『同情』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
【指先】
同情が欲しいわけじゃないと言いながら、
同情に溺れる人の指先。
雪の降る日の京浜東北線、45分遅延。
横浜駅は白く染まる。
スニーカーの裏から水が染みて足の指先。
非難する人の指先。
貴方の肌を滑る指先。
銃のトリガーに掛けられる指先。
つま先は貴方の方へと向く。
どこへ行くのかも分からず歩く。
「お星さまキラキラだねえ」
指差し、その先、北極星の灯る人差し指。
亡骸は何処へゆく。
テーマ:同情
同情
同情をされるのは嫌いだった。
見下されている気がするから。
そう思っていたのに、そうしてでも手に入れたいものが見つかった。
自分を傷つけて、可哀相だと思うなら、一緒にいてって、誰かを縛ろうとした。
まぁそんなことで縛られてくれるバカも世の中いないから、自分がどんどん傷ついてくだけだった。
ほら、自分、可哀相でしょ?
ずっと自分の中でそんな思いがあった。
ふと気づいた。
そんなんで自分らしく生きるとか、ムリじゃね?って。
誰かと一緒にいたいと思っていた。
それは子泣き爺なみに寄りかかる状態じゃない。
誰かが一緒にいたい時にいて、自分が一緒にいたい時にいてくれるのがベスト。
でも、現実は一緒にいられるように調整して、調整して、やっと一緒にいられる日々。
調整って何だろう?
何でそんなことをしないと、一緒にいられないのか?
お互いにやりたいことが別であって、お互いに今まで付き合ってきた人たちとの付き合いもあって、それもしながらって、欲張っていたからじゃないかと思った。
生きている時間は限られているのだから、思いっきり人生謳歌するためにはそうせざるを得なくて、息を切らして走っていたようだった。
一回、止まってみようと思った。
自分は今、周りに影響されすぎていると思っていたから。
一回、止まってみたら、いろんなものが見えてきた。
自分を心配してくれる人、自分が本当にやりたかったこと。
一緒にいたいと本当に思える人。
自分の世界は、いろんな人たちに囲まれているものじゃない。
それは自分がひとりひとりに対して、丁寧に動きたいと思っていたから。
それでいいんじゃないかと思った。
鎖国はしない。
でも、ウェルカムパーティもしない。
自分が一緒にいたい人といる。
ただそれだけ。
ひとりだとまた影響されすぎるから、それを何人か。
自分、可哀相でしょ?
そう思う必要はない。
自分は可哀相じゃない。
日々頑張って生きてるけど、楽しくやってる。
同情されてると思うのは、自分に負い目があるからなんだと思う。
誰かより劣っていたとしても、生きてくのに支障はない。
何かを失敗したとしても、やりなおしてみればいいだけ。
そう前向きに考えていたら、少しずつ雲が晴れていく気がした。
一度きりの人生、立ち止まってばかりはいられないから、また少しずつ動いてみようと思った。
私、
『同情』
ってしてもしなくてもいいと思ってるんですよ。
『共感』も同類ですが、
100%相手の立場になって考えることって不可能で、
完全に相手の心になり切ることってできないじゃないですか。
だから、無理に相手に共感して、
慰めて、とか
励まして、とか
いらないと思ってるんですよね。
勿論、だからといってそういう思考を放棄するわけじゃなくて
私は、
『聴き入る』ことを大事にしています。
完璧に相手に成り代わることはできないけど、
そこに至る過程でその人が辿った
思考や行動は理解できるじゃないですか。
理解できなくても、理解しようとするじゃないですか。
それでいいと思うんです。
なんだかんだ、
人って共感より、理解を求めてることが多いので、
国語で言う、
このときの筆者の意図を答えなさい、
なんてよく分からないことしなくていいんですよ。
気抜いていきましょう?
同情するなら金をくれ!
えー、銀や銅もめっちゃすごいやん?
いやいやキンじゃなくて、カネ!!
[同情]
同情はどうしても一方的になってしまう。同情した方は相手の辛い気持ちがわかるから寄り添ってあげたい気持ちでも受け取り側からしたら、相手の自己満にしか聞こえない。状況も環境も性格も全く同じ人は居ない。相手からの可哀想とか哀れみでしかない。それでも私が辛い時に私を助けてくれるって言うなら、
ずっと側に居て
『同情』
同情が嫌いだ。同情するなら、金をくれ。
しかし、同情しないから金を出せ、と言われたのは人生ではじめての経験であった。
…………は?
