作家志望の高校生

Open App
2/19/2026, 9:09:41 AM

時刻は午後11時56分。まもなく、日付が変わる。そう、変わるはずなのだ。
俺はもう、この日を、同じ日付のカレンダーを、もう随分と長いこと見ていた。あり得ない話だと思うかもしれない。俺だって最初は、夢か何かだと思った。しかし、実際俺は今日という日に囚われていて、もう明日の日付を拝むことはないのだ。
しかし、今日に閉じ込められたからといって、案外なんの変化もなかった。俺がほんの少し行動を変えれば、その分出来事も変わっていく。不変なのは今日の予定や日程だけで、その中身は全く別のものになっている。だから、俺は別に、何も困ってはいなかった。日々に飽き飽きすることも、不変に気が狂うこともない。普通の人間が過ごしているような時間と、何ら変わりない日々を送っていた。
時計の針が進む。もうあと数秒で、本来なら日付が更新される。しかし、俺の世界は相変わらず、同じ日付をなぞるばかりだ。時計の針が天辺に回れば、日付が変わることはないまま時間だけがまたゼロからやり直しになるだけ。正直、カレンダーはもう無くてもいいものになっていた。
けれど、最近おかしなことが起こるのだ。きっと夢のせいなのだが、やけに眠りが浅い。何か、意識が別のものに吸われているような、そんな感覚を覚えるのだ。この世界は変わらないのに、俺の何かは変わっている。そんな不快な感覚が俺を蝕んでいた。寝て起きたら、体の節々が痛むことも少なくなくなった。ズキズキと、怪我でもしたように痛むのだ。
直感だった。根拠は何一つもない。なんとなく、終わりなのだと理解した。この、毎日繰り返していた日付が変わる。変わってしまう。知ってしまう。あの日の記憶を、思い出してしまう。
目が、覚めた。
起き上がったのは、色を失って冷たい光だけを反射する、真っ白な部屋。日付は、俺の知っているものからもう何ヶ月も経っていた。
俺はあの日、事故に遭った。俺以外に車に乗っていた友人達は即死だったそうだ。大学を卒業した、記念の旅行だった。
覚めてしまった夢は、もう二度と戻ってこない。俺は失ったあの日のことも、あれだけ繰り返した夢の中の日付も、目を開いた瞬間から、少しずつ少しずつ、霞むようにして分からなくなっていた。

テーマ:今日にさよなら

2/18/2026, 8:07:57 AM

「お前、いつもそれだよな。」
ふと隣に座る幼馴染にそう言われ、俺は半開きのまま唇を止めることになった。
「あ?」
「いや、だからさ。お前いつもそれしか食べないじゃん。」
大学の学食の内容は、大体どこも似通っている。カレー、ラーメン、カツ丼あたりが、大抵どこも人気ランキング上位を掻っ攫っているだろう。そんな、良く言えば人気のものばかりの、悪く言えばありきたりなメニューの中で、確かに俺は同じものばかり頼んでいたかもしれない。
「あー……まぁ?」
「お前以外にそれ食べてる奴見たことないんだけど。美味いの?それ。」
そう言われて、手元の丼を見下ろす。茶色一色のそれは、同じ色味のカレーよりずっと貧相に見えて、人気度で争ったって勝負にもならないだろう。言われてみれば、俺も家でカレーか、手元のこれかを選ぶならカレーにする。
「そもそもそれ何?」
「……もずく丼。」
シンプルすぎるネーミング。元々は、小学校だか中学校だかの給食メニューらしい。給食になるくらいだから、たぶん栄養バランス的にもある程度整っているのだろう。
「渋……で、なんでそればっか食べてんの?」
何故か。理由を聞かれても、なんとなくとしか言いようがない。醤油やみりんで程よく煮詰められたもずくは、プチプチとした食感はそのままに海藻の匂いが消え、食べやすく、格段に美味いものに変わっている。が、毎日食べるほどかと言われれば、そうでもない気がしてきた。それでも、俺は毎日食べている。
「……なんとなく。」
結局、そのまま直球に伝えた。彼は釈然としなさそうな顔をしていたが、お気に入りなんてそんなものだろう。どうしてそれがそんなに気に入っていて、固執するのか問われたって、そうそう答えられる者などいないのだ。
「……つーか、お前も人のこと言えねぇだろ。」
「え?」
彼の手元に目をやる。そこには、赤というよりは黄金色に近い麻婆豆腐の乗った丼があった。
「俺もお前しか見たことないぞ。その激甘麻婆豆腐丼食べてる奴。」
「そうかなぁ……」
辛味の微塵も感じられない麻婆豆腐は、果たして麻婆豆腐を名乗っていいのか。これも元は学校給食らしい。うちの大学は、学校給食が好きなのか。
曖昧な会話はふにゃふにゃの線のようにダラダラと続く。なんだかんだ言って、一番のお気に入りは、もずく丼でも、辛味のない麻婆豆腐でもなくて、どうでもいい話をずっとしていられるこの時間なのかもしれないな、なんて思いもしたが、絶対、目の前の彼には言ってやらないことにした。

