ぽんまんじゅう

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11/11/2025, 9:24:05 AM

〈寂しくて〉


 「どうして危険を冒してまで、誘拐なんかしようと思ったんだ?」
牢番が牢の中の魔女に向かって尋ねた。彼女は明日、死刑になることが決まっている。その前にどうしても理由を聞いてみたかったのだ。
「大した理由じゃない。ただ、寂しかっただけ。」
彼女は静かに話し出した。真夜中を思わせるような声が狭い牢に響いた。


 彼女は何百年も昔、魔女や悪魔が住む、遠く離れた魔法大陸で生まれた。完全な弱肉強食の世界。そこでは一瞬たりとも気を許すことなんか出来なかった。そんな生活に彼女は嫌気がさした。自由を求め、村を抜け出した彼女は、箒一本で海を渡ってこの大陸までやって来た。
 自然豊かなこの大陸を彼女は一目見て気に入った。魔法を恐れるという人間たちを避け、彼女は森の奥深くに住み始めた。最初は楽しかった。誰にも邪魔されずに魔法薬を作り、箒で空を飛び、森を散策した。それは、まさに彼女が求めていた自由そのものだった。
 だが、いつからかそんな生活が色褪せてきた。魔法薬が上手く作れても誰も見てくれない。空を飛ぶ時もいつも一人。動物達と仲良くなろうとしたが、彼女の魔力を感じてか皆逃げてしまう。彼女は完全に孤独だった。
 ある日、森の中で一人の青年が倒れているのを見つけた。青い顔、冷たい手足。彼が衰弱しきっているということは一目で分かった。正体不明の人間と関わるのは危険だというのは言うまでもない。それでも彼女は彼を小屋に運び、自作の魔法薬を飲ませた。上手く調合出来ていたようで彼はすぐに回復し、数日後には自分で歩けるまでになった。
 「長い間ありがとうございました。この恩はずっと忘れません。」
ある日家に帰ってくると、荷物をまとめた青年が丁寧に頭を下げた。
「この後はどうするつもりなの?ここでて行っても行くところなんてないでしょ?」
治療の為に見つけたのだが、彼の腕には反逆者を表す独特な刺青が入っていた。こんな森の奥深くに居たのは、追い出されたか逃げて来たかのどちらかだということは簡単に予想できる。
「貴方、さっき『この恩は忘れない』って言ったわよね。なら恩返しとして私の話し相手になってくれない?」
断られるかも知れないと思っていたが、彼は案外あっさりと承諾した。こうして二人での生活が始まった。
 二人での生活は素晴らしかった。暗い魔法大陸にいた頃の影響でこれまで夜にしか外に出なかったが、彼に手を引かれて昼の美しさを知った。毎朝早起きし、当たり障りのないことを話して笑い合いながら果物を集めた。彼が作ってくれた人間の料理を一緒に食べた。時には彼の部屋に魔法をかけていたずらし、揶揄う事もあった。そんな生活はあまりにも楽しくて、あっという間に時は過ぎていった。そう、本当にあっという間だった。
 魔女は致命傷を受けない限り死なない。だが、人間である青年は毎年確実に歳をとり、衰えていった。やがて走れなくなり、歩けなくなり、起き上がれなくなった。最も恐れていた、しかし避けられないことは寒い冬の朝に起こった。ある日いつもの様に青年の部屋に行くと、彼は冷たくなっていたのだ。魔女は彼を抱きかかえて泣いた。
「貴方といられて幸せでした。」
いつ死ぬとも分からない彼がよく言っていた言葉を思い出す。彼の小さな墓が出来上がっても彼女の悲しみは癒えなかった。何日間も食事は喉を通らず、彼女はかなり衰えたが魔女なので死ぬことはなかった。
 何十年かぶりに訪れた一人だけの生活は、孤独という言葉だけでは表せないほど寂しかった。耐えられなくなった彼女は遂に人間の街へと降りて行った。また彼の様に一緒に暮らせる人を探す為に。

