今ではもう遠い鐘の音が
もう耳障りじゃなくなった。
前までは
もっとずっと近くにあって、
鬱陶しいと、早く無くなってくれないかと、
思ってた。
家を出る時も帰る時も
毎回目に、耳にする
その鐘が、音が、
全てうざったく思えた。
イライラしてる時なんか特に。
明日が嫌でちょっと外に出た時も
その鐘はそこにあるから
もう引っ越そうかとすら思ってた。
ある日家の前に
黒いイタチが座ってた。
イタチなんか
ここら辺じゃ何処にでもいるし、
無視して家に入ろうとすると
私の頭の上まで大ジャンプをして
一緒に入ってこようとした。
最初はびっくりして振り落としてたけど
最近は家に入れても大人しいし
朝私が外に出ると
イタチも外に出てどこかへ行くから
放っておいていた。
友達が少なく
恋人なんかいるはずも無い私にとって
正直イタチといるのは居心地が良くて、
親友みたいな関係で、
小さな身体が大きな存在になっていた。
鐘のことなんかどうでも良くなるくらい。
紅葉が見頃の季節、
イタチは鐘と共に姿を消した。
噂によると
鐘はもう随分古くなっていて
置いておくと危ないので
撤去したとのことだった。
いつの間にか慣れていた鐘の音が無くなり
失って気づくということは
こういうことなのだろうかと
重さを感じない頭を触りながら思った。
"Good Midnight!"
ありきたりな起承転結。
私の人生に2年も関わっていないイタチと
5年は関わった鐘。
どちらも同じくらい
私の日常になっていたなんて。
空から白い丸が降ってきた。
雪だった。
柔らかいからすぐ積もった。
でもすぐ溶けちゃう。
服にはしみ込むし、
手なんか氷水みたいに冷たい。
でも埋めるのが楽だから
寒くても冷たくても
雪が大好き。
私の大好きなものを埋めれるから
雪が好き。
それに自然冷凍されるから
大好きなものが大好きなまま居てくれる。
とっても嬉しい。
毒殺だと苦しそうな顔のままだから嫌。
撲殺だと跡が残っちゃう。
やっぱり刺殺が1番。
なんと雪は血まで埋めてくれる。
いち、に、さん、よん、
ご、ろく、なな、はち、
きゅう、じゅう。
大切なもの1つ1つの真上の雪に
数字の旗を立てていく。
こうすればひと目で
どれがどれかわかる。
これは猫、これはリス。
愛情を注げば注ぐほど
それらは朽ちていく。
動いてるそれらより
止まっていて、朽ちてるそれらの方が
よっぽど可愛い。
でもたまに
ぐぅーっと胸に圧がかかる。
息が苦しくなる。
あー、不安。
みんなの上で寝っ転がっても
温もりを感じるより先に
雪が染み込んでくる。
"Good Midnight!"
動物じゃなくて雪を愛せたら。
そのスノーが
溶けてしまって
冷たくて痛かった。
夜空を超えて
私はまた新しい地へ降り立つ。
星屑の子という名を与えられてから、
私はただひたすら
世界を飛び回る役割を果たしている。
星空のクジラがジャンプするところを
見たことがあるし、
星座のスープは
3日に1回は飲んでるし、
星のカケラも集めたりばらまいたり。
結構毎日が充実していて
どこへ行っても
やっていける気がしてた。
星のブランコに出会うまでは。
他のブランコと何が違うのか
私にもわからない。
わからないけど、
何故か惹かれる。
ガラスみたいに透き通ったブランコで
漕ぐと不定期に
ブランコの中にある星が光る。
その光り方に魅了されるのか、
ブランコの透き通り方に魅了されるのか。
とにかく目を奪われる。
ずっとここに居たいと
思ってしまう。
私は星屑の子だから
ずっと同じ地には居られないのに。
夜空を超えて
朝日の向こうへと
飛び回っていなければいけないのに。
これじゃあもう
私やっていけない。
この役割をすごく気に入っていたけど
数回しか乗ったことのない
ブランコに負けてしまう。
私の飛び回る気ままな真夜中が
終わってしまう。
でも1つ願いが叶うなら、
流れ星にお願いができるなら。
"Good Midnight!"
星のブランコはいつの間にか
少女の像が漕ぐブランコとなった。
少女の像の中には星屑が煌めいていて
まるで星屑から生まれた子みたいだった。
ねぇ、
本当はそんなこと思ってないって
今突然言ったらどうする?
ねえ、
本当はみんな大嫌いで
1人が嫌だから何でも頷いてるだけって
言ったらどうする?
ねぇ、
本当の友達が欲しいって
友達の前で言ったらどうする?
ごくっと
唾と一緒に飲み込むのは
言えない事ばかりの
本音みたいな何か。
言ったら全部壊れるのに
言うことに惹かれるのは
きっとそういう人間だから。
日頃の幸せを
自分から壊すことに
少し楽しさを覚える人間だから。
どこにでもいる顔の
あの普通な子のことが好きだった。
けどあの子も
その子が好きだったから
私は好きじゃなくなった。
背が低いのを嫌がる
あの普通な子のことが好きだった。
けどその子は
誰にでも優しくて
誰にでもしっぽを振るから
わからなくなった。
私の好きはきっと好きじゃない。
ゲームで言うならば
他のキャラより
ちょっとだけお気に入りみたいな
そんな感じ。
でもふと思う。
あー、なんか
しんどいなって。
自分の気持ちに境界線が見当たらなくて
結局どっちかわからない。
本音みたいな何かには
いつも飲み込まれてしまいそうだ。
何食わぬ顔で簡単に飲み込んでくる。
私は毎日必死に飲み込んでいるのに。
"Good Midnight!"
ずっと本音みたいな何かに
飲み込まれても
全部受け止めてくれる人を探してた。
いつでも安心させてくれる
暖かい人。
どこかにあるはずなんだ。
暖かくて、ぽかぽかしてる
何かのぬくもりの記憶。
凍える指先、
震える身体。
味気ない朝に
ピッタリで最悪な目覚めだ。
お腹にはずっと
鋭いトゲトゲが
転がっているような痛みがある。
今日も身体は重くて
頭は痛くて。
吸う空気が冷たくて喉も痛くなって。
最低限の生命活動すら
もう面倒くさく思えてしまう毎日。
いつか報われると
幸せがあるかもわからない未来に
必死にしがみついている。
諦めてしまえば、
今ここで諦めて
今までの自分の頑張りを否定して
ゆっくり部屋で休んでしまえば、
きっともっと楽なんだろうな。
重たい瞼を擦って
何とか開いた目には
眩しすぎる太陽の光。
私が布団を離さないんじゃない、
布団が私を離してくれないんだ。
テキトーな言い訳を自分に言って
楽な方への逃げ道を広げていく。
私って、
何でこんなのになるまで
頑張ってるんだろう。
考えても無駄なことは
考えない方がいいって
ずっと前から
分かっていたはずなんだけどな。
"Good Midnight!"
ミッドナイトは真夜中。
いい真夜中が恋しい午前7時。
寒い空気と眩しい太陽は
私からどうにも離れてくれない。