『姉の覚悟』
「姉ちゃん」
その声に振り返る。そこには虚ろな目をした弟が立っていた。
「どうしたの?」
弟は重い物を吐き出すように口を開いた。
「母さんはどうして俺を…俺たちを殺したの?」
その言葉に息が詰まった。弟の目線は私の後ろに移動する。私もそれを追いかけた。
私たちの目線の先には眠っている妹が。すやすやと可愛い寝息をたてながらベッドに横たわっている。私はその顔についている涙の跡を撫でながら弟の質問に答える。
「さぁ、ね。私もわかんない。ただ……あの言葉はお母さんの本心じゃないかなとは思ってる」
「俺たちはいらない子だったってこと……?」
ハッと息を飲んだ弟が悲痛な声を出す。自分で言ったもののその言葉に頷くのは辛い。
弟の顔は悲痛に歪められていた。絶望の色に染まった目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。
「おいで」
そう声をかけ、両腕を広げる。弟はよろよろと歩きながら私の体に収まった。その頭を撫でてあげると、弟の嗚咽が聞こえてきた。
……私が、守らないと。この子達を。
弟を抱きしめてる腕に、より一層力を込めた。
ーこれは小さな命たちの始まりの物語
【小さな命】
『月が綺麗じゃ足りない』
ゲホゲホと大きく咳が出る。口を覆った手を見ると、ベッタリと赤い血が着いていた。
風が吹き、煙が流れる。煙の中から出てきた先生は酷い怪我を負っていた。近寄ってみるも、先生はもうか細く息をしているだけだった。
「先生…」
地面に横たわっている先生を抱える。先生の虚ろな目がこちらを見た。先生の指が俺の服を掴む。
「あれを…使うのは、もう、辞めろ……。お前が……壊れて、しまう……」
先生は途切れ途切れになりながらもそう言った。だが、それが最後の力だったのだろう。先生の目は閉じられ、俺の服を掴んでいた指も地面に落ちてしまった。
「先生…」
目から涙が溢れる。先生の名を呼んでももう見てくれることはないし、答えてもくれない。その事実が俺にとても重くのしかかる。
先生の頬を撫でる。今までずっと触れたくて触れたくてしょうがなかった。
「ようやく、貴方に触れることが出来た…」
昔、"I love you"を遠回しな言葉で表現した人がいるらしい。だが、俺はそんな遠回しな言葉より直接的な言葉で伝えたい。俺の、気持ちを。
「I love you…
貴方のことを愛しています。ずっと、ずっと」
2人の影が重なるのを見る者は誰もいなかった。
【Love you】
『太陽みたいなあなた』
甲高く金属がぶつかり合っている音が響く。もう何分、何十分戦っているのだろうか。攻めて守って、また攻めて…の繰り返しだった。
武器を振り下ろしたが、相手も武器でガードされた。力を込めてもダメそうだったので、反発の力を利用して後ろに跳ぶ。
しかし、その判断がダメだった。跳んでいる間に距離を詰められ、私の体はいつの間にか床に横たわっていた。武器を突き立てる男はニヒルに笑った。
「勝負ありだな」
悔しくて思わず舌打ちが出る。
「…殺すなら早く殺して」
目の前の男にそう告げると、男は何故か武器をしまい、空いた手を私に差し出してきた。
「…なに、何のつもり?」
「俺はあんたを殺すつもりはない。助けたいんだ」
「助ける…?」
そう私が聞き返すと男は深く頷いた。私はその手を取る……ことはせず、払い除けた。
「巫山戯ないで!私はあなた達の敵よ!?そんな言葉信用できるわけないでしょ!!」
男は真っ直ぐ私の目を見て話し始める。
「君は悪い人じゃない。人を襲ってないのが何よりの証拠だ。そうだろう?
だから、助けたいと思ったんだ」
「さぁ、この手を取って」ともう一度手が差し出される。その時、建物の隙間から太陽の光が漏れ出た。それは彼の周りに降り注ぎ、まるで彼に後光が差してるみたいだった。
ハハ、と乾いた笑いが口から漏れ出る。
「だから嫌いなんだよ。太陽みたいなあんたが」
いつまでも暗闇にしか入れない自分と、いつも仲間に囲まれてお日様の下で楽しく暮らせる彼。漏れ出した光はそのことを象徴しているみたいだった。
【太陽のような】
『ゲームリセット』
ふっと目を開ける。目の前には見慣れた景色が広がっていた。歩いているおじさんに、笑顔で話している女性2人組。……うん、いつも通りだ。何も間違いがない。
そんなことを考えていると後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、眩しいほどの笑顔を携えた彼がいた。片手をひらひらと上げて、こちらに歩み寄ってくる。
「久しぶりだな!」
「うん、そうだね。久しぶり。仕事はどう?やっぱり大変?」
「あぁ、やることが多すぎだよ……」
ぶつぶつと文句を言う彼。だが、「それでも、やりがいがある仕事だよ」と前向きな方向に持っていけるのが彼の凄いところだ。
「そっか」
「ところでお前はどうしたんだ?こんなところで。まーた、服屋巡りか?お金が飛ぶからやめろって何度も……」
「ううん、違うよ」
彼の言葉を遮って否定する。私にしては珍しい行動に彼が驚いたような顔をする。
「今日でこの世界ともさよならだから最後に見納めでもしようかなって思って。……ま、でもどうせまた景色は同じなんだしもういいかなー」
「…は?な、なに言ってんだよ……」
彼の顔が困惑の色、一色に染まる。彼が本気で困っているところを見るのは初めてで、場違いだけれどもすこし感動してしまうほどだった。
「この世界ともさよならって……あ!この街から出て行かなきゃいけないってことか?なんだよ、大袈裟な言い方…」
「ううん、本当にこの世界とさよならなんだよ。もうこの世界消えちゃうの」
「は?」
彼の顔が困惑から別の感情に変わっていく。それが怒りなのか、不安なのか、悲しみなのかはわからない。
「どういうことだよ、もっとちゃんと説明を…!」
「ごめんね、もう決まったことだから。……また、0から仲良くしようね」
彼が「おい!」とこちらに手を伸ばして来るの見ながら瞼を閉じる。彼の手が触れる前に私の目の前は真っ暗になった。
・ゲームをリセットしますか?
