《10年後の私から届いた手紙》#13 2026/02/15
「北見部長、本当なんですか?」
長年、僕の助手を務めてくれた、長嶺くんが問い詰めてきた。
「ああ、部内メールで共有した通りだ。ハイグレードプランの発表は、中止だ」
大手SNSと提携して運用を開始し、好評を博している"10年後の私から届いた手紙"サービス。現在の個人データを政府公認AIと掛け合わせることで、未来の自分から手紙が届くという、一種の占い的な遊びとして、若者を中心にブームになっていた。
そして、ハイグレードプランの内容は、今までのデータに加え、直近で受診した医療データなども加えることで、より正確な仮想未来の自分からの手紙が受け取れる、というものだった。
「どうしてでしょうか?社内向けに公開されたαテストの時点で、高評価だったのでは…」
「そう、テスト結果は良好で…良好過ぎたのだ。ところで長嶺くん、君はネタバレは好きかね?」
「それはどういう…まあ、そのネタになる対象にもよりますが、なるべく避けたいですね」
このサービス自体、確かに自分の人生のネタバレ、と言えるかもしれないけど…回答内容は利用者側で選択出来る仕組みだし、あくまで予測でしかないのに。
「では、回答が、ああ、手紙が届かない、という結果が、仮に出たとしたら、君はどう思う?」
「届かない、ですか?なんらかのエラーやシステムの不備で、としか…」
ただ、現在サービス中の内容では、そのような事例を聞いたことが無かった。だとすると、ハイグレードプラン固有の何かなのかしら?
「エラーの内容が、"健康上の理由により、送信者が存在しません"と表示された事例が確認されてね」
「健康上、ですか?……あ!」
私はそのエラー内容にすぐに思い至った。つまり、10年以内に…
「自分が病気などで亡くなる、と言うことだよ。死んだ人間は手紙を書けないからね。一応、少し裏から手を回して、ここ何年かで亡くなった社員何人かの健康診断結果などを入力して追試をしたのだが、再現率は100パーセントだった」
寿命、という自分自身のネタバレをされてしまう可能性がある、ということか。確かにそれは……。
「最初はただのエラー、で済むかもしれない。しかし、時が経てば、誰もが気付くだろう。このシステムの精度が、高すぎる故に」
確かに、結果的に寿命を告知するなんて倫理的にも、それ以外の面でも、決して許されることではないだろう。
「そうですか…残念ですね」
「ああ」
北見部長が心血を注いで開発していたプランということを、間近で見ていた私は痛いほど知っている。部長は、普段通り振る舞っているけれど、かなり落ち込んでいるに違いない。
「部長、今夜は久しぶりに飲みにいきませんか。私と二人だけだと淋しいかもですが、ささやかな残念会ということで」
極秘に進めていたプランだっただけに、凍結するまで内容を漏らすことは出来ない。必然的に、部長に寄り添えるのは私しか…。
「いや、遠慮しておこう。長嶺くん、君には色々と無理させてしまったからね。今日は定時で上がってゆっくり休むといい」
「そんな!だ、大丈夫ですから。私、一応、まだ若いつもりでいますし」
その時、北見部長の表情が曇ったのが解った。
「君の心遣いというか…いや、好意はとても嬉しいのだけれど…どうもこの先、あまり長く付き合えそうにないのでね」
その一言を聞いた時、まず最初に部長へ寄せてた想いに気付かれていたことに動揺した。そして、ある事に…そうであって欲しくない事に思い至った。
「部長、あの、まさか…テストでエラーが出たというのは…」
「さすがだな、長嶺くん。どうも、思ったより無理をしてしまったらしい」
10年以内に…部長が、まさか…。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
でも、それならば!