○○○
冬だというのに温かい陽気の中、僕は外に出た。
二月、雪が降ることもあるなか、早めの桜が民家に咲いている。
僕はそれを微笑ましく思いながら、散歩していた。
ふと、十字路を曲がった先。嫌なものを見た。
……高校の同級生の頃からの連れである腐れ縁の友達だ。
良い奴ではあるのだが、どうにも癖のある変人で、テストで百点以外を見たことがないが、常に突拍子もない事をしだして、僕の宿題を毎日写して凌いでいた。
春の桜の雅さが、彼を見ているとどうにも薄れる。
別の道を行くべきか……。
悩んで突っ立っているのが、悪かったのだろう。
庭に水をやっていたご婦人から、悪意無く水を掛けられてしまった。
張り付く前髪、ぐっしょりと張り付くシャツ。
暖かな陽気とはいえ、冬の寒い風がいっそう身に染みた。
申し訳無さそうに謝る婦人に対して、こちらも丁寧に謝る。
いつもなら避けられた。目の前の事に思い悩み、ぼーっとしていた自分が悪いのだ。
婦人との邂逅を終えると、すぐそばに、僕が水を被る事となった彼が立っていた。
「災難だったな」
「……同情すんな。同情するなら、金をくれ」
「同情はしない。だから、お前が金を出せ」
「…………は?」
「今、ちょっと手持ちに金が無くてな。なに、あとで利子をつけて十倍にしてやるから」
「……何に使うの、そんなの」
「ちょっとダンゴムシを繁殖させたくてな」
「……公園に行ってろよ」
「一匹、二匹ならともかく、数千、数億のダンゴムシが必要なのだ。公園からダンゴムシを死滅させる訳にもいくまい?」
彼が眉をくいっと、僕に向けた。コイツ、わかってないな。みたいな視線に腹が立つ。わかるか、んなもん。分かっても分かりたくないわ。
横暴で自信家でマイペースで、意味分からない行動をする彼。
おおよそ、人に物を頼む態度ではない。
彼に悪気はないのだ。だって彼は知らない。
おそらく、人に物を頼む態度を、必要としてこなかったためだろう。僕は、それに十分心当たりがあった。
「……いくらなの?」
「最低百万、上限は一億だ」
「一億なんて出せるか、……二百万なら」
「取引成立だ。良い商売をしたな?」
彼が満足げに去っていく。
僕はそれを、何も言わずに見送った。
○○○
後日、とあるニュースが話題になっていた。
『ダンゴムシで利益三兆円!! 若手天才ビジネスマン!』
どうやら、アイツはやってやったらしい。
小難しいことが書かれており、よく分からなかったが、どうやらアイツはダンゴムシを使って世界の進歩を一歩進め、莫大な財産と地位と名誉を得たらしい。
僕は何も驚かなかった。昔からこういうヤツだと知っていたからだ。
僕は手に入れた二千万円で、年老いた両親の家をリホームした。前々から、家にある階段が辛いと相談を受けていたのだ。
両親の笑顔に僕も嬉しく思う。
二千万なんて、到底、僕の平凡な稼ぎでは無理だった。
少しは、あの突拍子もない彼に感謝しても良いかもしれない。
そんなときだった。
彼から電話が掛かってきた。
「ちょっと人手が足りなくてな。少しの時期で良い、手を貸してくれないか。バイト代は弾むぞ」
「……良いけど、どこになの?」
「——火星だ」
「…………少し、考えさせてほしい」
「明日までに決めてくれ。では、宜しく頼む」
——僕は同情が嫌いだ。
急に話は変わるが、僕には婚約者が居る。
もうそろそろ結婚したいと考えているが、結婚にはどうにも金がいる。
しかし、結婚式は人生に一度きり。僕の顔は変えられないが、せめてお金に糸目をつけずに、したいようにしてほしい。お金の心配をして、妥協する彼女を僕は見たくなかった。
だが、無い袖は振れない。だが、ある袖はあるのだ。
もう一度、言おう。
——僕は同情が嫌いだ。同情するなら、金をくれ。
……どうやら、僕は火星に行くことになるらしい。
おわり
「同情」
いつも笑顔な君が珍しく肩を落として俯いていたから、話を聞いて励ました。これでいつもの君に戻ってくれるだろうと思っていた。けれど翌日、君が屋上から飛び降りて大怪我をしたという噂が耳に入ってきた。
回復した君に会いに行くと、君は言った。
「みんな同情はする。でも私の気持ちを本当には分かってくれない」
その君の言葉が、僕の心に重く響いてのしかかった。
それは
泡沫の憂鬱
いつか捨てる
センチメンタル
ぼんやりと眺める
長編映画のよう
どう足掻いたって
変わらない運命
それを見つめる私は
一体誰?
