すべてが雪に包まれて、そのままとけてしまったら、と思うことが度々あった
存在や人工物や発光体は意味を成さないで、“嘗てここに、あったのです”と遠い星の誰かが囁いて
そうでありたいと願った
僕のすべてを手放して、水泡に帰してくれるのならよかった
あの日の雪は紅かった
人が倒れていた
凍った地面に車が滑って歩行者が巻き込まれたようだ
雪はつめたい
わかっていながら指先を埋める
記録的大雪を融かす情熱は冷めること知らず
寝転ぶと空は白かった
目を閉じる
視界は紅い
やがて雪の静寂が訪れた
夜空を越えたら、どこに辿り着くのか
知っているひとが居るなら紹介してもらいたい
いちばん答えを知っていそうな君に濁され続け、ついに聞くことはなかった
決してつかむことはできなかった、星や空や答えは
太陽はずっと遠くにあって、近付くと燃え死ぬそうだ
天体の授業を受けた記憶だけがあり、中身は全てゴミ箱へ往った
あの日のあの時間のあの場所の帰り道は確かに昏かった
それでいて美しかった
街灯も無い山奥に、君とふたりで歩いていた
満天の星空を視野にいれながら、海を頭に描いて
狂っていたんだろうね、君はきっと大人にはなれなかった
わかっていたから大人になれなくても構わないと思ったんだね
生きる才能も死ぬ才能もなかったのは僕も同じだというのに
才能の無い君の最期を見届け、僕はまた夜空をみあげる
あの瞬間ふたりで見ていた夜空と同じような昏さで、星は美しい
無数の星星のどれかに君はいるのだろうか、それともまだ水底か
夜空を越えたら君に会えるだろうか、それともやはり閉塞か
あの頃、星よりも、街灯に群がる蛾を美しいと思った
君は怪訝な顔をしたけれど、僕はこの世でいちばん蛾が好きだった
思えば、君は蛾に似ていた
空は飛べるが星は掴めなくて、だから星に似た人工的な発光体に満たされようとするところが
自由なふりをしながらずっと君は頭痛に悩み、肌寒さを誤魔化すように夜空を見上げていた
たびたび君を思い出した
笑った顔や、真剣な顔や、困った顔
話し方や声、息遣い、笑い声
それらはもう二度と戻って来ないのだと、そこではじめて気がつく
そうして時が経ち君がいたことを忘れて、僕はまた今日君がいないことを思い出してしまった
夜空はいつもそこにあるのに
心温まる話をしてくれと言われましても。いやはや人は何故に他人の過去を詮索するのでしょう。全く以て理解ができません。更に言えば、ほら、なんていうんですか、“知りたがり”みたいな…なんかそういう病の罹患者が私の周囲には多いようで。知的好奇心は褒めるけれどプライベートに干渉するのは頂けないと思いません?ほんとうに困った人達で嫌になっちゃう。
あぁうるさい、なんて煩わしい。仕方が無いので話すことにしました。至極つまらない話ですが、まぁ配慮なんて無意味ですね、馬耳東風、的な。学が無いのでよく知りませんけど。
2年前、先輩からのクリスマスプレゼントの話です。私の、ぬくもりの記憶のひとつ。
そうそう、私のお気に入りのマフラーなんです、この見るからに高そうな。この職場寒いのでね。私は心打たれました。はじめて他人に優しくされたの。贈り物って素晴らしい文化だと思うんです、だって選んでいる間だけはずっと私のことを考えて、いつ渡そうかとかなんて言おうかとかたくさん考えてくれたんですよね。私ね、そういうの大好きです。
ちなみに「来年も楽しみにしてて」と言い残して先輩は3日後に殉職されました。他殺だったそうで。
あのね、先輩に貰ったものはマフラーだけじゃないんですよ、というか私を形作る全てがと言っても過言じゃないぐらい。もうね、先輩だけが全てだったんですよ。こんな職場だからかみんな冷たくて当たりが強くて、ずぅっと泣いてました。意外?どういう意味ですかそれ。
そうですよね、寒いの、わかりますよ。どんどん温度が下がってきて、活動が鈍ってきてるの、モニター越しにちゃんとわかってます。
先輩の訃報を聞いたとき、必ず先輩を殺した奴を私が殺そうと思った。それだけの為に生きていたんです。
先輩がこれをどう思うかはわからないけれど。これは、私のエゴで、自分勝手な行為で、こんなことの為にこれがあるわけではないのだけれど。それでもね、許せないんです。
あの真冬の日、先輩はきっと寒くて、孤独で、息もできなくて苦しかった。
もし私が先輩を引き留めていたら、こうはならなかったのかな。
それとも、どのみちあなた方は先輩を殺していましたか。
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「諦めは日常の自殺である」と、そう説いたのは誰だっただろうか。
本で読んだ気もするし、誰かに教わった気もするし、自分の小説の中の一節だった気もする。とにかくふと思い浮かんだのだ。天啓のように。
まるで人生がどうでもよかった。が、夏は嫌いだった。
茹だるような暑さが嫌いで堪らなかった。直射日光が痛くて肌を隠しても汗ばむと気持ち悪くて、それでも外に放り出されるのが嫌だった。鬼畜だと思った。
しかしおかしな話である。好きも嫌いも酸いも甘いもなんでもいいと口にはしたものの、結局のところ夏は嫌いで後ろの席の男も嫌いで父親から香る煙草の匂いも嫌いで満員電車も嫌いだった。
なんなら冬も嫌いで前の席の女も嫌いで母親から香る柔軟剤の匂いも嫌いですかすかの電車すら嫌いだった。
じゃあ一体お前は何が好きなのだと問われても困る。
そもそも“好き”とは何なのだろう。“嫌い”ばかり浮かんできて、“好き”がわからずいた。
そしてまた諦めた。“日常の自殺である”。
だってわからないんだもん。
考えても考えても答えが出ないんだもん。
答えを教えてくれる人だって居ないんだよ。みんな“自分で考えろ”って言って責任逃れして、ろくな人間なんてこの世にひとりも居ないんだよ。
いろんな本を読んでみた。文字は嫌いだったから挫折することのほうが多くてYouTubeでそういう動画も見た。心理学とか精神医学とか難しいことはわからないけれど、それでも頭に入れようと必死になったけれど、無駄だったのかな。頭悪いもんね。
指先が凍えている。寒いのは嫌いだった。
しかし、頭が悪いながらに気がつく。
“嫌い”とは自己防衛であると、現に、寒いのが嫌いじゃなくて、指が凍えるのが不快じゃなければ帰れないから。
今日も眠って、朝を待って、冬が過ぎても息をしている
ふう、と息を吐く。白かった。ふゆだなぁ、と思った。
目がかわいている。
それにしてもこんなにもふゆとはさむいものだっただろうか。
指が悴む。芯まで冷えている。
紅葉はまだちりきっていない。あきとふゆの境目みたいな時期がいちばん苦しいのだ。