テーマ:お気に入り

2/17/2026, 7:55:22 AM

女の子になりたかった。俺の好きな服を着ても、好きなものの話をしても、笑われない女の子に。
一般的に、俺は男である。自認も男だ。自分が女子だと思ったことは無いし、今後もきっと思わない。ただ、戦隊ごっこよりもおままごとが、スタイリッシュで男らしい服よりも、フリルのたっぷり付いた、ふわふわで可愛らしい服の方が好きだっただけだ。だから、厳密には女子になりたいんじゃない。好きなものを言っても、おかしいと思われないような容姿が欲しかった。
小さい頃から、親に言われるがままバスケをしていた俺は、身長も高く、骨張って筋肉の付いた体つきをしている。肩幅の広い、硬い体は、俺の憧れるような、可愛らしい服は入らなかった。
一度だけ、中学の文化祭の出し物で、誰が言い出したのか男女逆転メイド喫茶をすることになった。周囲の男子たちは、面白がって笑うか、心底嫌そうな顔をしていたが、俺は内心、大好きなフリルやレースで飾られたメイド服を着られることに歓喜していた。
でも、現実は俺の思う通りには行ってくれなかった。男子が羨み、女子が目を輝かせる高身長と鍛えられた体つきのせいで、俺だけサイズがなかった。結局は俺だけ燕尾服を着ることになり、この体が憎くて仕方なかった。
男子達の羨む声と、女子の黄色い声を聞き流しながら、ぼんやり教室を見回していた、その時だった。
教室の隅、ぽつんと座り込む、メイド服のよく似合う男子がいた。彼は女子から密かに、よく似合うと騒がれていたが、それを耳にする度に悔しそうにしていた。
気が付いたら、声をかけていた。彼は俺よりずっと背が低く、華奢で、小柄だった。俺の憧れた、可愛らしい服のよく似合う顔立ち。俺は、彼が羨ましくて仕方なかった。
彼と数言言葉を交わして、勘付いた。彼も、俺を羨んでいる。きっと、俺とは正反対の理由で。
正反対で、けれどよく似た俺達はすぐに打ち解けた。そのうちに互いの羨望をぶちまけ、ぶつかって、最後にはまた笑い合った。その日から、俺はバスケを辞めた。彼も、親に言われて続けていたピアノを辞めたらしい。
翌年。俺達は、お互いの前で、お互いの着たかった服を着て会ってみた。周囲の目は当然気になったし、何度も泣きそうになった。途中で帰ろうかとさえ思った。けれど、どうにか堪えて会った彼は、相変わらず小柄で、華奢で、けれど確かに格好良く見えた。
その日、確かに俺達は、誰より可愛く、格好良くいられたに違いない。