 
 「少し話し過ぎたわね。」
話し終えた彼女はふふっと笑った。
「でも、久しぶりに人と話せて嬉しかった。ありがとう。」
牢番は物思いに耽っていた。彼女は噂に聞く様な恐ろしい魔女には思えなかった。彼女は本当に寂しかっただけだ。死刑に値するとは思えない。

 「おい、起きろ。魔女は何処に消えたんだ?」
目が覚めると見知らぬ男がこちらを見下ろしていた。魔女とは誰のことだろうか。
「すみません、どなたですか?」
男は目を見開き、信じられない、とでも言いたそうな表情をした。
「お前、自分の兄を忘れたのか?」
何も思い出せない。自分が誰かも、ここが何処なのかも。
 結局、その牢番は魔女の魔法による記憶喪失だと見なされ、仕事中に寝て囚人を逃したことは罪には問われなかった。数日後にはほとんど全ての記憶が戻ったが、魔女のことだけは思い出せなかった。街の人々は邪悪な魔女が逃げたと大騒ぎしていたが、牢番は何故だかホッとした。彼女のことは思い出せないが、彼女が幸せに暮らせていることを願わずにはいられなかった。

11/10/2025, 9:16:40 AM

〈心の境界線〉


 思春期の友達関係というものは難しい。ほんの小さな事がきっかけで、消えない心の境界線が出来てしまうのだから。
 新学期に新しくできた友達。最初は仲良くしていたのだが、いつの間にかあまり話さなくなってしまった。話しかけても返ってくるのはそっけない返事ばかり。何となく嫌われたように感じた。挨拶はしてくれるので私の勘違いだったのかも知れない。だか、直接聞いてみるのは怖くて、モヤモヤしたまま気まずい関係が続いた。こうして私たちの間には境界線が出来てしまった。
 先日、珍しく二人とも部活がない日に、一緒に駅まで行ってみた。驚いた事にそれなりに会話が弾んだ。少なくとも私はそう思う。目的地で手を振って別れた時、何だか境界線が消えたような気がした。
 次の日、ひょっとしたらまたあの時のように話せるかもしれない、と期待して登校した。彼女が教室に入って来た時、挨拶が苦手な私がタイミングを見計らっているうちに、彼女は他の友達と話し始めてしまった。一度消えかかっていた境界線がまた浮き出てきたのを感じた。
 それからも彼女とは上手く話せていない。授業の班活動でも気まずい雰囲気になってしまった。もう境界線は消えないのかもしれない。
 ただ、たとえ境界線を完全に消すことはできなくても。それが壁になってしまうのだけは防がなくてはならない。壁ができて「気まずい」が「嫌い」になってしまったら取り返しがつかなくなるし、争いに繋がる可能性だってある。それに、細い境界線に気がつく人はそこまでいないだろうが、壁になってしまえば誰にでも見えるようになり、周りにも影響があるかも知れない。
 心の境界線を消すのは私達の年代にはかなり難しい。それでもせめて壁にはならないように、機会があれば薄く出来るように頑張ってみたいと思う。

