作家志望の高校生

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12/19/2025, 7:42:57 AM

忘れたい、忘れられない人がいる。昔、公園で出会った男の子。笑顔が可愛くて、ヒーローが好きで、太陽みたいに眩しい子。あの笑顔を、それを曇らせてしまったあの日を、僕は一生忘れることができないでいる。
たぶん、出会ったときからだと思う。僕は、彼が好きだった。あの頃は友達だと思っていたけど、今思えば友達なんかよりずっと好きだった。他の何より大切で、僕にとっての一番はいつだってあの子だった。
保育園も別、家も知らない。母親の顔も見たことがないし、他の友達がいるのかも知らない。公園に行けばいつもいて、僕が帰るまでの数十分、遊ぶだけの友達だった。けれど、その数十分が1日のどの時間より楽しくて、僕は毎日、今日は何をしようかと心を弾ませながら公園へ向かっていた。気が弱くて虐められていた僕に、たった一人、笑って絆創膏を差し出してくれた子。僕は、彼が好きだった。
そんな、ある日。僕は、彼を酷く傷つけた。理由は覚えていない。きっと、子供にありがちな些細な喧嘩だった。おもちゃの遊び順だとか、砂場の山を崩したとか、そんなの。でも、そんな下らない喧嘩が、僕らの間に永遠に埋まらない亀裂を作ってしまった。
それから僕は、彼と顔を合わせることも無くなった。公園に行かなくなったんだ。少し大きくなれば、僕にもたくさんの友達ができて、他の楽しいことを知って、僕は彼のことをどんどん忘れていった。でも、あの日の酷く傷ついたあの顔だけは、ずっと心の片隅に突き刺さったまま、抜けなかった。
どうして急にこんなことを思い出したのか。高校の入学式を終えた僕は、ぼすりとベッドに倒れ込んだ。
間違えるわけがない。あれは、きっと彼だ。今日、入学式の時に目の前に立っていた男の子。身長も、髪型も、何もかも昔と違うけれど、見間違えるはずがない。右目の下の泣き黒子と、項についた小さな傷痕。幼い頃のある日、彼が教えてくれた傷。
心の片隅でずっとずっと想い続けていた彼は、思ったよりも、拍子抜けするくらい普通の男子高校生だった。昔抱いていた彼への幻想も、全部まやかしだった。
でも、彼は今、そこにいる。あの日の傷付いた顔は、もうどこにもない。それだけで僕は酷く安堵して、心の片隅に刺さったまま、膿んでどうしようもなくなった傷が、少しだけ和らぐのだ。
話さなくていい。傍にいるのは僕じゃなくていい。彼が笑っている。それが、僕の心にある小さな傷を塞ぐ、唯一の絆創膏だった。

