富豪が村に来て言った。
「一週間後、この村で誰よりも個性的な人間に大金を与える」
翌日から村は騒がしくなった。
全身を華やかに彩る者。
話の語尾にビブラートを奏でる者。
綿をまとい羊として生きる者。
家の屋根を取っ払い外壁に糞尿を塗りたくる者。
村はものの数日で見たことのないものだらけになった。
審査の日、村の広場は極彩色と騒音で埋め尽くされた。
中心に佇む富豪はその一人一人を目でなぞっては首を捻り続け、
やがて、広場の外に立つ一人の男に気づいた。
富豪は、逆立ちで童謡を熱唱する桃色のピエロ女を手で押し退け、男に近づいた。
「なぜ参加しない」
男は答えた。
「個性がないので」
富豪は笑い、男に大金を渡した。
誰もが個性を競う中で、
唯一、個性を持たなかった男だった。
『手紙信仰』
仕事は辞めた。
大してトラブルがあったわけでもないし、離職先の展望があるわけでもない。
ただ、手紙に書かれていたからそうしたのだ。
最初は誰かのイタズラかと思った。
しかし、その後何通も届いた手紙は、送り主が私の全てを知っている人物であることを認めさせた。
向かいのアパートで火事が起こること、私が勤め先の課長に好意を抱いていること、その恋が実らないこと、その全てを言い当てたのだ。
どうやらそれは確かに"10年後の私から届いた手紙"らしかった。
恐怖心が信仰心に変わるまで時間はかからなかった。
ただ手紙の言うことを聞いていれば、全てが上手くいくのである。
四半期前に投資信託へ当てた貯金の大半は、三週間後には1日で私の年収を追い越すようになった。
手紙が乗るなと命じた電車では男が刃物を振り回したし、買うなといわれた某人気食品は製造過程での異物混入が発覚した。
半年前に初めて手紙が届いたその日から、私の生活は手紙に支配されていた。
私は私の言うことなら何でも聞いた。
今朝も手紙が届いた。
私は来月猫になるらしい。
加えて、今から準備・予習する必要があるとのことだ。
私は通販サイトでキャットフード、キャットタワー、猫用トイレ、その他諸々を計10万円分カートに入れると、購入確定のボタンをクリックした。
先一カ月の予定は全て猫カフェで埋まっている。
『シュレディンガーのチョコ』
都心に佇む中堅レベルの私立高校。
僕の学年には198人の生徒がいて、そのうちの101人が女子だ。
1年生と教職員も含めればざっと220人程はいるだろうか。
生憎3年生は数日前に卒業式を終えてしまった。
現在僕は人生最大の選択を強いられている。
目の前のロッカーを開けるか、否か、だ。
量子力学的に考えてみれば、僕がこのロッカーを開ける前まで、ロッカー内ではチョコが220個入っている状態と、そうでないという二つの状態が同時に存在している。
そして、僕がロッカーの扉を開いたとき、初めてどちらかひとつの状態に収束する。
しかし、これだけでは確率に不安が残る気もする。
が、案ずることはない。
もし仮に、220個のチョコが入っていない状態に収束したとしても、219個、218個、・・・と計220程のチョコレート存在パターンがあるのだ。
また、あるひとつの状態に収束する確率が、全てのパターンにおいて同様に確からしいものとすると、僕のロッカーにチョコが存在しない確率は限りなく低いのである。
更に、僕がロッカーを開いたときにチョコレートが存在する数の期待値を求めると、概算でも100個以上のチョコが手に入ることになる。
頭の中で十分すぎる量のチョコを受けとると、満足した僕はロッカーに手を触れることもないまま帰路に着くのであった。