心温まる話をしてくれと言われましても。いやはや人は何故に他人の過去を詮索するのでしょう。全く以て理解ができません。更に言えば、ほら、なんていうんですか、“知りたがり”みたいな…なんかそういう病の罹患者が私の周囲には多いようで。知的好奇心は褒めるけれどプライベートに干渉するのは頂けないと思いません?ほんとうに困った人達で嫌になっちゃう。
あぁうるさい、なんて煩わしい。仕方が無いので話すことにしました。至極つまらない話ですが、まぁ配慮なんて無意味ですね、馬耳東風、的な。学が無いのでよく知りませんけど。
2年前、先輩からのクリスマスプレゼントの話です。私の、ぬくもりの記憶のひとつ。
そうそう、私のお気に入りのマフラーなんです、この見るからに高そうな。この職場寒いのでね。私は心打たれました。はじめて他人に優しくされたの。贈り物って素晴らしい文化だと思うんです、だって選んでいる間だけはずっと私のことを考えて、いつ渡そうかとかなんて言おうかとかたくさん考えてくれたんですよね。私ね、そういうの大好きです。
ちなみに「来年も楽しみにしてて」と言い残して先輩は3日後に殉職されました。他殺だったそうで。
あのね、先輩に貰ったものはマフラーだけじゃないんですよ、というか私を形作る全てがと言っても過言じゃないぐらい。もうね、先輩だけが全てだったんですよ。こんな職場だからかみんな冷たくて当たりが強くて、ずぅっと泣いてました。意外?どういう意味ですかそれ。
そうですよね、寒いの、わかりますよ。どんどん温度が下がってきて、活動が鈍ってきてるの、モニター越しにちゃんとわかってます。
先輩の訃報を聞いたとき、必ず先輩を殺した奴を私が殺そうと思った。それだけの為に生きていたんです。
先輩がこれをどう思うかはわからないけれど。これは、私のエゴで、自分勝手な行為で、こんなことの為にこれがあるわけではないのだけれど。それでもね、許せないんです。
あの真冬の日、先輩はきっと寒くて、孤独で、息もできなくて苦しかった。
もし私が先輩を引き留めていたら、こうはならなかったのかな。
それとも、どのみちあなた方は先輩を殺していましたか。
【−28℃ これ以上低温には設定できません】
「諦めは日常の自殺である」と、そう説いたのは誰だっただろうか。
本で読んだ気もするし、誰かに教わった気もするし、自分の小説の中の一節だった気もする。とにかくふと思い浮かんだのだ。天啓のように。
まるで人生がどうでもよかった。が、夏は嫌いだった。
茹だるような暑さが嫌いで堪らなかった。直射日光が痛くて肌を隠しても汗ばむと気持ち悪くて、それでも外に放り出されるのが嫌だった。鬼畜だと思った。
しかしおかしな話である。好きも嫌いも酸いも甘いもなんでもいいと口にはしたものの、結局のところ夏は嫌いで後ろの席の男も嫌いで父親から香る煙草の匂いも嫌いで満員電車も嫌いだった。
なんなら冬も嫌いで前の席の女も嫌いで母親から香る柔軟剤の匂いも嫌いですかすかの電車すら嫌いだった。
じゃあ一体お前は何が好きなのだと問われても困る。
そもそも“好き”とは何なのだろう。“嫌い”ばかり浮かんできて、“好き”がわからずいた。
そしてまた諦めた。“日常の自殺である”。
だってわからないんだもん。
考えても考えても答えが出ないんだもん。
答えを教えてくれる人だって居ないんだよ。みんな“自分で考えろ”って言って責任逃れして、ろくな人間なんてこの世にひとりも居ないんだよ。
いろんな本を読んでみた。文字は嫌いだったから挫折することのほうが多くてYouTubeでそういう動画も見た。心理学とか精神医学とか難しいことはわからないけれど、それでも頭に入れようと必死になったけれど、無駄だったのかな。頭悪いもんね。
指先が凍えている。寒いのは嫌いだった。
しかし、頭が悪いながらに気がつく。
“嫌い”とは自己防衛であると、現に、寒いのが嫌いじゃなくて、指が凍えるのが不快じゃなければ帰れないから。
今日も眠って、朝を待って、冬が過ぎても息をしている
ふう、と息を吐く。白かった。ふゆだなぁ、と思った。
目がかわいている。
それにしてもこんなにもふゆとはさむいものだっただろうか。
指が悴む。芯まで冷えている。
紅葉はまだちりきっていない。あきとふゆの境目みたいな時期がいちばん苦しいのだ。
子供の頃から誕生日ケーキの蝋燭が消せなかった。
肺活量の無さが原因か、毎年絶対に1本消すのに5回以上かかるのだ。
その姿はさぞかし滑稽に見えるんだろう、まったく恨めしい。
今年になってはじめて、自分で蝋燭に火をつけた。
このケーキも己の日々の労働からのプレゼントである。
駅前の小さなお店のチョコレートケーキ。
初挑戦だった。
一応、動画を回すことにした。
見返す予定はない、誰に送るでもない。
しかし、万が一を考えてしまった。奇跡を願ってしまった。
いち、に、さん、し、ご、ろく、でようやく灯は消えた。
蝋燭は2と3の二本のみなのに、なぜこんなにも時間がかかるのか。
暫くして、歌が無いことに気が付いた。
ひとりで歌うのも滑稽だと思って、開きかけた口を閉ざした。
ケーキは美味しかった。
でもなんとなく、来年は要らないなと思った。
なんとなく、本当になんとなく、誕生日は来なくていいと思った。
理由なんて無いけれどね、と言い訳をする。
目を背け続けて遂に歳を重ねてしまった。
夏生まれの君より、年上になってしまったよ。
僕は大人になってしまうよ。
「消えない灯り」
12月に入り寒さも本格化した。
遠い町には既に雪が降っているらしい、太平洋側の地域であるこちらは雪とは縁が薄いので軽々しく「羨ましい」と口にできるが、あちら側の人間としてはたまったものではないのだろう。
交通を止める程度の雪であればこちらの人間だって「降るな」と願うものだし、僕にとっては雪は思い出の宝庫であるが。なんにせよ寒いのは嫌いである。
横浜駅周辺は実に賑わっていた。きらめく街並みときらめく人間。
それらは表面上だけのものである。決してきらめいてなどいないのだ。
東京などはやはり治安が悪いのだろうか、こんなのは序の口なのだろうか、千鳥足の男に密かに舌打ちしつつ素知らぬ顔で通り去る。一度だけ現実逃避に利用したギラついたネオンの街に思いを馳せ、掻き消す。僕は、この街で生まれ育ったのだ。まさか毎日イルミネーションに照らされている訳では無いが、確かにこの街に生まれ、育ち、通っている。
街とは生きているのか死んでいるのか判別つかない。活気のない街を「死んだ」と表現しているのを見たことはあるが、この街は果たしてどうだろう。だって行き交う人は生ける屍のようで、僕も例に漏れずただ呼吸だけしている街の傍観者だから。
ふと空を見上げた。今宵は満月らしかった。この夜の街と月は、果たしてどちらが美しいのだろうか。
少し考えて月のほうが美しいことにした。道徳の教科書には、きっとそう綴られている。