電子レンジの中で踊るバレリーナのようなカップケーキ
電磁波に晒され膨張するカップケーキ
お母さんがよく、わたしにつくってくれた
パンケーキ、ドーナツ、マフィン、チョコ、ほかにもたくさん
どれもおいしかった
お母さんはわたしの自慢のお母さんだった
料理上手で優しい、綺麗なひとだった
数ヶ月前にお父さんがいなくなった
真っ暗闇のなかリビングから大きな声がして、わたしは怖くてふとんのなかでふるえた
朝起きたらお母さんは何事も無かったみたいにわらっていた
お父さんはいなくなった
お母さんはあれから、お菓子をつくらなくなった
わたしは内緒でお菓子作りの特訓をはじめた
お小遣いで材料を買って、学校から走って帰ってお母さんがお仕事から帰ってくる前にぜんぶ食べる
お母さんに喜んでもらえるような、特別なお菓子のために
何度もつくるうちに、お母さんの味になってきた
作り上げたドーナツ
わたしはラッピングしてお母さんに渡そうとおもった
悩んだ末、“love you”と書いてあるかわいらしいテディベアのデザインにした
お母さんの喜ぶ顔が見たかったから、お手紙も書いた
お母さんはよくわたしにお手紙をくれた
ことばじゃ言いづらいことは文字で伝えられるように
鍵の開く音がした
お母さんが帰ってきた!
わたしは玄関に駆け寄りたい気持ちを抑える
「お母さん」「ドーナツつくったの」「最近疲れてるでしょ」「これ食べたら元気になるとおもって」
お母さんはドーナツをみた、でも表情は変わらなかった
あぁ、嬉しくないんだ、そうだよね
わたしはお母さんを喜ばせられなかったんだ
「あの、お母さん」
「…私甘いもの好きじゃないから」「かなえが食べな」
テーブルにドーナツを置いて、お母さんはリビングを出た
絶望や失望より先に困惑が来てしまった。わたしは勘違いをして人に期待する癖があるのかもしれない。“お母さんはきっと甘いものが好きだろう”“娘からの贈り物なら母は喜ぶだろう”など。
わたしには魅力が無い。お母さんやお父さんは美人だったけれどわたしはブスだった。可愛いと言われて育てられたけれど普通にブスだ。わたしはわたしのすべてが憎い。お父さんが家を出ていったのは、というか、お母さんはそもそも不倫していて、わたしはその不倫相手との子だったらしい。でも自分の子を「ブスだから俺の子じゃない」だなんて言えないから十数年本音を隠してきたんだ。お父さんは優しい人だった。同じように綺麗で優しいお母さんと並ぶと、まるで理想の夫婦だった。わたしさえ美人に生まれていたら、本当に理想の夫婦だったのだ。
お母さんがお母さんでないところを見るのが、わたしは嫌だったかもしれない。お母さんだって、そんなところ見せたくなかったから偽った。甘いものを好きなふりをして、なんでもできるふりをしていただけなんだろう。絶対にお父さんはそうでなくても許してくれる。わたしも、完璧でなくていいと言う。それでも、お母さん自身が許さなければ意味が無い。
「かなえ」「ドーナツ」
お母さんにドーナツを差し出す。ひとくち齧って、もうひとくち、もうひとくち。なぜか目を瞑っていた。気付いたらお母さんの手にドーナツは無かった。
「美味しかった」
お母さんは笑っていなかった。でも、わたしは嬉しかった。
“love you”のラッピングをコートのポケットにいれ、お母さんはそのままどこかに行った。外出するにしては手荷物が少なかった。お母さんなら、きっと自分の道を往ける。
わたしはどうしよう。お菓子作りはそれなりに楽しかった。でも、もう渡す相手が居ない。
窓から月を見ようとしてからだを起こすと、自分の醜い顔面が反射してうつった。
覗き込んでも、自身に口づけをしそうになるだけで虚しくなってベッドに寝転がる。
目の乾きに瞬きをして、スマホの明るさを最低まで下げる。
SNSで呟かれる他人の悪口に惰性でいいねを押した。
理不尽な炎上を助長する理不尽な引用リツイートは、まるでひときわ目を引くメロンソーダのさくらんぼのように甘美に見えた。
意味など無くてもかんがえてしまうことがある。
雪や雨は、ぼくらを溶かして消してくれるかと、黎明は来ないのかと。
決して濡れることなく、ぼくらは塗れて息をする。
望みは叶わなければ何も望まないのと初めから同じだ。
ならば、捨てればいい、からだもこころも、要らない。
やがて呼吸も奪われて、唇を開き膵臓から全部喪うんだ。
