『明日への光』
明日への光が眩しくて、目に染みた。
ようよう白くなりゆく山際は、なんて言葉は誰の言葉だっただろうか。
僕は今、山に登って白湯を片手に朝日が登るのを眺めていた。
たった一人、生き残った僕だけが、太陽を眺めて涙を流す。
「あぁ、みんな死んでしまった」
口に出してみると、本当に終わったのだな、という気分が心を支配する。
随分と酷い出来事だった。
よくあるキャンプに来た筈だった、はず、だったのだ。
まさか、楽しいだけのキャンプ地が、そこに一人殺人鬼が紛れ込むだけで密閉された檻、クローズドサークルになるなんて、誰にも予測出来なかっただろう、出来ていたら来なかった。
既に鼻が馬鹿になっている。
脳だって麻痺している。
ただ、唯一。
目の前に、殺人鬼によって晒された君の首と視線を合わせる。
蛮族のトロフィーのように、木の枝を突き刺し棒付きキャンディーみたいにされてしまった、物言わぬ君。
「お前だけは絶対に助けるから」「キャンプになんて誘ってごめん、ごめんな」「お前のこと、最初は嫌いだったけど。今は生涯で最高の親友だって思ってる」「……生きてくれ、頼む」
たった一晩、六時間にも満たない時間が、まるで人生の走馬灯のように駆け巡り、何度も何度も、壊れた映画の再生テープのように僕の中で繰り返される。
既に光を失った君と、死んだような瞳の僕。
それでも、太陽は登って、明日への光が差し込んだ。
生きなくてはいけないのだ。
君の分までも。
太陽の光が……どこまでも目に染みた。
おわり
『星になる』
夜空に星が瞬いている。
手元にあるココアが入ったマグカップが温かい。
「ねぇ、星になるって……どういう気分だと思う?」
「んぁ? なんだよ、急に」
私が窓枠に寄りかかって、ポツリとそう言うと、彼は眠そうな声でそう問い返してきた。
「別に……ただちょっと、気になっただけ」
「……そうだなぁ。意外と頑張ってんじゃね」
「頑張る? なんで?」
私が不思議そうに首をひねると、彼は私の側に近寄って来て遠い目で月を眺めながら言った。
「ほら、光るのってさ、意外と疲れるじゃん。だから、頑張ってんじゃねって思って」
「ふぅん……」
「どうしてそんな事を聞いたんだ?」
「そうね……しいて言うなら、」
「しいて言うなら??」
私は一言、ポツリと零した。
「生きているのが疲れたから、星にでもなってみようかと思ってただけよ」
「……え」
「でも、辞めたわ。だって星になって頑張らなきゃいけないなら、あったかいココアがある方がまだマシだわ」
そう言って私は、手元のぬるくなったココアを飲み干した。
おわり
『ぬくもりの記憶』
あったか、ほこほこ、ぽっかぽか。
これが僕のぬくもりの記憶だ。
ずっとずっと子供の頃、おまじないのように唱えていた言葉。
あったか、ほこほこ、ぽっかぽか。
具体的にどんな事をした、なんてのは覚えていない。
しかし、冬に体が温まったときとか、心が嬉しいと思ったとき、僕は必ずこういった言葉が浮かぶ。
「だから、僕は……みんなにもお裾分けしたかったんだ」
「だからって街なかで誰それ構わず、カイロを配り歩くのマジで辞めてくれ。幼児に声を掛けて不審者扱いされた幼馴染の事情聴取する警察の俺の気持ち考えて事ある?」
「君が警察官で本当に良かったよ」
「せめてお前がヤクザ顔負けの強面じゃなけりゃあなぁ……」
おわり
『凍える指先』
吐息が白い。
凍える指先が、君に触れることなく氷となって崩れ落ちた。
凍氷病、という奇病が全国に広がっている。
文字通り、生き物の体が氷のように凍ってしまう奇病だ。
どこから発生したのか分からない凍氷病は、とある冬の日を境にまたたく間に日本中へと蔓延した。
……もはや日本は氷像だけが立ち並ぶ廃都と化した。
そんな中で、君と僕だけが無事だった……だった、のだ。
「ばあちゃんが健康に良いから絶対に毎日食べろ、そういったキムチが凍氷病予防に繋がるなんてねぇ。まだ、凍氷病の解決手段は見つかってないけど、キムチがあるうちに探さなきゃだねぇ……作りためしてたばあちゃんのキムチだって、ずっと有るわけじゃないし」
「……そうだね」
「なぁに? 湿気た顔して。このペースなら、あと半年は持つね!って話したじゃーん? 大丈夫、大丈夫! なんとかなるって!」
「……うん」
君はいつも楽観的で、逆に僕は悲観的だった。
昔の事だ。
僕らは小学校の遠足で崖の上から落ちた事がある。落ちた理由は避けようがない自然災害だったので省くが、僕は滅茶苦茶パニックになった。
あぁ、もうここで死んでしまうんだ。そう途方に暮れた僕に、彼女は言ったのだ。
五体満足で生きてるなんてラッキー! さぁ、早くみんなの所に戻ろうよ!! まだまだ日が暮れるには時間があるよ!