→はい
いいえ
【0からの】
『守るために』
ハッと目が覚める。何の夢を見ていたか思い出せないが…何か嫌な夢だった気がする。額に薄っすらと汗をかいていることがわかった。
それにしても……ここはどこ?
私の目に映るのは、見慣れない天井だった。ひとまず状況を整理しようと体を起こす。
「なに、これ…!?」
私の手足にはそれぞれ手錠と足枷が付けられていた。動く度にそれはジャラジャラと音を立てる。外そうとしてみるもビクともしない。
どうしよう、と考えていると部屋の扉が開いた。
「起きたか」
「あんたは……」
入ってきたのは、私のよく知る男だった。
「もうあの時みたいに"先輩"とは呼んでくれないんだな」
「組織を、私たちを裏切ったあんたにそう呼ぶわけないだろ…!」
キッと目の前の男を睨むが、男は気にしてないようにため息をつくだけだった。
「死にかけたお前を助けたのは俺なんだがな」
体を見ると確かに怪我を負った場所には包帯が巻かれていた。
そう、私は任務の最中だった。しかし敵の攻撃を受けて大きな怪我を負ってしまった。なんとか敵の前から姿をくらましたが、逃げている最中に意識を失ってしまったのだ。……そういえば気を失う前、誰かに支えられた気がする。それがこの男だったのか。
「…それについては感謝する。だが、これはなんだ」
そういい手を少し上げる。重さと同時にジャラという音もついてきた。
「お前にはここにいてもらう必要があるからな。逃げないようにする為につけているだけだ」
「ここに…?なんでだ?」
彼は私を見るだけで何も言わない。
「死にかけた可愛い後輩に同情か?……巫山戯るな。私には任務がある。それを遂行しなければいけない。だからこれを外せ」
私の言葉を聞いた彼が眉を寄せた。
「…そんなに任務が大事か。あの組織は…」
「わかってる!」
彼の言葉を遮り、声をあげる。聞きたくなかった……いや、正確に言うと彼の口からその言葉を聞きたくなかった。
「わかってるよ!あの組織がやっていることも、私たちのことを捨て駒としか思ってないことも!」
荒ぶる私と対象に彼は冷静だった。
「それでも、それでも私は良かった!」
「そのせいで死んだとしてもか」
「あぁ!いい!それで死ねるなら本望だ!」
そう言い切った瞬間彼に胸ぐらを掴まれた。彼の体重がかかり、体がベットに戻る。
逆光のせいか彼の瞳には光がなく、真っ黒だった。初めて見る彼の顔に背筋が凍りつく。
「…巫山戯るな、そんなことはさせない」
彼がそう呟いたかと思うと、急に私と彼の距離がゼロになった。いきなり近づいてきた彼に驚き目をつぶってしまったが、息のしずらさを感じ目を開けるとすぐそこに彼の顔があった。彼の髪が私の顔に当たる。
「…は…っ……」
離れていく彼の顔を見ながら息を吐き出す。
なに…今の……?
いきなりの出来事に頭が追いつかない。そう考えている間にも彼は真っ黒な瞳を携えたまま私を見下ろすだけだった。もう一度彼の顔が近づいてくるかと思ったら、部屋に声が響いた。聞こえたのは女の人の声で、優しく、けれども、どこか冷たさがある声で彼の名前を呼んだ。
「そろそろあいつらが来ます。貴方も早く準備を」
その声を聞いた彼は私から手を離し、「了解」と短く返事をした。彼の顔を盗み見ると先程までの陰りはもうなく、どこかホッとした。
「じゃあ、行ってくる。…おやすみ、いい夢を」
彼は私の頬をするりと撫でると部屋から去っていった。彼の姿が見えなくなり、何か逃げる方法はないかと部屋を見回すが、突如ぐらりと目の前が歪んだ。頭がぼーっとして、強烈な眠気が襲ってくる。
なんで…まさか、何か盛られた…?
そう考える間もなく、私の体はまたベットに倒れた。
【同情】