「同情するなら金をくれ」という、かつて社会現象を巻き起こしたあのドラマの台詞は、放送から数十年が経った今でも、私たちの心に棘のように刺さったまま消えることがありません。あまりにも剥き出しで、あまりにも切実なあの言葉がこれほど長く記憶されるのは、そこに人間心理の痛いところを突く、ある種の真理が含まれているからでしょう。どん底の状況にいるとき、口先だけの「大変だね」「かわいそうに」という言葉がいかに虚空に響くか。そんな暇があるなら、明日を生きるための一円でも、胃を満たすためのパン一つでも差し出してくれた方がよっぽどマシだ――。あのフレーズは、生存の危機に直面した人間の、綺麗事を拒絶する叫びだったのだと思います。
しかし、時が流れてこの言葉を改めて見つめ直してみると、そこにはまた別の側面があることに気づかされます。そもそも、同情することとお金を提供することは、決して矛盾するものではないはずです。私たちはよく「同情なんていらないから、具体的な助けが欲しい」と、感情と物理的な支援を二項対立で捉えてしまいがちですが、実はその二つは地続きに繋がっています。本当に相手の苦しみを自分のことのように感じる「同情」があるからこそ、人は自分の財布を開き、経済的な援助や財政的な支援を申し出ようという強い動機が生まれるのです。もし心に一滴の同情もなければ、人は困っている誰かのために自分の大切な資源を割こうとは思いません。つまり、同情とは決して無力な感情ではなく、むしろ現実を動かすための最も強力なエンジンになり得るものなのです。
そう考えていくと、人に情けをかけるという行為は、世間で思われているような「上から目線のかわいそうな人への憐れみ」といったネガティブなものではなく、もっと前向きで温かい、人間関係の根幹を成す肯定的な営みであることに気づきます。ここで思い出されるのが、私が常々大切にしている「情けは人のためならず」という言葉です。この諺は、現代では「情けをかけることは、その人のためにならない(甘やかすことになる)」と誤解されることも多いですが、本来の意味は全く逆です。「人に対して情けをかけることは、巡り巡って自分自身の利益として返ってくるから、どんどん人に親切にしなさい」という、極めてポジティブな循環の教えなのです。
情けをかけた瞬間、目に見える形ですぐに利益が戻ってくるわけではないかもしれません。しかし、誰かの痛みに寄り添い、同情の心を持って接することで、自分自身の人間としての器が広がります。相手の立場を想像する力が高まり、孤独だった世界に他者との温かい繋がりが生まれます。その善意の波紋は、社会を少しずつ柔らかくし、いつか自分が困ったときに、自分を助けてくれる誰かとなって目の前に現れるでしょう。情けをかけることは、決して一方的な施しではなく、自分と他者が共に生きていくための「未来への投資」のようなものだと言えるかもしれません。
ですから、同情という言葉を「ただの憐れみ」として卑下する必要はありません。誰かの苦難を自分の痛みとして共有し、その想いを具体的な助けやお金、あるいは温かい行動へと変えていく。そんな肯定的な同情こそが、冷え込みがちなこの社会を温める唯一の火種になるのです。同情するからこそ、人はお金も出すし、知恵も出すし、手も貸す。情けをかけることは、自分を含めた世界全体を幸せにするための、最も効率的で人間らしい手段なのだと、私は強く信じたいと思います。あの台詞を「同情するから金も出すし、心も寄せるよ」という、より大きな愛の言葉として上書きできるような、そんな温かな視点を持って過ごしていきたいものです。
