『枯葉』
しゃくり、しゃくり。
これは枯れ葉を踏む小粋な音、ではない。
しゃくり、しゃくり。ごっくん。
目の前の化物が枯れ葉を食み、飲み下す音である。
○○○
今は冬。つとめて、つまり朝が趣深いと過去に生きる者が語った、冬の早朝のこと。
まだ人々が寝静まる中、私は趣味で書いている執筆の具合が良くなく、ふと気分を変えるために散歩にでも出かけるか、と家を出て、いつもの散歩道を歩くなか、ソレに出会った。
ぶよぶととした線の不確かなな躰、ぎょろりと複数の視線が忙しなく動くカラフルな目玉、人間一体分はまるまる入りそうな大きな口に、似合わないほど純白な白い欠けの無い大きな歯。
化物は、しゃくりしゃくりと枯れ葉を食んでいる。
——いや、これは本当に枯れ葉か?
そもそも今は真冬だ。
先日、雪だって降った。積もった雪で近所の子供が雪だるまを作って遊んでいたのを覚えている。
では、私が枯れ葉だと思っていたものの正体とはなんだ?
強く頭が警鐘を鳴らし続ける。
見てはいけない、知ってはいけない。
……戻れなくなるぞ。
ごくりと口に溢れる唾を飲み込む。心臓が金のようにバクバクと打ち鳴らし、ハァハァと呼吸が乱れている。
心臓を掴んだ手は指先が白くなり、瞬き出来ない目に充血がたまる。
猫は好奇心で死ぬという、
ならば、作家は猫の一種なのだろう。
知らねば生きられるというが、作家という生き物は、難儀なことに知らねば心が死ぬのだ。
そして私は見た。
見てしまった。
……枯れ葉の正体は——。
くしゃり、くしゃり、ごくん。
私の視界は真っ暗になり、体の感覚は虚空の闇へと消えた。
おわり
『今日にさよなら』
今日にさよなら、明日にこんにちは。
そして、お前とクロスカウンター。
○○○
男には、どうしても譲れないものがある。
——女だ。
クラスのマドンナ、リリちゃん。
『私、強い男が好きなの』
その一言で全ては始まった。
不良校と言われる、この高校で。誰が一番強い男かを決める決定戦が勃発。
最後に残ったのは、俺と親友の二人だった。
「やっぱ、おめぇが残ったかよ……」
「ああ、そうだ」
「へっ。オレっちは、負けるつもりはねぇぜ。恨むなよぉ~」
「それは俺の台詞だ」
親友はヘラヘラした顔をしているが、目だけが強く生命力の強い蛇のように光っていた。
肉体的には俺の方が上だ。だが、親友は蛇のようにトリッキーな動きをする。
細めの体格に油断した不良達が、次々と狩られて行ったのを知っており、俺の体に緊張が走る。
——勝負は一瞬だった。
どちらも動けぬ攻防。視線での読み合い。
……次で決めよう。
お互いにボロボロになりながら、目線だけで会話した。
そして決まったクロスカウンター。
ガンガンと鳴り響く頭痛に、鉄の味が広がる口内。熱された鉄板のように熱い身体に、倒れそうになるが気合で持ちこたえようとする。
絶対に勝つのだ、俺が。
そんなときだった。
またもや、クラスのマドンナであるリリちゃんが言った。
「でも、やっぱりぃ、リリはお金持ちが良いかなぁ」
ふつりと切れた精神の糸、薄れゆく視界に親友の呆けた顔が見える。お前もか、分かるぜ、その気持ち。親友。
クロスカウンター。
今日にさよなら、明日にこんにちは。
愚痴なんて男らしくないが、今だけは。
一言だけ言わせてくれ。
——そりゃ、無いぜ。リリちゃん。
おわり
『お気に入り』
お気に入りのカップ、お気に入りの本、お気に入りのぬいぐるみ、お気に入りの場所、お気に入りの言葉。
人には、それぞれたくさんのお気に入りがある。
……だけど、それがなんだっていうんだ。
○○○
「お気に入りって、なんだと思う?」
「なぁに?? 哲学的な問題? むつかしぃ~!」
僕の問いに、目の前の幼馴染はヘラヘラと笑った顔で変顔を向けてくる。
思わずイラッとしたので、脱色しまくってキシキシになった髪を引っ張ってやった。
「いたぁーい」
「嘘つけ」
チっと軽く舌打ちをして頬杖をつく。教室の窓は夕暮れの景色を映し出し、空を烏が飛んでいく姿が見えた。
「この席、後ろの窓際って先生に見つかりにくくて良いよねぇ。俺、ここの席、お気に入りだなぁ」
「僕の席なんだが……」
「かーえーて?」
「……先生に言え、先生に。なあ、お気に入りって、好きとは、どう違うんだ」
僕の問いに不思議そうにアイツは首を傾げる。
幼馴染の耳からジャラリとアクセサリーの音が揺れる音がなった。……また、増えてる。
「とっても、好き……みたいな?」
