『10年後の私から届いた手紙』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
“10年後の私から届いた手紙”
10年前の自分に
手紙が書けるとして
10年後の私は何を書くだろう
近況報告、後悔、お金儲け
1番最後のがもしかしたら1番伝えたいのかも
だけど
10年前の私はきっと挑戦しない
今の私と同じ人間なのだから
“A Letter From Me, Ten Years Ahead”
If I could write a letter
to myself ten years ago,
what would the me of ten years from now say?
Updates about my life,
regrets,
ways to make money —
maybe that last one
is what I’d want to share most.
But even so,
the me from ten years ago
probably wouldn’t take the leap.
After all,
he’s the same person I am now.
【書く練習】
今日の書く練習はお休みします。
寝不足ではきそう
10年後の私から届いた手紙
何気ない日々を過ごしてる
そんな今の私に
突然手紙が届いた
差出人は
どうやら10年後の私らしい。
10年の間にいろいろと
変化があったようだけど
一つ変わってなかったこと。
それは
大好きな人たちに
今も囲まれて過ごしていること。
そんな未来を私は
迎えれたら幸せ!
小学校の頃、今の自分の年ぐらいのときには結婚して子どももいると思っていた。現実は、家庭を築くどころか28年間1人も彼氏のいない人生を送っている。小学生の頃の私には、28歳のあなたは今必死に婚活をしていると教えてあげたい。きっと、10年後には結婚をして子供がいると思いたい。少しは、38歳の自分がどうしているか気にはなる。だけど、嫌でも(生きていたら)答えは分かる。だから、それまで見ないことにしよう
"10年後の私から届いた手紙"
静けさが恐ろしい夜だった。
ただ椅子に座り、静寂に身を任せて机のライトを見つめていた
目の前にはぐちゃぐちゃになった便箋と、インクの無くなったボールペン
痛い
乱暴に便箋を扱ったせいで浅いが手が切れていた
何がしたいのか
哀れな自らに同情して、侮蔑した。
ただ、ただ茫然として時間を無駄に浪費していた。
こんなことをして、何になる
御伽話に浮かされて、届いてほしいと希うなど抱腹絶倒。
愚かだ。
肺の澱んだ空気を一気に吐き出し
10年前へ届くことを祈って、ゴミ箱に放り出した
生きながらえてしまっています。
無様ながらにも生きることをやめる決心がつかないのです。体が、心がまだ生きることを望んでしまっているのです。あなたが、今もその後も苦しんでいるなか、私は生きています。
私たちは前世できっと大罪を犯してしまったのでしょう。なぜならこんなに苦しんでいるのに生きることをやめられないから。神への贖罪として私は生きることにしました。この選択があなたへ苦しみをうみますように。
「10年後の私から届いた手紙」
10年前の私へ
毎日イライラしているかもしれません。
泣いてるかもしているかもしれません。
絶望しているかもしれません。
けど、きっと大丈夫。
明日になったら、少しずつその気持ちもなくなります。
一年後には半分になっています。
10年後には全くなくなっています。
心配ご無用。
【10年後の私から届いた手紙】
10年後...
全く想像出来ない。
想像出来ないし、10年後の私が
何を、今の私に伝えたいのかすら分からない。
けれど、これはきっと書かれてるんだろうなって、
確信がもてるのものが一つ。
『いつだって、This is me.(=これが"私")と
胸を張って言える自分であれ』
これだけは、絶っ対に
書かれているんだろうな、と思う。
ねぇ、?
10年後の私。
あなたは今、「This is me.」と
胸を張って笑って言えていますか、?