昔々少年とも呼べた頃にした
大人に淡い恋をした代傷は同情だった
中学に入り仲良くなった1つ歳上のグループ
整形に入院して暇だから何時でも来いと言うので
少年の俺は迷惑を顧みずに…
ほぼ毎日学校からの帰り際に病室を訪ねた…(笑)
音楽の話が多かったと思う…
いや…ほぼ毎日音楽の話をしてた…(笑)🍀
当時の男性アーティストが化粧してる…
それを親世代や祖父母の代は
異世界からなトリッキーに思えただろう…
一風堂の土屋昌巳
一風堂と言えば今は…
九州ラーメンチェーン展開してる博多一風堂…(笑)
当時少し歳上の兄姉世代は土屋昌巳の化粧姿に
新たな未来を想像して楽しんでた
坂本龍一さんと忌野清志郎さんの2人が化粧して
キスをするプロモーション映像が話題をよんでた頃
当時坂本龍一さんは大島渚監督の映画に出ていた
アイシャドウの濃い日本兵の上官の役柄で
その後に
安全地帯の玉置浩二さんが濃いメイク姿で登場した
整形の病室では他の患者も交えて音楽の話をしてた
『ニューミュージック』と言う音楽ジャンルが
オシャレな話題として中学の私には大人の世界で
憧れて憧れて🍀
病室で大人が話す話題に耳をダンボにしてた(笑)
当時はラジカセが主流の時代
ダブルラジカセがオシャレだった…(笑)
私は姉の三洋電機社製のダブルラジカセ
『U4』で音楽をニューミュージックを聴いていた
『U4』のテレビコマーシャルの音楽には
稲垣潤一さんの『エイプリル』がオシャレで
エイプリル〜♪〜
4月になれば君は〜♫〜
自由な恋探し〜♬〜
自由な恋探し〜♪〜
私は稲垣潤一さんのコマーシャルソングは
カナダドライジンジャーエールのコマーシャル
『思い出のビーチクラブ』が好き過ぎて…
今もたまに口遊む事も…(笑)🍀
ステイゴールド煌めく〜♬〜
時の波間に〜♬〜
夏の日の〜♬〜まぼろし〜♬〜
今もその頃に買ったレコードを大切にしてます
凄い大切にしてるのが…
鈴木雅之さんのソロ第1段のシングルEP版
『ガラス越しに消えた夏』です
やがて夜は明けて…
今は冷めた色…
次のカーブ切れば…
あの日消えた夏…
君は先を急ぎ…
僕は…
振り向き過ぎていた…
知らずに別の道…
何時からか…
離れていった…
さよならを繰り返し大人になる……
レコードジャケットの鈴木雅之さんは
大人の男過ぎてカッコよくて…
モノクロの写真で斜に軽く俯き…🍀
病室で…これ聴いてみな…
と言われてヘッドホンを借りて…
童謡なんですが…
玉置浩二さんが……
だ〜れかさんが〜♬
だ〜れかさんが〜♬
だ〜れかさんが〜♬
見〜つけたぁ〜♬
小さい〜秋〜♬
小さい〜秋〜♬
小さい〜秋〜♬
小さい〜秋〜♬
見〜つけたぁ〜♬
目〜隠し〜オ〜ニさんァァァ〜ん♬
手〜の鳴るほ〜ぇぇぇ〜♬
反抗期目前の年頃の柔い心は…
玉置さんの声にやられてしまいました(笑)🍀
その入院中の先輩の元へ私の様に…
ほぼ毎日来る先輩と同じ歳の人が…
私の大人に恋した時の人
先輩の彼女になる人で入院当時は付き合ってなくて
私は少年…子供なので気が付かず…
他の患者さんから
売店行ってジュース奢るとか言われたりして…
ァァァ…的に知るのです…(笑)🍀
当時は大人に感じる人の1人で恋はしてなくて…
高校に入り存在もすっかり忘れてて…
その時を懸命に…遊んでました(笑)🍀
高校の友達の家に遊びに行った時に
病室で音楽の話していた…
先輩の彼女だったらしき人が…
友達の家の隣の家の玄関から出てきて…