「それは、大好きというのでは無いか?」
「んーと、んーとじゃあ~。なんか継続的に好き、とか?」
「それは、ずっと好きと、何が違うんだ?」
「うーうーーー!!」
しまいには頭を抱え込んで悩んでしまった。
……結局、お気に入りなんて、こんなものか。
どこか肩透かしのような落胆してつまらない気持ちに、唇を尖らせる。僕はいったい、何を期待していたのだろうか。
「あ! わかった!!」
「…………何だ?」
あまり期待せずに、目線だけそちらに動かした。
アイツはキラキラとした真ん丸な大きな瞳と、ニンマリと大きく笑った唇を開く。
「俺専用です!! みたいな! 好き!!」
「は? それは……それは、その……」
上手く言葉が出なかった。何かが違うような、だけど何かが掠って触れているような。そんな気がしたから。
「だからね、俺は、君がお気に入りの友達だよ!! 幼馴染だし!! 俺専用の好き!!」
アイツの屈託ない笑みに、目を丸くする。
思わず口元が緩みそうになり、手で抑えて隠す。
「そうか……」
「うん」
「そうか」
「うん!!」
「お気に入りって、良いものだな」
「えへへ!」
「帰ろうか」
「うん!」
きっと、大人になったら色んな事が変わっていってしまう。
会わなくなる人が増えて、好きが好きじゃなくなっていって。
じゃあ、そんな感情になんの意味があるんだろうか。
そんな事をふと考えて……不貞腐れて。
そして、いま。気づいた。
あぁ、でも。僕は未来じゃなくて、現在を生きているんだと。
だから、きっと、これでいい。
いつか変わってしまうとしても、過去が変わらないなら。
僕の事をお気に入りと言ってくれたことを、嬉しく思おう。
嬉しく思ったことを、忘れないでいよう。
沈む夕陽を見ながら、帰り支度を急ぐ幼馴染の隣で、そう思ったのだ。
おわり
『誰よりも』
誰よりも自由に空を飛びたかった。
——ただ、それだけだった。
○○○
とある学校の屋上から、一人の生徒が飛び降りた。
遺書などは見つけられず、またイジメなども無かった。
どうして生徒が自ら命を断ったのか、知るものはいない。
おわり
『10年後の私から届いた手紙』
10年後の私から届いた手紙は、たったの色褪せた半紙一枚だった。
“バカ”と一言書かれた紙にくすりと笑みが溢れる。
「バカはいったいどっちよ」
こみ上げてくる当時の想いに涙がこみ上げてくる。
すん、と鼻を啜った。胸が熱くなる。
——あぁ、まだ当時の思いはココにあるんだ。
ぎゅっと煩い心臓を強く抱きしめた。
○○○
10年前。
私は二つの道を迫られていた。
一つは確実で堅実な道。
……ただし、つまらない人生になる。
もう一つは危険で不確かな道。
……それでも私は夢を追いかけたかった。
ネイルアート。
爪にお化粧をする仕事。
『どうして趣味に留めて置かないの?』
何度も何度も、親や友達からそう言われた。
諦めようと、そのとおりだと……でも、諦め切れない私がいた。
そんなとき、一人だけ言ってくれた人が居る。
『人生、いつ死ぬかなんて分からないんだから、明日死んでも後悔無い道を選びなよ』
いつも花に水をやっている、どこにでもいる平穏な青年だった。
平和を求める、刺激や夢を追わないような彼がそう言うのには驚かされたが、それもそのはずだ。
あとになって思う。
彼は知っていたのだ。どんなに美しく咲く花も一瞬で枯れる。どんな花も永遠には咲き続けられない。
——命には、終わりがある。
と。
彼の言葉に背を押されたような気持ちになった私は、ネイルアートの世界に飛び込んだ。
色んな事があった。もうやめたいと、涙で枕を濡らす夜が続いた。それでもこの仕事を続けていたのは、きっと彼の一言があったからだ。
明日、死ぬなら……私は。
あと一日だけ、あと一日だけ。
私は、まだ夢を追っていたいのだ。
そんな気持ちで人生を一歩ずつ歩んで、十年が過ぎた。
私は、この決断を後悔なんてしない。
手元にある紙に笑いかける。
この紙は、過去の私が決別のために書いたものだ。
安定した道を外れて、夢を追いかける私に向けて書いたもの。
そうだ、私はバカだ。
でも、それでいいじゃないか。それがなんなんだ、やってやる!!
そんな気持ちで壁に貼って奮起していた、私宛の手紙。
いつの間にか剥がれて机の奥にしまいこんでいたもの。
「もう、これは要らないかな」
綺麗に折りたたんで、ゴミ箱へそっと滑らした。
10年前の私が笑って許してくれている姿がそこにはあった。
おわり