私は"わたし"が笑っていてくれればそれだけで、
これ以上にないくらい、幸せです。
【10年後の私から届いた手紙】
10年後の手紙を、小学生の時に書いたんだけど、
その手紙、まだ開けていない。というか、その手紙の在り方も分からない。先生に預けて……どこに先生はやったのだろう。
もう、とっくのとうに10年なんて経っている。
僕の知らないところで同窓会とかあったのだろうか。
先生のただの気まぐれだったのだろうか。
どこかのお便りに載っていたのだろうか。
はたまた、まだ先なのだろうか。
このお題で小学生の頃の10年後の手紙を思い出しました。……結局、手紙は今も届かないです。
まあ、その当時に書いた時の下書きがあるから、いつでも見れるんですけどね。
え?KY(空気読めない)だって?知るか。だって、小学生の自分が「別に、どうせ先生の気まぐれだから、もう見ることなんてないだろ」と思って、せっかく書いたのだから、下書きは、卒業アルバムに挟んであります。とんだクソガキですね。
じゃあ、ちょっとした返事を書いておきます。
10年(+何年か)前の自分へ
まだ手紙届いてません。同窓会の情報は早めに受け取ってください。
あと、下書きは取っておかないでね。楽しみがなくなるよ。
10年(+何年か)後の自分より
郵便受けに入っていた一枚の手紙。
送り主は……私から?
おかしい、私は自分に手紙を書いた覚えはない。
新手のいたずらか詐欺だろうか?
恐る恐る手紙を開けて読んでみる。
"これを読んでいるってことは、無事に届いたってことね。私は10年後の私よ。10年後は、過去の自分に手紙を送る逆タイムカプセルが流行っているの。この手紙を送ったのには理由があって、それは……"
思わず、生唾を飲み込む。
10年後の私は、何を伝えるためにこの手紙を送ったのだろう?
覚悟を決め、続きを読む。
"10年後の私はイボ痔になってしまったから、過去の私はイボ痔にならないように、しっかりお尻を洗ってね!"
……なんじゃそりゃ。
わざわざそんなことを知らせるために、10年前の私に手紙を送るなんて……。
もっと、伝えることあるんじゃないの?
まぁ……イボ痔は嫌だし、気をつけておこう。
この日から、私はお尻をいつもよりしっかり洗うことを心掛けた。
お願いよ〇〇年後のネタバレは
生きるヒントでとどめて下さい
そうなのよ〇〇年後の楽しみは
ことの顛末 バチの当たり方
#10年後の私から届いた手紙
10年後の私から届いた手紙
もし本当に私からの手紙なら
突飛なことは
書かないだろう
10年前も
10年先も
私は陸続きだから
あなたはあまり変わらない
なるようになる
やはりそうか
でも世の中は変わるよ
コロッと変わる
10年後が楽しみだねぇ
なんだか本当に
楽しみになって来た
「10年後の私から届いた手紙」
10年前小さな娘との日々を大切にしてね巣立ちは早くて
あどけない笑顔で抱っこをせがむ子ら抱きしめる日々
大切な日々
『10年後の私から届いた手紙』
10年後の私から届いた手紙は、たったの色褪せた半紙一枚だった。
“バカ”と一言書かれた紙にくすりと笑みが溢れる。
「バカはいったいどっちよ」
こみ上げてくる当時の想いに涙がこみ上げてくる。
すん、と鼻を啜った。胸が熱くなる。
——あぁ、まだ当時の思いはココにあるんだ。
ぎゅっと煩い心臓を強く抱きしめた。
○○○
10年前。
私は二つの道を迫られていた。
一つは確実で堅実な道。
……ただし、つまらない人生になる。
もう一つは危険で不確かな道。
……それでも私は夢を追いかけたかった。
ネイルアート。
爪にお化粧をする仕事。
『どうして趣味に留めて置かないの?』
何度も何度も、親や友達からそう言われた。
諦めようと、そのとおりだと……でも、諦め切れない私がいた。
そんなとき、一人だけ言ってくれた人が居る。
『人生、いつ死ぬかなんて分からないんだから、明日死んでも後悔無い道を選びなよ』
いつも花に水をやっている、どこにでもいる平穏な青年だった。
平和を求める、刺激や夢を追わないような彼がそう言うのには驚かされたが、それもそのはずだ。
あとになって思う。
彼は知っていたのだ。どんなに美しく咲く花も一瞬で枯れる。どんな花も永遠には咲き続けられない。
——命には、終わりがある。
と。
彼の言葉に背を押されたような気持ちになった私は、ネイルアートの世界に飛び込んだ。
色んな事があった。もうやめたいと、涙で枕を濡らす夜が続いた。それでもこの仕事を続けていたのは、きっと彼の一言があったからだ。
明日、死ぬなら……私は。
あと一日だけ、あと一日だけ。
私は、まだ夢を追っていたいのだ。
そんな気持ちで人生を一歩ずつ歩んで、十年が過ぎた。
私は、この決断を後悔なんてしない。
手元にある紙に笑いかける。
この紙は、過去の私が決別のために書いたものだ。
安定した道を外れて、夢を追いかける私に向けて書いたもの。
そうだ、私はバカだ。
でも、それでいいじゃないか。それがなんなんだ、やってやる!!
