黒髪のエルフが細身の剣で大群に切り込んでいく。
敵の数は未知数。まるで何かに追われているかのように、小さな悪魔の群れは沸いて出てきた。
「シーナ、下がれ!」
「うん!」
すぐさま防御魔法陣を作り、シーナは両手にナイフを取り出した。2つ地面に突き刺し地の精霊に祈る。
「なんて数…」
弱いものはすぐさま弾けかれて飛んでいく。だが、壁を破ってくる大型は、魔力干渉と共に最前線のギールスと刃を合わせていた。こちらが雷を一つ一つぶつけていても埒が明かない。
「ミレーヌ!」
見知った少女が棒を手を飛び込んできた。結ったか髪がほどけ生傷を癒す暇もないようだ。
「ひとかたまりになって。守りの結界を作るわ」
「それが…!」
全員に付加をつけるつもりだった。ミレーヌが不安げに振り返る。
「スペアくんが居ないの!」
「うそ!さっきのではぐれた!?」
転移の罠がここでぶつかったのだ。考えうる最悪な状況だった。デーモン達のギャァギャァと甲高い鳴き声が続いている。
「カノンとヴィルは…」
「二人は無事だと、思う」
なんだかんだ、彼らは運が最高値にいい。魔物の群れに残しても無傷で帰ってくるような二人だ。
ギールスが一匹片付け、シーナの近くまで跳んできた。「いけるか」
「いけるかどうとかじゃないのよ、行くのよ」
前衛二人、後衛一人。バランス的には丁度良い。
すぐさまシーナの魔術が身体を取り巻いていく。
「いい返事だ」
二人は2手に分かれて大きなリザードに切り込んでいった。
王宮の使者としてやってきたのは…かつて巫女隠しの村での後処理を預かってくれた青年だった。宿屋でミレーヌはパタパタと彼を迎える。
「あ、えーと。あのときはどうも。えーと…」
「ゼアル、だ」
「ゼアル…さん」
2人に気まずい沈黙が流れる。おかしい。そんなに物覚えが悪い訳でもないのに、彼の存在感のなさ…いや、もやっとした感じはなんなんだろう。(私ったら若いのに…)ミレーヌは1人で反省会をする。
「ほかの人は?」
「みんな出払ってます」
背の高い彼は近くまでは来ない。宿屋の部屋の入り口からは足を踏み入れないのだ。少しほっとした。
(青い髪…珍しい)
と、思ったけど。彼は他のことを考えているようだった。
小さな人間を3人拾ったのは、瘴気を含んだ地方独特の雨が降っていた時だった。
2人は軽傷だったが、1人の少女は腹部に大きな出血があった。
背負われた娘に意識はある。だが血の気の引いた額に髪は張り付き、荒い呼吸を繰り返していた。朦朧とした瞳にもはや覇気はない。
「お願い、します。助けて下さい…」
旅人か家出か。こんな森の奥地に、地を知った村人でもあるまい。小柄であったが1人は戦士だろう。マントの下から薄い帷子の音がする。3人は酷く疲れていたようだった。
この俺が人助けだと。故郷も追われ長く独りのはぐれが。
「悪いが…」
雨よけの付加のかかった魔法壁の外で子供達の息を呑む音がする。
1人が物分かりよく目を逸らし、もう1人が目に涙を浮かべた頃だった。
「何よ!偏屈ね!これだから森の年寄りって言われるのよ」
甲高い声がした。驚いた。手の平ほどの妖精が娘の衣服から飛び出してきたのだ。
「お前…妖精か」
「まぁっ。田舎もんね、エーナスも知らないの」
知るかっ! 男は髪をうっとおしく掻き上げる。
確かによく見れば妖精の類とは違うようだが…
「妖精だかエーナスだかどうでもいい。お得意の回復魔法をそいつらに掛けてやればいいだろう」
「できないから困ってるんだってば!」
改めて理解した。彼ら3人を雨から守っているのはこの妖精…いや、エーナスとやらなのか。特殊な場合を除き魔法は一度に1つしか発動しない。
「助けてもらう態度か、それが…」
そう言った途端、少年が泥の地面に崩れるように膝まづいた。
「お願いします!このままじゃ、ミレーヌが…!!」
懇願だった。人間には詳しくないが、子供にやらせるには余りに胸糞の悪い光景…。
雨はまだ続いている。
ああ、しまった。やられた。
…なんなんだ今日は…。もう後には引けない。
黒髪の森の偏屈老人。もといギールスの、よく分からない旅の道連れとは、この氷雨の中出会ったのだった。
焦がれ望む背中をひたすら走り。空を跳び山を駆けて、休む時は火を囲む。
食事を渡した時の指先だけは忘れられなくて、寄せた肩の骨は思い出せるのに、振り向いた時の声は遠い。いつか記憶は沈む。忘れたわけじゃない。時が埋もれさせていくのだ。
思い出なんてなければいいなんて。もう思わない。
ささやかな願いを闇が落ちる度に曇天のたびに満る雨水に駆る。祈るほど信仰心厚くはないから、悪霊に魂を売るほど純粋ではないから、ひたすら走るあなたに付いていきたい。