僕らは真反対だ。
常に悪い想像をしてしまう僕と、希望を胸に抱いて諦めない君。
……だから、僕はこの判断を間違ったものだとは、思わなかった。
僕は初めて、諦めなかった。
そう、僕は君を、信じたのだ。
だから、そんなに泣かないで欲しい。
「なんで!! ねぇ! なんで!!?」
僕の身体が、右腕がバラバラの氷片となって散らばっている。
先程、降ってきた障害物を避けようと君を押し出したときに、既に氷となってしまった右腕にヒビが入って無理に動かしたから砕けちってしまったのだ。
「キムチ! 食べなかったの!? 食べたって言ってたじゃん!!」
とても声が出しにくい。
あぁ、もう声帯まで凍りかけているのか。
右目の瞼が閉じられない。
あぁ、最後に見るのは、君の笑顔が良かったのに。上手くいかないなぁ……。
「僕は諦めたんじゃない。君に託したんだよ」
「待って! 何を言って……っ!!」
「凍氷病の治療法……もう見つけてたよね? 知ってるよ。でも、半年じゃ足りなかった。君は二人で助かりたかった。諦めなかった。半年で助かる方法を見つけようとしてた……だから、だからだよ」
「そんな! 嫌! 嫌だよ!! ひとりぼっちは嫌だよ!!」
「大丈夫だよ。また会える。君なら出来る。治療法を完成させられる。言っただろ? 僕は諦めたんじゃない、君に託したんだって」
あぁ、もう両眼の瞼が閉じられない。
声が……声を出そうとする度に、パキリパキリと嫌な音が響く。
「しん、じて……る」
それだけ言うと僕の意識は真っ白になった。
完全に凍りついたのだ。
怖くはなかった。
だって、僕は信じていたから。
ほら、今にだって……。
「やぁ、おはよう」
「バカ、本当にバカ」
「君なら大丈夫って信じてたよ」
ぼたぼたと大粒の涙を真珠のように零しながら、泣き笑いした君の笑顔を僕は見た。
おわり
『雪原の先へ』
雪原の先へ、僕らは足を踏み出した。
20XX年。
数年前、突如としてとして日本に到来した氷河期。
日本から四季が消え、僕らは年中冬服を着ることを強いられている。
コロナ下のマスクのように、当たり前にマフラーと手袋を身に着ける。
風が吹けば桶屋が儲かるというが、冬が続けばマフラーや手袋、コートを売る店が儲かった。
当時は混乱したものの、既にこれが日常となっている。
逆に、いま冬から四季が訪れたら、いくつかの冬服専門店が潰れるだろう。
だからこそ。
だから、こそ……僕は変なヤツなんだ。
周りが冬に慣れきって、当たり前になっている中。
……僕は春を未だに求め続けている。
僕には妹が居る。
目に入れても痛くないほど可愛い妹で、名前はサクラという。
サクラは死んだ。
元々、体が弱く病院に入院していた。寿命だって長くなかった。覚悟していたことだった。
だけど……。
“おにいちゃん、わたし、さくらがみたいわ”
妹の最期のお願いを、叶えてやれなかった事だけが、人生の心残りだった。
それを叶えられるなら、約束を果たせるなら、命なんかいらない。
サクラが死んだあと、死んだように息だけをする日々だった。
だから、僕は……僕らはここにいる。
僕らは変なヤツの集まりだ。
冬が当たり前になった世の中で、春を求めて旅に出よう、なんて。
「さぁ、みんな!! 安寧を捨てて、それでも追い求める浪漫がある冒険者たちよ! 準備はいいか!?」
「おぉーー!!!!」
十メートル先も見えないような吹雪。
止まない雪が振り続ける中、僕はコップに入った牛乳みたいな一面真っ白の雪原を歩き出した。
何人が足を縺れさせたり、体力の限界を迎え、それを支えながら歩く。
いったい、どのくらい歩いたのだろう。
みんなマフラーから覗く顔が真っ赤になり、ぼろぼろになっている。
そんな時だった。
誰の声が響いた。
「見ろ! 雪原の先があるぞ!!!」
全員がそちらを向く。
……みえた。確かに、みえたのだ。
真っ白いキャンバスみたいな一面に、白以外の色が!!!
どこにそんな体力が合ったんだってぐらい、僕らは勢い良く走り出した。
そして、
雪原の先へ、僕らは足を踏み出した。
「桜だ」
若草色の芝生に、雪の積もっていない薄紅色の桜の樹が、僕らを出迎えてくれた。
「あぁ、サクラ……見てるかい」
僕は急に力が抜けてその場に倒れ込む。
もう一歩も歩けないぐらいクタクタだ。
だけども、凄くいい気分で笑いながら、僕は目を閉じた。
おわり