11/9/2025, 10:03:45 AM

〈透明な羽〉


 その天使は神に逆らった。
 天使の使命は、死んだ人間を神の元へ連れていく事だ。魂が地上に留まり、生きている人々に害を与えることを防ぐ為には無くてはならない仕事だ。死すべき定めの人間が地上に生まれたその日から、天使達は淡々と死者を導いてきた。
 その天使も何百年もの間仕事をしてきた。仕事を辞めるという考えなど頭に浮かんだことはなかった。
 ある日、彼はいつものように地上へと降り立った。今日連れていくのは小さな男の子だった。長い間手術を繰り返したが、その甲斐なく命を終わろうとしていた。仕事内容を神から告げられた時、いつものように胸がズキっと痛んだ。どうしてだか彼には分からなかった。神を手伝うためだけに生まれた天使は感情を持たないはずだから。
 病室の小さなベッドの側には母親らしき女性が座っていた。殺風景の部屋に響く心音は弱々しく、今にも命が終わろうとしていることを告げていた。
「お母さん、あそこに天使が立っているよ」
男の子がほとんど聞こえないような小さな声で呟いた。母親はただ、取り止めもなく涙を流していた。また胸がズキっとした。
「僕ぐらいの年齢に見えるけど、髪の毛も服もすごく綺麗で、大きな羽があって。でも、何だか悲しそう」
天使は思わず耳を疑った。これまでこの姿を見て恐れる人や感謝する人、見惚れる人は沢山いたが、「悲しそう」という言葉は初めて聞いた。
「ねえ、天使さん。どうしてそんなに悲しそうなの?」
その時彼は気がついた。自分にも人間のような感情があるという事を。いつものあの胸の痛みは「悲しい」気持ちだという事に。
 彼は男の子に近づき、頭に手をかざした。ただ、いつものように魂を奪うことはせず、自分の持つエネルギーを送り込んだ。その途端、消えかかっていた心音が大きくなった。男の子も母親も思わず目を見張った。母親が呼んできた医者は、男の子をくまなく検査すると告げた。
「信じられない!腫瘍が綺麗に消えています。」
医者の言葉を聞くなり、男の子と母親は抱き合って喜びの涙を流した。
 天使は自分の中に新しい感情が湧き出てきたのを感じた。それは「喜び」だった。自分がずっとやりたかったことはこれだとやっと気がついた。
 満ち足りた気持ちで天に帰ると、身体が動かなくなった。神が恐ろしい顔で見下ろしていた。
「お前は使命を放棄し、地上の魂の流れを乱した。これは反逆罪に値する。もし、今すぐ地上に戻り、あの少年の魂を連れてくれば許してやろう。」
天使は静かに、しかし力強く首を振った。
「そうか。ならばお前のその羽を消す。これからは愚かな人間と共に汚い地上で生きよ。」
神が手をあげると、天使がいた雲が消えた。気がつくと彼は真っ逆さまに地上に落ちていた。急いで翼を動かそうとするが、動かない。振り返ると羽がみるみるうちに透明になっていく。完全に透明になった時、彼は地上に強く打ち付けられた。
 目が覚めると知らない森の中にいた。羽はもう背中にはなかった。彼はとぼとぼと街に向かって降りていった。
「あの、貴方大丈夫?」
突然、女性に話しかけられた。何処かで会ったような気がしたが、今は記憶が曖昧で、思い出せなかった。
「どうしたの?お母さんとはぐれたの?」
彼は子供の姿をしており、しかもかつては綺麗だった白い服は、泥に塗れ、ところどころ破れている。迷子の子供にしか見えない。
「一緒に警察署に行こうか?」
彼は頷いた。もうどうにでもなれと思った。
 母親の車に乗るとそこに家族写真が貼ってあった。それを見て思わず目を見張った。あの男の子だった。
「あの、この写真の子は貴方の息子さんですか?」
「ええ、そうだけど。もしかしてあの子のお友達?」
彼は熱心に頷いた。
「もし良ければ彼に会わせてください」
家に着き、母親がドアを開けるとおかえり、と元気な声が聞こえてきた。玄関に来た男の子が彼を見つけると、二人はしばらく見つめあった。
「もしかしてあの天使さん?」
彼は頷いた。男の子は目を輝かせた。
「ママ、この天使さんが僕を助けてくれたんだよ!あの時は本当にありがとう!僕、今すごく元気なんだ」
母親は困惑しているようだった。男の子が首を傾げた。
「でも、羽が無いね。どうしたの?」
「消えちゃったんだ。僕が悪い事をしたから。だから僕はもう天使じゃ無い。」
急に涙が出てきた。今まで溜めていた感情が溢れ出て、止まらなくなった。
「ああ、また天使に戻れたらな」
「羽が無くても天使にはなれるよ。ここではすごく良い人のことを『天使』って言うんだよ。」
その言葉は彼を温かく包んだ。
「分かった。じゃあ、『羽が無い天使』になってみる」
 次の日街に出ると、そこには心に傷を負った人が沢山いるという事に気がついた。中には自分で命を断つ事を考える者もいた。彼はそういう人々の話を聞いた。人は話を聞いてもらうだけでも心が癒されるものだ。多くの人が彼の優しさに触れ、明るい表情を取り戻した。いつしか彼はこう呼ばれるようになった。「透明な羽を持つ天使」と。

