『物憂げな空』
オレンジ色の夕焼けに鉛色の厚い雲が覆い被さった空。
空は何も隔てずに繋がっているはずなのに、どこかあの町のものとは違う。
今朝、生まれ育った町を出て、この町にやってきた。
見送りに来てくれた友人達は騒がしく手を振り、母は静かに涙した。父は来なかった。僕は新幹線の中で何年振りかに泣いた。周りの乗客の目に恥ずかしさは感じなかった。
今まで一人でこんなに遠くまで来たことも、孤独を感じたこともなかった。
初めて見る風景、新たな人間関係、真っさらな作業着
食べるものの味が違う、周りの人間の話す言葉に違和感がある、誰一人僕を知らない、誰一人僕を見つけて笑顔になることはない。
できあがったばかりの小さなコミュニティでは、遠慮の気持ちが入り混じり、安らぎを感じない。今日だけで笑い方を忘れてしまっていないだろうか。
あっという間に過ぎた一日に充実感はなく、感じたことのない疲労感が残る。
バスの窓に見慣れない夕焼け空が広がり、ゆっくり目を閉じる。
早く知っている声が聞きたい。
そして、愛おしい町の今の空の色を教えてほしい。
『小さな命』
ニョゴモロンニョがそろそろ出産時期を迎えています。
初夏に交尾をしますが、ニョゴモロンニョは、着床遅延という機能を持っていますから、好物であるオッチョコチョイドンブリガエルをたっぷり食べて脂肪を蓄え、体力が十分に温存できていれば、秋ごろに着床します。
自然界ならではの合理的な仕組みなんですね。
この時期のニョゴモロンニョは気が立っていて、危険です。うかつに近づく生物がいようものなら、その鋭い牙と爪で威嚇し、攻撃に転じることもあります。ごく稀に機嫌がいいと結構長い時間、手を振ってきます。
他にも猛獣が彷徨いています。ニョゴモロンニョにとって天敵である、オヒネリメガネハゲキャットやツヨシシッカリシナサイベアーなどです。お互いに警戒していますね。
その後、妊娠したニョゴモロンニョはそのまま冬眠に入ります。しっかり眠り、出産に適した温かい春先を待つのです。
春先ついにーー新たな、小さな小さな命が生まれました。見てください、愛らしい子ニョゴロモンニョです。親ニョゴモロンニョは子ニョゴロモンニョのへその緒を噛み切り、食べてしまいます。さあ、子育ての開始です。
しばらくは親子で行動をともにしますが、親ニョゴモロンニョの子ニョゴロモンニョへの過干渉は常軌を逸しています。子ニョゴロモンニョに全く何もさせません。付き纏い、何かしようとすると子ニョゴロモンニョを止めます。しかしニョゴモロンニョは賢い生体であるため、親ニョゴモロンニョを反面教師にして育ちます。狩も危険の避け方も勝手に覚えていくわけです。
親離れするのは短くて7〜8年かかり、長ければ寿命の3分の2を親子で一緒に過ごします。これは子離れできない親ニョゴモロンニョの本能です。
そして、ニョゴモロンニョは次の世代へ引き継がれていくのですね。
まさに自然界での生命の神秘とはこのことですね。
『Love you』
普段、仲の良い両親が珍しく朝っぱらから口喧嘩を始めた。主に母が怒っている様子で、父の仕事がどうとかこうとか。夫婦喧嘩は犬も食わないらしいから、放っておけばいいが、面倒くさくもあるため、いつもより5分早く家を出発することにした。
見慣れた通学路をゆっくりゆっくり、スピードはいつもより遅くなるように意識するが、時間だけはピッタリ合うように歩き進める。
あの角を曲がると、今日もあの子がいるはず。
毎朝、この道ですれ違う名前も知らない女の子。
「おはよう」と言えたことはなく、もちろん言われた事もない。始めは、ぼやけていた感情も、下心以外で挨拶する意味はないだろうと、自分自身の気持ちの分析は既に済ませてある。
僕は彼女の見た目が好きだ。少し癖っ毛で亜麻色の長い髪、甘ったるい印象を与える垂れ下がった目に小さな鼻、丸っこい輪郭、線は細いがとても背が高い。
一目惚れだった。
彼女が目の前に現れると、僕の脳はピリッ電気を発する。いまだに頬は瞬時に熱く硬くなり、心臓がドドドッと早鐘をうつ。彼女が僕の横を通り過ぎるまでの数秒間は永遠のように感じられるし、彼女と一緒に緊張が通り過ぎた後では、一瞬のことであったように、あまりにも物足りなく感じる。
僕はなんて声をかければいいのだろう?
