentine
#バレンタイン
バレンタイン
今日はバレンタイン
女ども2人は世間の風潮に乗っかり
旦那(父親)にチョコを渡した
妻の私はイベントの残りを流用
娘は限定バージョンを
自分が食べたかったからと一石二鳥をもくろんで人数分入っている高級な物を買ったらしい
退職以降、後輩や保険やさんから縁遠くなった彼は身内からのチョコに新鮮な反応をした
気恥ずかしそうに縮こまる白髪の老人を見て
私は自分でも驚く言葉を添えていた
「まだまだ頑張ってね頼りにしているから!」
愛してるやありがとうを超越した労りのエールを贈っていた
これって本命チョコより思いは上よね
プライスレスなんだから
小説家は個人であっては言いづらい事でも小説の中での人物のキャラクター設定から堂々と言える。政治的な事や性的な事や身体的な事など、それは決して間違った事ではなくても世界上のどこかしから反論やクレームや批判がふって湧いてくるのだけど、小説という鎧を纏った形でそれは粛々と何事もなく消費される。
バレンタイン
バレンタインの日ぐらい家にいろよ……。
君に食べて欲しくて
作ったチョコレイト
なのに、
君の友達が食べたって
「うまかった」
違う。君に言ってほしかったのに、
でも、「ごめんね」って
お返しのクッキーと共に
君からにホワイトデー
下駄箱に目を向けても、自身の上履きしか入っていない、なんて状況は、今年で15年目である。
高校デビューなんてできやしなかった。まるで中学生の時の変わらない。
放課後の香りが鼻腔をかすめる。
そろそろ帰らなければ、塾に間に合わない、そう思って急いでスクールバックを背負った。
急ぎ足になりながら階段をおりる。
1年生のクラスは4階、運動部でもない僕にとっては重労働だ。
やっとついた。と一息ついてから、朝と同じように自分の下駄箱を見る。
だろうな、と思った。上履きしか入っていないからである。
痛くなるような寒さに身を震わせ、僕は帰路に着いた。
ちなみに、まだロッカーの中は見ていない。
【バレンタイン】
ちょっぴり甘くて
ちょっぴり切ない、
バレンタイン。
女の子はそうなのかもしれない。
けど、
男にとっては、
戦場の日。
チョコいくつ貰った?
見えないけど、尖った刃を突き刺す日。
男のプライドが嘘をつく。
1日中、チョコの視線を見逃さない
本命チョコの匂いを見逃さない
そんな、甘い会話で人を刺す。
バレンタインとは、そんな日だ。
Chet Bakerの♪My Funny Valentine を聴いている。ヴォーカルとトランペットが心地良くて、今までずっと詞の意味は知らずに聴いていた。急に知りたくなりいま初めて訳詞を読んだ。とっても“funny”で素敵なラヴソングだった。
#バレンタイン
友達10人と、弟2人の計12人にチョコをわたしました。(友達は全員女子)
みんな喜んでくれた。嬉しかった!
そのあと、集まったみんなで小学校で遊んだ。
男子がめっちゃくちゃいた。しかも私たちも合わせて6年生しかいなかった。
でもそこで、私のことを好きな人を4人知ってしまった。これから素でいることが少し難しくなった。
しかも私は、中学生から恋愛はしたいから、興味はないという一番気まずいことになってしまった。
まぁこれからも頑張る💪笑(がんばっ頑張って乗り切るしかない)
久しぶりに大勢の友達と遊んだからとても楽しかった。
少し、ストレス発散になる。
また遊びたいなと思った。
来年のバレンタインは、男子にもあげようかな⁉️
―バレンタイン―
今日の空気は、
どうしてこんなに、音を遠くするんだろう。
廊下の笑い声も、
机を引く音も、
全部、薄い膜の向こうから聞こえる。
私は、
手の中の小さな箱を、
制服のポケット越しに押さえていた。
溶けないように。
崩れないように。
それだけじゃなくて。
この気持ちが、
勝手に形を変えてしまわないように。
放課後。
教室には、
まだ何人か残っていて、
チョコの匂いが混ざった空気が、
少しだけ重たい。
「今日、大変だったよな」
前の席の子が笑う。
「友チョコ配るだけで腕死ぬ」
みんなが笑う。
私も、
一緒に笑う。
喉の奥に、
小さな棘みたいなものを残したまま。
君は、
いつも通りの顔で、
私の机の横に立つ。
「まだ帰んないの?」
その声は、
昨日と同じ温度で、
一週間前と同じ距離で、
ずっと変わらない。
それが、
少しだけ、怖い。
「……これ」
私は、
箱を差し出す。
できるだけ、
軽く。
できるだけ、
なんでもないみたいに。
君は、