そんな気持ちで壁に貼って奮起していた、私宛の手紙。
いつの間にか剥がれて机の奥にしまいこんでいたもの。
「もう、これは要らないかな」
綺麗に折りたたんで、ゴミ箱へそっと滑らした。
10年前の私が笑って許してくれている姿がそこにはあった。
おわり
手紙には新聞から切り取られた「お悔やみの欄」に載る自分の名前があった。そして未来の私?(私は死んでる筈だから母からだろうか?) から一言。
「よく頑張ったね」
未来の技術でも文字数制限があるのだろうか。
簡潔な一文だけだった。
題『10年後の私から届いた手紙』
今日まで生きたなら
人生全うしろ
しんどくたっていい
苦しくたっていい
何度も前を向いてきたろ
またそうやって
明日を生きろ
夕方、いつも通りに郵便受けを開けると、見慣れない封筒が混じっていた。
広告でも請求書でもない。
わずかに厚みのある紙。
白というより、時間を一度くぐり抜けたような淡い生成り。
封筒の縁はかすかに擦れている。
遠い距離を移動してきた痕跡。
裏返す。消印はない。
切手もない。
どうやって届いたのか——
そう考えた瞬間、思考がひとつ深い層へ沈む。
差出人欄を見た途端、
喉の奥が狭まり、眉がわずかに寄る。
見慣れているはずの、自分の筆跡。
けれど、こんなものを書いた覚えはない。
線には迷いがない。
今の私より、少しだけ筆圧が強い。
そこには、こうある。
“十年前のあなたへ”
時間が反転する。
過去へ。
十年前の私へ。
——ということは。
これは、私が書いたものなのか。
それとも、これから書くことになるものなのか。
いたずらだろうか。
いや、それにしては正確すぎる。
模倣ではない。
継続だ。
同じ手が、同じ癖のまま、
ただ十年ぶん呼吸を重ねただけの筆跡。
未来なんて、知らなくていい。
今日をやり過ごすだけで、十分なのに。
それでも私は、
何かを変えてしまう地点に立っている。
封筒は妙に重い。
中身は紙一枚に違いない。
それでもそこには、「読んだら戻れない」という質量がある。
もし、
あの選択は間違いだったと書かれていたら。
守れなかったものの名が並んでいたら。
あるいは逆に、
あの夜の涙は無駄ではなかったと静かに肯定されていたら。
どちらも怖い。
後悔の確定も、
救済の確定も、
等しく現在を侵食する。
封の糊を指先でなぞる。
まだ破っていないのに、
心臓だけが先に読んでしまっている。
「届けてきた」という事実が、いちばん厄介だ。
未来の私が、
わざわざ十年前の自分に言葉を送る理由。
慰めか。
謝罪か。
警告か。
——いや。
安易な励ましだけを送るほど、
私は単純ではない。
書くという行為は、沈黙より重い。
封筒の端が、ほんのわずかに浮く。
手が止まる。
いまの私は、まだ両側に立っていられる。
過去でもあり、未来でもある場所に。
この閉じた紙片の内側には、
十年ぶんの選択と沈黙が折りたたまれている。
呼吸を整える。
鼓動が落ち着くのを待つ。
開けるか。
戻すか。
書き直すか。
時間はまだ、封の内側で静かに折り目を守っている。
私は怖くなり、封筒をテーブルに置く。
封は破らない。
代わりに、新しい紙を出す。
「十年先のあなたへ」
書き始めた瞬間、手が止まる。
もし、
今すぐ知らなければならない何かが、
あの中にあるとしたら。