彼女に好きな人がいるのだろうか?
僕なんかに声かけられるのは迷惑かもしれない。
一目惚れとは不純なものなのだろうか、、、
考え込むといつも、感情をドンドン小さく折り畳んでいってしまう。
それから数日後の夜、両親から告げられたのは、県外への引越しだった。父の転勤が急に決まり、それも2週間後にはこの家を出るのだと言う。
真っ先に頭に浮かんだのは、友人との別れの悲しさや新たな転校先での不安や期待ではなく、あの子のことだった。
僕の心の中にポッと火が灯され、それからメラメラと熱い気持ちが胸に広がり燃え上がっていく。この気持ちを伝えずには行けない。しかし、、、
「あっ、あのっ、」やばっ、声の音量間違えたーー
引っ越しの前日、最後の登校で、僕は彼女に初めて朝の挨拶をしたが、告白はしなかった。
分かりきった答えをもらうのではなく、気持ちよい挨拶で終わらせようと決めたからだ。
「おはよう」の言葉に僕の熱い想いを紛らわせながら。
『太陽のような』
君が落ち込んでいると、僕は「すごく」落ち込む。
君が泣くと、僕は誰もいない部屋で君を想い一人泣く。
君が笑うと、僕は嬉しくて顔をくしゃくしゃにして笑う。
僕が君の表面上の感情を飛び越えてしまうのは、許してほしい。
太陽のように、明るく、輝きを放ってほしいと、願いを込めてつけた名前。
君は人から距離をとりながら、生き続けてきた。
誰にも理解を得れないで苦しんできた。
その苦しみを代わってあげることができない。
今はまだ未熟な君の辛さの半分は僕が背負っていくから、喜びは独り占めでも君が思う人とでも分かち合えばいい。
君が僕たちを明るく照らし続けてきたことは知っていてほしい。
『0からの』
45歳中年、50歳までにこの世に一つだけでいいから、文学的に評価される物語を創り出したいと夢見る。気力を保てるなら、期限は設けず、死ぬまでに叶えるでもいいかもしれない。
想い10年、文章を書き始めて11日目。
最近、「書く習慣」アプリのお題を確認する時が、一日で一番緊張する。書き終え「OK」ボタンを押して、自分の作品を読み直す時は気恥ずかしくなり、一日で一番悶絶する。仕事ですり減らされた感情を、家に帰って更に削りまくっていることに、自分でも笑える。
ほら、今もスマホをフリックする手が止まり、この感情に当てはまる言葉を頭の中で思い描こうとするが、見つけることができず、頭の後ろをガリガリと強く掻く。
表現に自信がない。キャラクターに魂を吹き込むことができない。目の前にあるものの例えが全く浮かんでこず、ただの説明文になってしまう。しかし、こんな俺でも、いつか本腰を入れて書きたいテーマがある。今はまだそれを扱える技量がないから、安易に手を出す訳にはいかない。いつか、その物語が、誰かの感情に触れることができよるうに、腕を磨くだけだ。
ここでは、書くことの練習の意味合いが強いが、少しでも自分を納得させたいとは思う。「一筆」からの始まりが「記述」になり、「執筆」へと昇華させていくことができるように。
0からのスタートが45歳。だけどもっと早く始めればよかったとは思わない。遠回りしている間に無駄なものを振り落とし、熱くなれたのが今だっただけのことである。
だから、明日も書く。死ぬまで書き続ける。