「部長、やはり、私と付き合ってください!今夜だけじゃなくて、ずっと!」
「いや、この未来は、変えようが…」
初めて見る、部長の困惑顔を無視するように、私は続けた。
「でも、テストしたデータには、私という存在は居ませんでしたよね!」
「それは…」
「私が、きっと未来を変えてみせます!だから、だから、私を幸せにして下さい!」
無我夢中で部長に縋りつく。この人を、決して一人では…。
部長は、観念したように、長いため息をついて、言った。
「君は相変わらず、自分の信念を曲げないのだね。解った…では、私からもお願いしよう。これは、二人だけで行う極秘のテストだ。最新のAIが導きだした結果を覆せるか、一緒に見届けてくれるかい」
「はい!喜んで!」
珍しく、少年のようにはにかんだ部長を、私は力一杯抱きしめることで、その返事とした。
そして、それから約10年が過ぎた。
あの手紙サービスは、サービス終了を向かえていたが…北見部長は…私の夫は、私と目が合うとあの時と変わらぬはにかんだ表情をして、今日も隣に居てくれている。
《バレンタイン》#12 2026/02/15
「これからも、友達でいてね」
差し出されたのは、なんてことのない、スーパーのお菓子売り場(バレンタインデー特設コーナーではない)に陳列されている300円を少し切るくらいの板チョコだ。苺味の。そう言えば、100円台だったのは、いつの頃だったか。
「もちろん、優里」
お返しに、と差し出したのは、形が宇宙船をモチーフにしたとかいう、子供が好きそうなチョコだ。苺味の。
「味、被ったね」
「被ったあ」
二人して、同時に吹き出した。こんなやりとりを、かれこれ20年近く続けている。味が被ったのは、何回目だろうか。
初めて優里からチョコを貰ったのは、幼稚園の時だ。あの頃は、仲良しの友達同士で交換するもの、という認識だった。
二人の間で、意味が少し変わったのは、中三の時。優里が差し出してきたのは、包みにメーカー名がでかでかと書かれた板チョコだった。
「これからも、友達で…好きだから」
ライクとラブの違いを深掘りしたくなるお年頃だったから、その好きが、どの好きかは聞き返さなくても、勘違いすることは無かった。
「うん、もちろん」
こうして、私達二人は、友達より少し先の関係になった。
で、ある時、尋ねたのだ。なんで、シンプルな板チョコだったのって。
「それはね、風美から初めて貰ったチョコだったから」
ちょっと文学少女っぽいところがある、優里らしい返事だった。
それ以来、お互い唯一無二の関係になってからも、二人の間で行き交うチョコはシンプルなモノで、添えられる言葉もシンプルなモノのままだった。
でも、私達には、それがお似合いだと思っている。ずっと。
《待ってて》#11 2026/02/14
「どうしても、行っちゃうの?」
「うん…ごめんね、瞬くん」
僕を安心させたいのか、鏡子さんは穏やかに応えた。
「そんなの、他の人たちに任せておけば良いじゃん!」
もうじき、中学生になるというのに、小さい子のように駄々をこねてみせる。嫌だ!行っちゃやだ!
「ううん…これは私じゃなきゃ、駄目なの」
ほんの少しだけ、悲しげな表情をした鏡子さんから、強い決意を秘めているのが伝わってきて、僕は項垂れるしかなかった。
どこかの悪い大人達が行なった実験の結果、世の中に魔物達が解き放たれてから、一年。警察や軍隊では刃が立たなかった魔物達を倒してきたのは、どこからともなく現れた"魔法少女"たちだった。
そして、その魔法少女の一人が、鏡子さんだったんだ。鏡子さんの話によると、魔法少女としての力を使えるのは18歳までで、17歳の鏡子さんが戦えるのは、あと少しの間だけ。
「でもね、もうこれで最後だから」
この、最後の戦いに勝てば魔物を封印出来て、世界に平和が戻るらしい。
「本当に?」
「ええ」
僕の家の向かいに住むこの鏡子さんは、小さい頃から仲良くしてくれた憧れのお姉さんで、僕の…
「絶対、帰ってきて」
「うん」
「怪我とかしちゃダメだよ」
「気をつけるね」
「それで…僕と、結婚して!」
「解ったわ」
「え?」
「あら、本当よ」
びっくりしている僕を、可笑しそうに笑ったこの笑顔は、いつもの明るい鏡子さんのそれだった。
「まあ、すぐには無理だけど。そうだ、これを持ってて」
渡されたのは、女子がよく持っている折りたたみ式の鏡。
「私だと思って大切にしてね。持っててくれれば、瞬くんがどこにいても、帰って来れるから」
「本当に」
「本当よ。瞬くんに、嘘ついたことある?」
僕が首を振ると、鏡子さんが優しく抱きしめてくれた。こんなことされるの、幼稚園以来のことで…突然のことに頭の中が真っ白になって、僕の額に素早く口づけされたのを、身体が離れて少し経ってから気付いたくらいだった。
「じゃあ!元気で待っててね」
夕方、家の前でバイバイするみたいに、いつも通りの声を残して、次の瞬間には鏡子さんの姿は目の前から掻き消えていた。まるで、最初から、そこに居なかったみたいに。
あれから、10年ちょっと。
平和が戻った街で僕は大人になり、市役所の職員になっていた。
まるで何事も無かったような日々の生活の中で、いつも持ち歩いている鏡だけが、あの時のことは事実だったと僕に語りかけてくる。
鏡子さん…僕はもう大人になりましたよ。
そろそろ窓口が終了する時間だ。机の片隅に置いていた鏡をいつものように胸ポケットに入れ、終業の前準備をしようとしたその時。
「あの…婚姻届はどちらで貰えますか?」
柔らかな、そして、どこか聞き覚えのある声。
「あ、ご結婚ですか。おめでとうございます。婚姻届ならこちらではなくて…」
席を立ち、相手の方の顔を見た時、一瞬、自分の見ている光景を疑いました。まさか、幻でも見ているのか?