ショートの記憶が…
すっかりロングになってて…
変わり果ててて…可愛く……🍀
俺は気恥ずかしくなり…
友達の家の中に戻る事に…(笑)
それから友達の家に行く回数が増えてって…(笑)
会えないかなぁ…
会えないかなぁ…
そんな事ばかり…
でも会えなくて…
思うと切なくて切なくて…
半年くらい続き…
その人は高校を卒業する季節に…
諦めはじめて…
神様はいたのです…(笑)
真面目にその年の元旦に神社で…
手を合わせたりしてたりしてた(笑)
友達の家の隣の家はやはり
その人の高校の友達の家で
レーザーディスクでLIVEを見るのが目的で
その人はお友達の家に来てて…
お呼ばれして…🍀
お友達の家に🍀
永井真理子さんのミュージックビデオ見て
それから出始めのCDで色々と4人で聴いて
色々話をして🍀
このままでいたい…
ずーとこのままにしたい…
ずーと一緒に隣に居たい…
そして…彼氏の話をしてきて…(泣)
入院の先輩でなくて…
俺の全く知らない地区の人で…
恋は儚く散ったのでした〜♬(笑)🍀
好きな事をバレバレで…
多分諦めるきっかけをくれんだと思うと…
自分は子供だなぁ…(泣)
いつかはきっと…
鈴木雅之さんみたいな男に…
気がつくと…
蛭子能収さんみたいな…(笑)🍀
まぁ…
それはそれで人並みに幸せで🍀
友達お隣さんの2階の部屋で誉めてくれた記憶
友達と2人で化粧を…
私に玉置浩二さんみたいな化粧をすると
言い出したので拒否続けると…
代わりに歌えと言ったので…
学校でのノリで…
そのまま友達と
『夏の終わりのハーモニー』を
私は井上陽水さんのパートを…
友達が玉置浩二さんのパートを…🍀
……
歌い終えて…
友達が卒業近いからね🍀
おめでとうです…
そんな様な事を…
言うから…
変な空気が襲いはじめて…
揶揄われ…
歌って良いなぁ…🍀
携帯なんて無い頃…
電話番号とか聞いたけど
親家電だし…
電話した記憶もあるけど…
逆に今から来いとか…
気恥ずかしいから断っわて…
電話切って大いに後悔して…(笑)
今の年齢に近い記憶で
地元から少し離れたモールで見かけたの
なんか知ってる人かもくらいで…
通勤で使うから…
気がつくと目が探してる…
憧れた人…
好きだとかの感情でなくて…
憧れくれたから…
今のあの人に少しでも返したいのです
姿をまた見かけた時に…
『願い』という歌の歌詞が過ぎり…
幸せを手放す様な生き方が気掛かりだった…
……
拝啓…
元気ですか…?
お互いにすっかり歳をとりましたね…
笑えないくらいに…
笑えないなら…
敢えて会えて大爆笑という事にしておきましょう
(笑)🍀
ps
少年が壊れては大人になるくらいに私は…
あなたを大好きでした🍀
……
真夏の夢〜♬
憧れを〜🍀
何時までも〜🍀
ずーと〜🍀
忘れずに〜♬
素敵な夢〜🍀
憧れを〜♬
何時までも〜♬
ずーと〜♬
思い出に〜♬🍀
「同情」
教室に入ると賑やかだった声が止まる。
見られている。
そう感じながらも自分の席につく。
何事も無かったように教室が声で溢れる。
そんな中近づいてくるクラスの人気者。
「ねぇ大丈夫だった?」
笑みを抑えたような心配顔で聞いてくる。
昨日の葬儀でも親戚が同じ顔をしていた。
同情という仮面を纏い好奇心を満たす為に近づいて来る者ばかり。
その仮面を叩き割れない私は「大丈夫」と微笑み返すしか出来なかった。
そういうことじゃないんだよなあ
そんな言葉を
いつも言われてしまう。
いつからか
塞ぎ込んでしまっている自分がいた
じゃあ「同情」して欲しい訳なの?