そろそろ換気扇を掃除しなくてはならない。
今日にさよならを告げて、目を閉じた。
“海の底にいるような感覚なんだ”と宣われたことを思い出した。
あぁ、そうなのか、と頷いてその場は進んだ。
しかしある程度経った今現在、本当に僕はあぁ、そうなのか、と思っていたのだろうと疑問を呈す。
“海の底”というのはまったく想像もつかない、が、学校のプールで溺れたことはある。運動神経の無い僕は当然泳ぎなどできるはずもなかったのだ。なんておそろしい教育なんだろう、“くろーる”とかちょうちょうとか訳がわからない。
腕の動かし方、脚の動かし方、息の繋げ方、何から何までわからないのだ。というか、泳ぐということがわからないのだ。教わっていないのだ。思えば体育というものは、全て教わっていないのだ。“わかって当然”というように始まるのが癪なのだ。
例えば数学などは、馬鹿でも理解できるよう根気強く丁寧に教える。しかしどうだ、体育という教科は、寧ろ馬鹿のほうが活躍しているではないか、全く以て意味不明である。ボールの投げ方なんて誰も教えてくれないとは流石に不親切でならないと思う。
明らかに僕に向けられていた体育教師の怒号の不穏と、彼女の憂鬱はイコールにはならない。だから、結局意味はわからないのだけれど。
彼女という人間の掴めなさは異常であった、若しくは僕の理解力の乏しさが異常であった。どちらかはさておき、少なくとも世間とは相容れない特性の持ち主なのは明白であった。どちらかはさておき。
彼女が沈む海の底で、僕は魚になりたかった。
しかれどもふと気がついた、彼女の海にはいつも既に魚が居て、その魚の行く先を、彼女は追い、泳げているふりをしていた。僕は深く失望した。それでいて、美しさを覚えた。
本当は、僕も魚に泳ぎを教わらないといけないんだけれど、誰も泳ぎなど教えてくれるはずもないのだ。四肢の動かし方も、息のしかたも、“わかって当然”だから
『海の底』
曖昧は泳ぎ方を知りません(´-`).。oO
でもビート板でぷかぷかしてるとおさかなさんみたいで楽しい、日焼けするから本当は屋内がいいんだけれど
すべてが雪に包まれて、そのままとけてしまったら、と思うことが度々あった
存在や人工物や発光体は意味を成さないで、“嘗てここに、あったのです”と遠い星の誰かが囁いて
そうでありたいと願った
僕のすべてを手放して、水泡に帰してくれるのならよかった
あの日の雪は紅かった
人が倒れていた
凍った地面に車が滑って歩行者が巻き込まれたようだ
雪はつめたい
わかっていながら指先を埋める
記録的大雪を融かす情熱は冷めること知らず
寝転ぶと空は白かった
目を閉じる
視界は紅い
やがて雪の静寂が訪れた
夜空を越えたら、どこに辿り着くのか
知っているひとが居るなら紹介してもらいたい
いちばん答えを知っていそうな君に濁され続け、ついに聞くことはなかった
決してつかむことはできなかった、星や空や答えは
太陽はずっと遠くにあって、近付くと燃え死ぬそうだ
天体の授業を受けた記憶だけがあり、中身は全てゴミ箱へ往った
あの日のあの時間のあの場所の帰り道は確かに昏かった
それでいて美しかった
街灯も無い山奥に、君とふたりで歩いていた
満天の星空を視野にいれながら、海を頭に描いて
狂っていたんだろうね、君はきっと大人にはなれなかった
わかっていたから大人になれなくても構わないと思ったんだね
生きる才能も死ぬ才能もなかったのは僕も同じだというのに
才能の無い君の最期を見届け、僕はまた夜空をみあげる
あの瞬間ふたりで見ていた夜空と同じような昏さで、星は美しい
無数の星星のどれかに君はいるのだろうか、それともまだ水底か
夜空を越えたら君に会えるだろうか、それともやはり閉塞か
あの頃、星よりも、街灯に群がる蛾を美しいと思った
君は怪訝な顔をしたけれど、僕はこの世でいちばん蛾が好きだった
思えば、君は蛾に似ていた
空は飛べるが星は掴めなくて、だから星に似た人工的な発光体に満たされようとするところが
自由なふりをしながらずっと君は頭痛に悩み、肌寒さを誤魔化すように夜空を見上げていた
たびたび君を思い出した
笑った顔や、真剣な顔や、困った顔
話し方や声、息遣い、笑い声
それらはもう二度と戻って来ないのだと、そこではじめて気がつく
そうして時が経ち君がいたことを忘れて、僕はまた今日君がいないことを思い出してしまった
夜空はいつもそこにあるのに