私は意を決して封を切る。
中から出てきたのは、折りたたまれた白紙。
何も書かれていない。
折り目をひとつずつ開いていくと、
その中心に包まれていたのは、
小さな黒い矩形。
SDカード。
指先でつまむ。
軽い。
なのに、重い。
再生するかどうかで、
また時間が固まる。
プレイヤーに差し込む。
小さなクリック音。
数秒の無音。
それだけで、呼吸が浅くなる。
そして——あの前奏。
一瞬でわかる。
身体が一音目で識別する。
旋律が流れ出すと、
部屋の空気がゆっくりと書き換わる。
いまの家具。
いまの壁。
いまの夕方。
それらが、薄く透ける。
あの日の光の角度。
あの人の指先。
言葉にならなかった震え。
未来の自分が送ってきたのは、
警告でも慰めでもなかった。
ただひとつ。
「忘れていない」という証明。
曲名はない。
歌もない。
あの人が私をモチーフにして作った曲。
あの日の私、そのもの。
SDカードに入っていたのは、
未来の予告でも、未練の確認でもない。
「まだ消えていない」という事実。
曲を最後まで聴く。
涙は出ない。
ただ、身体のどこかが
確かに温度を思い出す。
プレイヤーを止める。
SDカードを抜く。
テーブルに置く。
そして、気づく。
——これは未来からの手紙ではない。
「私は誰かの中で、確かに存在した」
という、現在形の証明。
未来を知る必要はない。
すでに私は、
時間を越えて残っている。
静かに。
名前も持たずに。
題 10年後の私から届いた手紙
いつものようにポストを確認すると、今日は珍しく手紙が入っていた。久しぶりに受け取る手紙にわくわくしつつ裏面を見てみると、差出人はなんと私と同姓同名。気になってその場で開いてみると、どうやら10年後の私が今の私へ宛てて書いた手紙らしい。10年後は過去に手紙を送ることができるようになるのかと感心した。さらにその技術を編み出したのは私自身だという。手紙は3枚に渡って綴られている。ひとまず家に入ってから続きを読むとしよう。
お題:10年後の私から届いた手紙
【個人的なメモ】
加筆・修正して話を展開させたい
突如、世界中で10年後の自分から手紙が届くなんて異常現象が起こった。
最初はみんな疑ってた、けど明らかに一致しているし、自分以外誰も知らない情報が書かれていたとか。
ネットやテレビでは、なんちゃら効果とか、陰謀論とかが囁かれてる。よく分からないけど。
私の両親もお手紙来てたんだって、友達も、親戚も、隣のベッドの人も、看護師の人も。
いいな、羨ましいな!
10年後の自分から届いた手紙には、一体どんな事が書かれてるんだろう?
今のうちに、たくさん勉強しなさい!とか?
次のオリンピックここだよ!とか、二年後のいついつに運命の人に出会うよ!とかかなぁ?
あぁ、想像するだけでみんなが余計羨ましく感じる。
でも、仕方ないよね。
だって、私の余命はあと一週間だから。
死んだ人が、お手紙を書けるはずがない。
…羨ましいなぁ。
前略 なんとか細々生きてます。
国民年金基金、無理してでも掛けとけば良かったね、いまさらだけど。
想像してた通り終活も進んでません。
気が向いたらまた手紙書きます。 草々
追伸 相変わらずヘタな短歌作ってます。
案の定捗らないよ終活は取り敢えず生きてはいるけどね
#十年後の私から届いた手紙