「このように、この生物界では食物連鎖が行われています」
教科書にも書かれているピラミッドを、黒板にもわざわざ書いた先生が話を始める。お世辞にも上手いと言えない絵は、もはや教科書の補助なしではわからない。わかるのはそれぞれの大きさが違うってことだけ。下層のひとつなんてチョークを軽く塗りつぶしただけ。
「食物連鎖の興味深いところは、最上部にいる動物も食うだけではないということですね。みんな食って食われる関係にあります。植物や微生物なんかは、草食動物に食べられるのが一般的です。細かくみれば間に植物が入ることもあります。そして、草食動物を食べるのは肉食動物です」
タブレットから画像を検索する。「食物連鎖」と検索すればピラミッドのイラストやら、動植物の写真に矢印をつけた資料がすぐに見つかる。
先生は黒板に向かって話し始める。
「この連鎖のイメージとしては、海の場合ミジンコなどの微生物、小魚、鯨、陸地の場合は草、うさぎ、ライオンがわかりやすいですかね」
どうやらチョークの塗りつぶしはミジンコのようだ。
「そして、鯨やライオンなどの動物が死ぬと養分となって、微生物や草の成長になったり増殖させたりします」
へーと思う。ピラミッドより輪っかで表してくれればいいのに。
「この世界は弱肉強食と言われますが、絶滅するのはこの連鎖から外れたためという考えもあるくらい、この循環は大切なものです。といってもある一説程度で教科書に載せるだけの根拠はまだ見つかってません。ということでテストには出しません」
先生は「教える」先生ではなく「調べる」先生になりたかった人だ。ただ、なりたかったものに今でも時々引っ張られていると思う。
検索した画像をスクロールしていく。
ミジンコを見つける。やっぱり全然違う。何気なくそのサイトを読んでいく。
たくさんの人が住んでいるこの地球も
はじまりは小さな命でした。
ギャー、ギャー、ウッウッ、ギャー
「よーしよし、大丈夫だよー」
彼に手をのばす
「お腹空いたのかな、おしっこかな、それとも寂しかったとか?」
ウーッ、ギャー、ギャー
抱きかかえるとまずお尻に触れるのはいつの間にかついた癖だった
おむつは膨らんでないみたい
「お腹空いたの?」
まっすぐ目を合わせて喋るようにしているが、その後ろでアルコールシートで手を拭いておく
よく褒められた細くて長い指を1本、彼の唇に持っていく
それを吸うようにチュッチュッしてくる
「お腹空いたのね」
彼に言っているようで、自分に確認する癖もついてしまった
何か忘れてそうで、やらかしてそうで不安なのだ
彼に差し出すと、意味があるのかわからない小さな手を添えて勢いよくチューっと吸い上げる
テンポよく背中をタッチする手は止められない
満足したのか、口を離してグイーと押している
「もういいの、そっか」
彼を肩に寄せて、先ほどよりも少し強めに叩き続ける
ケッ
今日は早くて助かる
今度は弱めに背中をタップする
トントントン、トントン
彼はスイッチの切り替えが早い
お腹が空くのも、おしっこするのも、眠るのも
手を離したと気づくことも
まぶたが落ちてピクピクしている姿を見ながら
ベッドへとそっと置く
お腹をトントンと、手をのせる感覚でリズムを伝える
満足気にすやすや眠る姿を見て、染ったように顔がほころぶ
おやすみ、私も一緒に寝るから
大好きよ
14歳にして、学校は6校目
何回「転校生」になっても慣れない
小学生の頃は3回変わった
毎回不安だったし、不登校になった時もある
親は行きたくなったらでいいと行ってくれたから甘えてた
そのときは8ヶ月で引っ越した
もしかしたら僕のためだったのかもと思う
中学入学のときは引っ越しなしだったから
知り合いもいたし、学校の噂も事前に知ることができた
入ったら噂よりも落ち着いていたけど
噂は広まる何かがなければダメなんだと実感した
明日からは見慣れない学校に行く
パンフレットはもらった
モデル校みたいな表紙だけ見てやめた
学校側の紹介は、中の生徒の感想とは違う
今回は両親と話しあって初の私立になった
学習はスピードが学校によって違うから自分でしたほうが楽だと小学生の時に学んだ
だから、勉強はそこそこできたから試験はパスできた
前の学校で入っていたテニス部はないらしい
部活はどうしよう
雰囲気はどんな感じなのか
どんなキャラが馴染めるのか
新しい学校は楽しみと不安とめんどくささがある
また、僕という人間を売り出して作り上げていかなければいけない
駅前に2段だけの階段がある
なぜ?と思うが生まれた頃にはできていた駅だから私は知らない
それほど古い路線ではなく、後付けの駅だから
おそらくもともとあった建物だと思う
見慣れたはずの景色に、違和感をおぼえる
なんだろう……
大学に行くために歩は緩めない
2限目からだから、朝は遅い
人はまばらだが、一瞬みんなが見る方向がある
女の子がいる
ただそこにいる
泣いてはいない、てか全然動かない
どこかに意識が飛んでいるかのようにぼーとしている
誰も声をかけない
どこか近づけない、面倒事に巻き込まれそうな予感がする
ぼさぼさの髪に、汚れがついて着古された服
足はまさかの裸足だ
手に持っているぬいぐるみだけがなぜか綺麗だ
大人はみんなちらりと彼女に目を向ける
……ただ、誰も彼女に声はかけない
見ていられないのは少女よりも大人たちのほうかもしれない
ふっ、ぬ、うつ
じわー
おっ
ま、ラッキーかも
そこそこ柔らかいとこにいるみたい
ちょっとぬめーってしてて気持ち悪い気もするけど
手を離されたらどこにいくかわからない
最期を決める大事な瞬間なのに
身を任せる以外に僕たちは無力だ
踏ん張ったって頑張ったって、大きな力には勝てない
固いものに乗っかると、衝撃があったときに耐えられなさそう
バラバラになるらしい
仲間の上に乗っかることもあるらしい
そこにいられれば幸せだけど
熱々の中でじりじりとした痛みの中で体が分裂していくこともあると聞いた
どうやら僕はちょっとばかし気持ちの悪い柔らかな空間に吸い込まれていくのだろう
……分裂するのかな、吸われていくのかな
不安はあるけど、今はこの柔らかさに身を投げ出してぐるぐるループから逃げ出したい
うっ、ぬちゃ、じわー、おえ