テーマ:心の片隅で

12/18/2025, 7:17:10 AM

しんしんと雪が降り積もる街の中、帰宅ラッシュの人の波に逆らうようにして、俺は人駅へ向かっていた。
何も見るところが無いベッドタウンの駅は、帰宅時になれば駅から降りてくる人ばかり。こんな時間から電車に乗るような変わり者はめったにいない。その例外が俺なのだが。
物珍しそうな駅員の視線を受けながら、ゆらゆらとこの身を電車で揺らした。少し離れた都市へと、疲れたようなサラリーマンと参考書をめくる学生で満ちた車内に一人乗り込んだ俺はまるで異物だ。周りの人々はそこまで気を配る余裕が無いのか、誰もこっちなんて気にしていやしない。そう思えば、少しは気も楽だった。
そうしてしばらく揺られ、着いた先で人々の波に乗りながら電車を降りる。もみくちゃにされそうになりながらホームを出れば、うっすらと雪の振りしきる中、もうすっかり誰も気にしなくなった駅のイルミネーションに目を奪われつつ、俺は早足でそれを後にした。
空も真っ暗になった頃、ようやく目的地に辿り着いた。目的地は、赤十字の光る病院。面会に来たと名前を伝え、病棟の中を歩く。薄暗い病棟内は何だか不気味で、街の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「……ん……入るぞ。」
少しだけ重たいドアを開けると、真っ白で無味乾燥な病室の真ん中、入院着を着た幼馴染が寝そべっている。返事は無い。当然だ。数週間前事故に遭った彼は、術後まだ目を覚ましていないのだから。
「……今日は雪振ってたよ。駅前のイルミネーションももう点いてた。」
日常の些細なことも、全部話して聞かせる。ほんの少しでも興味を持って、そのまま起き上がってはくれないかと淡い希望を持ちながら。
面会時間が終わるまで、俺はずっとそこで下らない話を一人でしていた。返事も無い、反応も、相槌も無い。前はうるさかったコイツの声も、もう忘れかけてしまった。
「……早く、目覚ませよな。」
お決まりのセリフ。いつもと変わらない、結局彼も目覚めないまま病院を後にする。
雪は、まだ振り続いていた。積もる雪が音を吸ってしまったかのように、街は酷く静かだ。
あの病室と変わらないような静けさが嫌になって、それを突き破るように足音を立てて走った。その音さえ雪に飲まれて、数秒後にはまた静寂が広がる。
溢れてくる涙が落ちるのを視界の端に映しながら、残酷な程の静寂に、俺はどうしようもない寂寥を感じては足を乱雑に振り下ろしていた。

テーマ:雪の静寂

12/17/2025, 7:16:31 AM

ぽつぽつと帰宅する者も出だした職員室、俺は一人頭を抱えていた。何人かの先生は気を使って声をかけてくれたりもしたが、大っぴらに相談するようなことでもないし曖昧に笑って誤魔化した。
新任の自分が担当するクラスは、基本皆とてもいい子だ。多少、自習中うるさいだとか授業中に内職していただとかで報告という名のお叱りは受けても、大きな問題行動は耳にしない。そんな中で、一人だけ俺の頭を悩ませる生徒がいたのだ。
彼は、別に不良なわけではない。成績はむしろいい方で、提出物の出はあまり良くないが、よく居る一般的な生徒だろう。けれど、とにかく心配になるのだ。進学という方向は辛うじて決まっているものの、行きたい学校も、分野も、大まかな将来の夢すら決まっていない。他の先生は普通だと笑うし、俺だって彼でさえなければそう思う。でも、彼はあまりに無気力すぎて気掛かりなのだ。
吹けば飛んでいきそうな彼は、未来への展望が何も見えない。そのせいなのか、彼自身に生きようという気概があまり見られないのだ。死ぬなら死んでいい、何かあったら死ねばいい。そんな危険な思想がちらついていて、ふわふわとした足取りが酷く不安定に思える。
だから、毎日毎日、俺は頭を悩ませていた。そんな中。ある知らせが入ってきて、俺は少しだけ、本当に少しだけ動揺した。
街の小さな絵画コンクールからの知らせだった。彼の作品が、そこで大賞を取ったという。いつの間に、なんて言葉が喉元まで出かけて飲み込んだ。その場では彼に賞状を手渡して少しの間褒めるだけに留めて、後日そのコンクールの展示会場へ作品を見に行った。
でかでかと飾られた彼の絵は、冷たい無機質さの中にどこか温かさを孕んでいて、素人目に見ても綺麗だった。何層にも塗り重ねられた絵の具の層をじっと見つめ、彼が少し見出したらしい未来を思う。
少しだけ未来へ歩き出したような彼に、俺は小さくガッツポーズをした。直接俺のせいではなくとも、彼がどこかで何かに触れて、それに光を見出してくれたことが堪らなく嬉しい。
彼の描いた未来への小さな光を眺めながら、俺は近付いてきたテストに向け、また生徒達と向き合おうと心に決めた。