そういうことじゃないんだよなあ
同じことを、思ってしまう。
私が求めているのは
「同情」ではなく、「共感」なのだろう。
決して、よく言っている訳ではなく。
でも結局は
君からの、「同情」を
どこかで求めてしまっているのかもしれない。
2/21「同情」 8
「同情かい?」
目線の先にいたあいつは、いつの間にか目の前にいて。猫のように双眸を細め、俺の顔を覗き込んだ。
日常茶飯事だと、慣れているとお前は言う。でも、それなら、お前のその苦しそうな顔はどう説明するつもりなんだ。
これは、ただの同情じゃない。俺がガキの頃から姿ひとつ変わりやしない、そんな化け物じみたお前に向ける俺の感情は、同情なんて生ぬるい言葉で一括りにできるものなんかじゃない。
まっしろで今にも折れそうな細い手首をがしりと掴む。
「俺と行こう、どっか遠いところに。」
大人っぽい子…
可愛げのない子
静かな子…
愛想のない子
恥ずかしがり屋な子…
手のかかる子
真面目な子…
堅苦しい子
不器用な子…
役に立たない子
頑張りやな子…
出来損ないな子
白くて綺麗な肌の子…
苦労知らずな子
優しい子…
余計な事をする子
律儀な子…
空気を読まない子
大人っぽい子…
色気づいてる子
可哀想な子…
面倒な子
なんて良い子…
都合の良い子
ねぇ、、
どんな子になれば
どんな子でいれば
私は
僕は
「同情」
同情するよという言葉に。
碌に私を知らない貴方に。
何度、
救われてきたことだろう。
何度、
傷つけられてきたことだろう。
本当に同情している時は素っ気なく見えるかもしれない。特に何か言うこともなく、じつくり相手を見て聴いている訳でもない。
「そうなんだ」
それだけ。
何も助言はしないし"可哀想に"とも言わない。
でもちゃんと聴いてるよ。
題『同情』
同情
されたくないとよく聞くけど
受け取り方の問題のような気もする
憐れみというとなんだか嫌な感じに聞こえるけど
相手の立場や気持ちになって考えることって大事な事だと思う
同情
昔からの友達に日頃の愚痴を話す。突飛だがここで単純な話をしよう、人は自分が幸せで相手が不幸だとこいつよりも私は上の存在だと優越感に浸ることが多い。
まだ話続けるの?その言葉に少し怒りが勝った。私は抑えて、「別にいいでしょ、話くらい聞いてくれても。」その後に友達が思わず漏らした「なんか嬉しい」に私はどうして?と聞いてみる。その子はワンテンポ遅れて「沢山話してくれるから、」と答えていたの見て、この子は私の不幸を喜んでいるのだということが手に取るようにわかった。
そりゃムカつくだろ?
結局、私の大変さにも、辛さにも、共感してはくれないのだろう。今まで彼女の愚痴にずっと付き合っていた分、そして私の話の少し前までその子の惚気を聞いていた分、余計に悲しくなった。
前にもその子は、あなたに悩みなんてあるの?と、平然に言いのけた。私は人に自分の悩みを話すのが嫌いだ。
それは言っても相手は面白がるだけで、結局何も解決には至らないためだ。この何十年という関わりの中でその子にも、誰にも自分の事を言わず一人で何度も自殺未遂を繰り返しては、怖くなってやめてを繰り返してきた。
きっとこんなのは私だけではない。でも私にもある。
馬鹿な私でも容易に想像がつくのに、その子は平然と言いのけた。
ここ何ヶ月追い詰められていた分余計に死にたくなった
私の笑顔は相手に不幸を移さないためだ。私が話す愚痴は全て脚色を加えている。相手が笑ってくれるように、ただ今日は本当の言葉だった、もう限界だった。
共感が欲しかった。辛かったねの一言が。頑張ったねと誰でもいいから褒めて欲しかった。
ただそれだけなんだ。
でも今日改めて決めたよ。もう人には期待しない。
何度か友達をやめようとした。でもやはり大切な人には私の中で変わりないみたいだ。
ここまで読んでくれてありがとう。ただ1つ言っておきたいことがある、これは全て私の主観で、きっと彼女から見たら私は悪者なのかもしれない。
彼女も私の気持ちがわからないように、私も彼女の気持ちが100%分かるわけではない。お互い様の部分もきっとどこかあるのだろう。でも、そこまで完璧に人と分かり合えたら逆に生きずらくなってしまうかもしれない。