一瞬だけ目を丸くして、
すぐに笑った。
「ありがとう!」
それから、
少しだけ照れたみたいに、
「俺、今日友チョコめっちゃもらった」
胸の奥で、
何かが、
静かに音を立てる。
「すごいね」
ちゃんと、
笑えたと思う。
君は、
箱を軽く持ち上げて、
「これも友チョコ?」
その言葉は、
本当に、
悪気のない声で。
だから、
余計に、
逃げ場がなかった。
私は、
一瞬だけ迷って、
「……うん」
と言った。
君は、
安心したみたいに笑って、
「ありがと。大事に食べる」
その「大事に」が、
どこまでの意味なのか、
聞かなくても分かってしまう。
帰り道。
ポケットの中は、
もう空なのに。
指先だけ、
まだ、
包み紙の感触を覚えている。
本当は。
一つだけ、
味を変えた。
一つだけ、
材料を変えた。
一つだけ、
意味を変えた。
でも。
それはきっと、
甘さの中に溶けて、
区別なんて、
つかない。
明日、
君はきっと、
普通に話しかけてくる。
何も変わらない顔で。
何も知らない声で。
それを想像すると、
少しだけ、
安心してしまう自分がいる。
伝わらなかったことより。
この距離が、
壊れなかったことのほうが、
少しだけ、
怖くなくて。
私は、
そのことを、
まだ、
後悔できないでいる。
題名:【チョコと溶ける】
可哀想と思うのは私が人間だからだろうな
古い骨董品を扱う老舗が店をたたむことになったらしい。骨董品屋の中でも特に古いものを扱っているので、マニアですら匙を投げるような状態のものや用途不明のものが多い。
でも晩年は買取業のようなものもしていたので比較的新しいものも多少ある。苦肉の策ではじめた経営に失敗のだろうな、という印象だった。
広い建物なのでこれだけ客が押し寄せても歩くのに不便はない。いつかぶりの盛況ぶりに店はてんてこ舞いであるが、店主は嬉しい悲鳴だと笑っていた。近所でよくおやつだのおもちゃだのもらっていた私が幼い頃から変わらない気のいい爺さんだ。
店内を一緒にゆっくりと歩き回りながら様子をみて回る。顔なじみに挨拶をし、品のない客を追い返し、乱れた陳列を整える。
お前には特別に、と奥の間へと連れていかれた。店の手前は安価な物を置き、奥に行くほど高価で貴重な物が置いてある。だから客足も少しずつ減って、特に奥の間に通されるのは常連か太客くらいのものだ。
金は持っているのか、と聞かれて年齢に千をかけた分しか持ってないと答えるとしょっぱい顔をされた。ここでケチだと言わないのがこの爺さんのいいところである。
年配の店員が呼ばれ、これまた古く使い込まれた品々が並べられた。わらわらと古い着物をきた男たちも一緒に来たのだが、台の向こうに座って私を観察してくる。
気にせず爺さんの解説を聞きながら商品をみる。私でも買える価格帯のものばかり選んだから使い込まれた日用品くらいしか出せないと残念そうに言われたが、丁寧に扱われていたようで欠けや剥げはあっても壊れているものはない。
悩んだ末、飾りが一部欠けた簪と褪せた一輪挿しを選んだ。派手さはないが造りが複雑な簪は見応えがあるので、青磁の褪せた色の花瓶によく映えると思ったからだ。
爺さんは2人の男を呼んで、私についていくよう言った。世間知らずの若造をよくよく頼んだぞ、と言って裏口から帰された。2人の男と共に説明もなく、だ。
ポカンとしていると、背の高い方の男にベンチに誘導された。そこに座ると両脇に男たちが座ってきて、どうしてそれを選んだのか聞いてくる。
そのまま会話をしていたのだが、爺さんと話しているかのように話しは尽きず延々と昔話や品物自慢を聞かされた。
分かったのは、ある夫婦が恋人時代に送り合った品物同士で悩みに悩んで手に取った一級品だったということ。何代にもわたって使われたが、決まって晩年は一輪挿しに簪を飾るという使われ方をしたらしい。
「あの子が目をかけているのなら間違いないさ」
薄々気がついてはいたが、後にも先にもこの2人の男をみることはこれきりだろう。想い想われた主人らの縁から離れてしまうのだ、ただ寂しそうだというのはあまりにも安っぽい感想に口を噤む。
選ばれるのを待つしかない彼らに私ができるのは大切に扱うということだけ。
あなた方は運がいい、今日はその逸話にぴったりの日だ
遠い目をした彼らに今日という日がもつ意味を教えてやる。チョコレートではなくても贈ることに意味があって、贈り合いなら余程お互いのことを考えていたのだろうと微笑ましくなる。そういう日なのだ。
少しでも彼らの救いになれるように、ね。
【題:バレンタイン】