テーマ:君が見た夢

12/16/2025, 7:06:34 AM

こつりと、爪先で小石を弄ぶ。塾帰りの夕暮れ、日はとうに落ちきって辺りは薄暗い。けれど何だか帰りたくなくて、公園のベンチでかれこれ1時間はこうしていた。
少し前にコンビニで買ってきたホットココアは、もう周囲の冷たい空気に温度を奪われて冷えている。重い息を吐きながら、また意味もなく小石を蹴飛ばした。
「君、そこで何してるの?」
眩しい光に顔を上げると、巡回中の警察官のようだ。親に連絡されるのでは、とか、補導されたら成績に響くかな、とかあらゆる不安が頭を駆け抜ける。
「こんな暗いとこいたら危ないでしょ。」
そう言った警官に腕を引かれ、俺はひとまず交番に連れて行かれた。交番内部では数人の警官が何か作業をしていたが、俺を連れた警官が入るとその手を止め、こちらへ近付いて来る。
「お疲れ。その子は?」
「雰囲気的に家出的な感じかなぁ……」
困ったように笑いながら頭を掻く彼に毒気を抜かれた俺は、ぽつぽつと話し出した。学校の雰囲気がなんとなく合わないこと、未来が不透明に思えて不安なこと、進学進学と押し付けられることへの不満、その全てを、警官達は静かに聞いてくれた。
「……そっか。ちょっと疲れちゃったか。」
そっと、控えめに頭を撫でられる。きっと、同性だから触れることへのハードルが低かったのだろう。その手にひどく安心して、何より求めていたものをもらえた気がして、俺は柄にもなく涙が止まらなくなった。
その後お茶を貰って、しばらく交番で温まった俺は家まで送ってもらった。特に未来のことが決まったわけでも、不安が解けたわけでもない。
でも、こうして優しくしてくれる大人はまだまだいるのだと思えた。それだけでよかった。
俺は何度も振り返って警官にお礼を言って家に戻り、明日のためもう少しだけ頑張ろうと机に向かった。相変わらず勉強は嫌いだし、進学先だって分からないままだが、明日への足取りは、少しだけ軽くなった気がした。

テーマ:明日への光

12/15/2025, 7:59:25 AM

俺はあの日、あの腐りきった世界の中で、何より眩しく光る太陽を見た。
まだ小さく何の力も無かった俺をただ拾い、教養とこの世界での生き方を教えてくれた。あの人がいたからこそ、俺は人として生きることができた。全うではなくても、日の下を歩くことはできなくても、それでも良かった。元々、俺は綺麗な人間じゃないから。だから、せめて俺を受け入れてくれたこの街のための必要悪になれればよかった。
でも、それが今変わろうとしている。俺は目の前に瀕死で座り込んでいる子供を前に、延々思考を巡らせていた。もちろん、この街に住む子供なのだから救ってやりたい気持ちが大きい。けれど、いざ自分が光の真似事をしようとするのが怖いのだ。汚い自分がどれだけ真似たところで、それは偽善にしかならないのではないかと。本質的にこの子のためには、ならないのではないかと。
目の前の子供の容態は悪化していく一方で、ウジウジ悩んでいる暇もなさそうだ。俺は上等なスーツが汚れるのも、部下の制止も構わずその子を抱き上げた。腕の中の重みが、やけに高い体温が、怖かった。
案の定身寄りの無かった子供を、俺は引き取った。俺一人で育てきる勇気なんて無かったから、忙しいという大義名分で誤魔化して、ほとんど部下に丸投げだったと思う。
それでも、不慣れな料理や寝かし付けもしたし、学校で高熱を出したと電話があれば会談を飛び出して迎えに行った。そんな努力は、案外子供にも伝わっていたらしい。
結婚式の会場、一番前で子供の晴れ姿を見ながら、過去とともに不意に浮かんだ涙を拭う。男ばかりの組織で、あーだこーだと騒ぎながら育てたのが遠い昔のようだ。
あの日か細い息をしていた子供は、すっかり端正な顔の男に成長した。花嫁から家族への手紙の後、花婿からも読まれるものだから驚いてしまった。
俺はどうやら、あの日俺を救ってくれたあの人の光に、太陽に、少しでも近付くことができたようだ。彼は俺を星と評した。か弱くても、頼りなくても、確かに確固たる光を放つ星。そんな風に見てくれていたのだと、また一粒、涙が頬を伝った。

テーマ:星になる

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