まぁ何が言いたかった訳でもないけど、友達は大切にして欲しい。今そこにある幸せを大切に生きて欲しい。
たとえ何年いる友達でも、礼儀は忘れないで、素敵な人生を送ってほしい。こんなまとめ方で申し訳ないが、誰も振り向いてもくれない、本当の友達もいない、誰にも相手にされないこんな空っぽなやつの話を聞いてくれてありがとう。
「同情」
同情 倍にする負の感情
なんも知らん奴が語ること
心が泣く音
悔しくない自分が悔しくて
ぶっ殺したいぐらいで
そんな自分を俯瞰する自分もいて
自分に対しての恥ずかしさもあって
たまに後ろを振り返る。
やろうと思ったことはやらずに睡魔が勝ったり
「今日はこれぐらいでいいか」と
何を基準にしたか分からないこと言ったり、
周りと俺は違うんだと高いプライドと複雑な感情が混ざった。
そんな日には好きな曲は聴くんだ。
頑張れば頑張るほど、本気であれば本気であるほど
それなのに、それなのに、結果が出ないこと。周りは俺よりやってないくせに結果が出ること。
頑張る方向が違かったのか、あいつは俺よりやってたのか。スタートラインが違くて、頭も俺がバカだっただけなのか。
そんな言い訳をした時に聴く曲。
いろんな曲が聴けたのに、全部が綺麗事に聞こえて、
俺に歌を歌ってくれないアーティストも増えた。
しまいには1ヶ月以上同じアーティストの曲を聴いた。
そんな歌詞に黄昏た自分も殺したくなった。
「浸かるだけじゃない、音楽の浴槽から出て、やることをやらねば」
分かってたのに、何もできないやつなんている。きっと俺のことだ。だけどこれを言い訳にしてちゃ。
何が正解なのか、報われるという言葉の本質は運なのか。
俺はガムシャラに信じ抜くことだと思うが。
何も上手くいかないよ。クソみたいな人生。
みたいなじゃないよ。クソだよ。クソという言葉以上にクソだよ。
「そんな言葉は吐いたらお前の周りの人が…」
黙れ!何も知らんくせに。同情なんていらねえ
頑張ったなんて、お前はよくやったって、結果が出なきゃそんなの分からないじゃないか。
消しカスの量。使ったノートのページ数みりゃ俺が足掻いた、もがいた、死ぬ気で耐えた足跡がある。だけどそれは何のために?
結局そんなもんだろ。現実なんて。
吐き気がする。SNSを見たら、踊ってるやつがたくさんいて、通知が来たら写真を撮ってる。通知が来てから撮る写真にあるrealとは。
そんな奴らを俺はfakeだと思うが。そんなことを考えてるのが俺くらいで。俺がfakeなのか。
俺のネガティブを少し、ほんのちょっとですけど受け取ってくれてありがとうございました。
2026/02/21-しがん-
クラスの人気者だった。
皆が私を見て、みんなが私を好いてくれる。
高二の春、私は事故にあった。
信号無視をした車に跳ねられて身体にひとつハンデを背負うことになった。
人気者だった私は、みんながお見舞いに来てくれた。
前まであった足がなくなっているのをみて、皆が目を合わせた。
「体育、大変になるね」
「次の体育祭のリレーアンカー明ちゃん出れないのかな。」
みんなが口を揃えて言う。
誰も可哀想だとは言わない。けど、私は分かる。
体育やリレーよりも、普段の生活をみんなが気にしているということを。
これから私は義足になるし、使いたくても思うように使えないものが増える。
そして、人気者という私に貼られたレッテルはこの事故を通してきっと無くなる。
お見舞いに来るみんなの顔を見ているとそうなるということは一目瞭然だった。
"人気者"から"可哀想な子"になる。
息がしずらかった。
退院後、初めて外で歩いた義足の感覚はぎこちなかった。周りの視線も痛いほど刺さった。
私は、以前より1つ少ない存在になってしまった。
みんな私に「命が助かってよかった」と言う。
まるで、損失と引き換えに救いを与えられたみたいに。
でも私にとっては、それは交換じゃなかった。
退院するときに看護師さんに言われた。
「大変と感じることもありますが乗り越えられるように私たちも全力でサポートしてまいります」
この言葉が、私を苦しめた。
私が失った"コレ"は、きっと今後も可哀想な慈悲の目で見られる。
ああ、戻りたい。
もうこれ以上、「同情」されたくない。