11/8/2025, 8:59:06 AM

〈灯火を囲んで〉


森の中で灯火を囲んで
共に生きてきた仲間と語り合う
そんな魅力的な夜を過ごしてみたい

でも実際は
暗い部屋で一人スマホを眺め
人工知能と画面越しに語り合う

人間の技術は素晴らしいと思うし、
それらのおかげで今まで生きてこられた訳だけれども
大昔の大自然の中の生活もきっと素敵なんだろうな

11/6/2025, 2:28:25 PM

〈冬支度〉


 だんだん寒くなってきた。母さんが言ってた「冬」とか言う物がどうやらもうすぐやってくるらしい。
 僕がまだ母さんと兄弟達といた頃、母さんは生きる為に必要なことを色々教えてくれた。その一つが、「寒くなってきたら食べ物を沢山溜めて、冬支度をしなさい。冬になったら食べ物が無くなるからね」だった。だから、僕はその教えに従う事にした。
 僕のナワバリの透明な箱の外にいる「人間」とか言う巨大な生き物が、ガサガサと音を立てた。とうとう僕が一番大好きな時間が来た!
「ハムちゃん、ごはんだよー」
いつも通り、鳴き声みたいな変な音を出しながら人間は美味しいものを沢山お皿に入れてくれた。今日のご飯はペレット、穀物数種類、小さめのひまわりの種だ。本当は全部食べてしまいたかったけれど、生きる為には母さんの教えに従わなきゃ。僕はほんの少しだけ食べずに残して、巣箱の食べ物スペースに置いておいておいた。食後のブロッコリーもお気に入りの茎だけ食べて、もしゃもしゃの部分は残しておいた。
 数日後、僕の食べ物スペースはいっぱいになった。お腹が空いたら時々食べてるけれど、これだけあればきっと冬もお腹いっぱいで過ごせるだろう。それにしても、なかなか寒くならないな、と思いながら僕は眠った。
 「ハムちゃん、部屋んぽの時間だよ」
人間の声が聞こえてきた。確かこの鳴き声の後は外に出して貰えるはずだ。久しぶりに「秘密のナワバリ」の探索に行ける!僕は大喜びで外に飛び出した。
「あ、ハムちゃんこんなに溜めてる!腐ったらいけないから捨てとくね」とか言ってる声が聞こえた。どういう意味かは分からないけど、僕は全く気にしなかった。
 まだ外に居たかったのにひどい人間は僕を無理矢理箱の中に戻した。さて、溜めてたご飯でもつまもうかな、と巣箱に戻ると、そこは僕の巣箱ではなかった。食料スペースが空になってる!僕はパニックになって外の人間に訴えた。
「僕のお家を返して!」
でも人間は
「可愛いね〜」
というだけで動こうとしない。仕方が無いので僕のものではない巣箱に戻った。そこでふと気がついた。僕の匂いがする。ということはここはやっぱり僕の家だ。なら、溜めてたご飯は人間が横取りしたのかもしれない。今度手をガジガジしてやる!と僕は憤慨しながらもう一度冬支度をやり直す事にした。



ほぼ実話です。暖房が効いてるのでハムスターは冬支度をする必要は無いのですが、冬が近づくと溜める量が増えてました。可哀想ですがいつも捨ててました。
ハムちゃん、ごめんなさい。

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