でも、そこに立っている女性の方が、確かに僕が待ちわびていた人だということを、頬を伝う涙が教えてくれました。
「瞬くん、ただいま」
《溢れる気持ち》#10 2026/02/06
その人の何かがぼんやりと見える、なんて話を聞いたことがある。例えば、寿命までの日数が頭の辺りに浮かぶ、とか。
そんな、SFめいたものとは、一切縁がない。と、思っていたのだけど。
同級生の、桜子さん。背が低くて、眼鏡をが似合うおっとりさん。ある日、同じクラスの男の子に話しかけられいたのを見た。ちょっとノート写させて、みたいな他愛もないこと。
その時、桜子さんの頭の上に、何かがふわっと浮かんだ。
『しゃぼん玉?』
小さなそれは、黄色の光を残して、パチっと爆ぜた。教室を見渡す。誰も、しゃぼん玉を吹いてなんかいない。当たり前だ。幼稚園ならまだしも、ここは高校で。
でも、私の見間違えなんかじゃなかったんだ。数学の授業で先生に指名された時は、どんより青くて小さな玉がポツポツと。選択科目の音楽では、名前と同じ桜色が浮かんでいた。
ああ、あれは彼女の感情が顕れたものだったんだ。入学して以来、あまり接点がなかった桜子さんのことが、そのことに気付いてから急に親しげに感じられて。
そんなある日、私の視線に気付いたのか、桜子さんと不意に目があってしまって。
「あ…えっとね…」
悪いことしたかな…なんて言おう…ドギマギしている間に、桜子さんは真っ赤になった顔を机に伏せてしまって。
その、彼女の上に、鮮やかな赤色のしゃぼん玉が浮かび上がった。いつものように現れたそれは、膨れ続けて、いつも間にか教室一杯を覆うくらいになって。
その、しゃぼん玉の中に入り込んでしまった私には、確かに彼女の声が聞こえたんだ。
『目、合っちゃった…恥ずかしい…でも…好き、なの』
《旅路の果てに》#9 2026/02/01
「あの、もしやあなたは、勇者さまでは?」
長い旅の帰路、途中で立ち寄った…というより、力尽きて足を止めた小さな村でそう呼び止められた。
「いえ、その呼び名はもう…シロウ、で結構です」
魔王を倒したのは、世界を救いたいとかではなく、ただ父母の仇をとるためで。その為に、同行してくれた仲間を三人とも喪ったのは、それは、正しい行いだったのだろうか。
「では、シロウさま、何も無いところではございますが、ぜひ当家でお休みくださいませ。それに…一つお願いしたいことがありまして」
「願い、ですか?」
魔王軍の残党でも居るのだろうか、正直、もう疲れたんだ、僕は。
「どうか、こちらへ」
別室へ通されると、粗末なベッドに女性が休んでいた。何かを抱きかかえていた。
「てまえの妻です、そして」
女性の抱えていたものが、泣き声をあげた。
「私の娘です。昨日生まれまして」
赤ん坊、か。久しく見ていなかった気がする。
「この子の、名付け親になってくださいませんか」
「名付け親…僕が?」
「私達は…子を為すことを諦めておりました。生まれて来たところで、この世は地獄。そう思っていました。でも…」
男の妻が言葉を引き継ぐ。
「勇者さま達の活躍が、この村にも届いたのです。破竹の勢いで、必ず魔王を倒すだろう、と。それは、私たちの希望になったのです」
泣きやんだ赤ん坊が、今度は笑いだした。
「シロウさま、私達に、この子に、生きる希望を与えてくださいまして、本当に感謝致します」
希望か…この子のように、新たな産声を上げている存在が他にも居るのだろうか。それを、僕たちが…
「こうして出会えたのも、何かのご縁。ぜひ」
「では…サン、と。国の言葉で、太陽のことをそう呼んでいる」
そして、僕を庇って死んでいった、あの娘の名前だ。みんな、赦してくれるだろうか。
「ああ、ああ、良い名ですな。ありがとうございます」
喪ったものの報復の為に、更にかけがいのないものを喪った。その果てに"希望"が芽生えたというのなら……。
それでも、僕は、"サン"と、皆と、その希望を見てみたかったよ。