過去は思い出したくない。
孤独だった過去を捨てたくて、ここに来たんだ。
ここに来て、家族のような人たちと出会って、大好きな彼と出会った。
私を大切だと言ってくれた人たち。
特別だと言ってくれた彼。
時々、ひとりになると遠い日を思い出してしまうけど。
私はもう、大丈夫。
おわり
五八七、遠い日のぬくもり
夕飯後のまどろみの時間。
恋人とリラックスする時間を作りたくて、アロマキャンドルを焚いた。
ほんのり甘い香りが心地良くて、ソファに並んで座っていた彼に体重を預ける。
ふうとキャンドルに優しく空気を送ると、ほのかに灯されている炎が踊り出す。
「ふふ」
炎のダンスが少し可愛くて、自然と笑ってしまった。
おわり
五八六、揺れるキャンドル
夜勤が終わって、病院の廊下の角を曲がる。
そのままゆっくりと歩いていると、窓の隙間から光が差し込んでいた。
部屋の中にこもっていたから、陽の光が目に入ると目の奥が痛い。
眉間を抑えて軽くマッサージをしてから、ゆっくり目を開ける。
仕事も終わったのだから早く帰ろう。
愛しい彼女が待っている。
おわり
五八五、光の回廊
シンシンと音のない音は都市を雪で化粧をしている音だった。
無垢な白が積もりに積もる姿に胸が締め付けられる。
私の気持ちもこんなふうに真っ白のままでいられたら良かったのに。
気になる彼への気持ちのように、どんどんそれはかさを増して降り積もっていた。
春になったらこの雪と一緒に彼への気持ちは溶けますか?
そう思ったら寂しくて、心が寒くて仕方がなくなると、熱い雫が頬を落ちていく。
無理だよ。
だってこんなに なんだもん。
おわり
五八四、降り積もる思い
髪の毛は伸ばさないんだけれど、この都市に来てすぐに水色のリボンを買った。
何かオシャレしなきゃ行けない時にうまく使えればなって思ったのと……。
私はケースに収まっている、あの時のリボンに手を置いてゆっくりとなぞる。
私にとって、ここに来た決意も込めて買ったものだ。
そして、視線を隣に置いた袋に送る。
それを取って袋から中にある新しい水色のリボンを取り出して、リボンを置いた。
自然と笑みが零れてしまう。
前はここに来た時に買った。
このリボンは、明日からの私のために用意した。
「片付け、終わりそ?」
突然、後ろから優しい声がかかる。
屈託のない恋人の笑顔が私を照らしてくれた。
私の様子を見てぷくっと頬を膨らませる。
「あー、その様子はサボってたなー。片付け終わんないと寝る場所なくなっちゃうぞー」
「バレちゃいましたか」
私は自然と彼に足を向けて彼の身体に寄りかかると、彼の頬が私の頭に当たって心地いい。
「そうなったら、あなたのとこに行きます」
それを伝えて彼を見上げると、彼も優しい瞳で私を見てくれていた。
もう、私はひとりじゃない。
おわり
五八三、時を結ぶリボン