テーマ:誰よりも

2/16/2026, 8:13:38 AM

ある日。ポストに変わった手紙が入っていた。
ついこの間、私は長年小説を書き続けた甲斐あって、華々しいヒット作を生み出した。出版社から送られてくるファンレターの数も倍になり、毎日読み切るのが大変なくらいだ。それでも、この時代にわざわざ紙でファンレターを送ってくれるファンは少ない。だから、私は紙のファンレターに対しては、必ず直筆で返事を書くようにしていた。
そんなファンレターに混じって、一つだけ、妙なものがあったのだ。宛名は私で間違いない。けれど、送り主の名を見ると、「十年後の君より」と認めてある。私好みのさらりとした手触りのいい紙に、趣味のいい、深い青色のような、紫のような色をしたインクの、恐らく万年筆で、その手紙は綴られていた。
内容は時候の挨拶から始まって、最近出版した、ヒットはしなかった作品の感想が書き連ねられている。ヒットはしなかったものの、自分の中ではヒットした作品よりずっと美しく描けた作品だった。中身は案外普通の、よくあるファンレターで、私は少し拍子抜けした。誰だって、「十年後の私」なんて言われたら、もしや自分は未来で死んでしまうのではないか、あるいは、大切な人を喪うことになるのではないかと嫌な方向に妄想が膨らんでしまうだろう。
読み終わった手紙を閉じようとしたところで、ふと違和感に気が付いた。その手紙は、かなり誤字が多かった。私だって、多少の誤字をすることはある。しかし、ここまでではない。それに、こんな上質なレターセットを揃えて、恐らくペンに付属のものでないインクをわざわざ使って、万年筆で手紙を認めるような人が、ここまで字を知らない事があるだろうか。
小さな違和感ではあったものの、一度気になり出すと途端に気になって仕方なくなる。そこで一度、誤字を訂正せず、誤字の読みのままで文章を読んでみたり、誤字だけを抜き出してみたりするも、特に意味のある行動とは思えなかった。
気のせいだったかと諦めて、今度こそ手紙を閉じた。私は気付かなかった。誤っていた字はどれも、「なくなる」意味を持った字だった。
その翌年のことだった。私が、事故で両目の視力と利き腕を失ったのは。

テーマ:10年後の私から届いた手紙

2/15/2026, 8:17:10 AM

男子校。それは、俺達を囲むあまりにも高い檻だった。周囲の共学の野郎共は、やれ本命を貰っただの、下駄箱にチョコがあっただの、放課後女子に呼び出されただの、どれもこれも羨ましくて仕方ない話ばかりしている。
俺達のところで本命なんて貰おうものなら恐怖が勝るし、下駄箱のチョコはイタズラだろうし、女子なんて生き物はそもそもここにいないので呼び出されるわけがない。つまるところ詰みだ。どうしようもない。今年もまた、チョコ0個記録を更新するしかないのだ。
「…………彼女欲しい〜……」
心の底からの呻きである。普段はうるさいこの学校も、今日ばかりは似たような、敗者たちの悲しい呻きがこだまする。
帰り道、つい出来事でチョコを買ってみた。案の定周りには、着飾ってこれから愛しの恋人に会いに行くのであろう女子しかいなかった。そんな空間に、ゴツい運動部帰りの学ランで突撃した俺を誰か慰めてほしい。調子に乗ってラッピングまでしてもらったが、ひらめくピンク色のリボンを眺めても悲しくなるだけだった。心なしか、包んでくれた可愛らしい女性の店員も憐れむような目をしていた気がしてきた。
「クソがよぉ……俺の何が悪いんだよぉ……」
メソメソと嘆きながら、to自分、from自分のチョコを貪る。部活帰りの胃袋では、大した満足感も無かった。それどころか、虚しさが増した気さえする。
そんな俺に、大逆転チャンスが到来した。帰り道、ふと肩を叩かれて呼び止められたのだ。聞こえてきたのは、少しおどおどした女子の声。
信じられないくらいの勢いで振り向くと、そこには、綺麗にラッピングされた、少し不格好な手作りだろうチョコがあった。女子の顔を見ると、たまに通学路で見かける、近くの共学の子だった。この辺りの学校にしては珍しく真面目そうな子だったので、よく覚えている。
「あ、あの……これ……」
そっと差し出されたチョコを、内心泣きながら狂喜乱舞して受け取る。手の震えやら汗やらが気になって、女子の顔は見られなかった。
「そこの人たちが渡してきてくださいって……そ、それじゃ……」
羞恥か、あるいは別の理由か、頬を赤くした女子は、さっさと走り去ってしまった。どうやら、このチョコは誰かに託されたものらしい。
彼女の指差した方向を見た。その瞬間、俺の思考はフリーズした。
信じられないくらい意地の悪い笑顔を浮かべた、部活でつるむイツメン3人組(男)が、腹立つピースをしてこっちを見つめていた。手にはスマホ。響く録画停止の音。
次の日、俺が学校で暴力沙汰を起こしたのは言うまでもない。

テーマ:バレンタイン

Next