藤月

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10/30/2025, 3:50:25 PM

【そして、】

 もう一回!
 
 この言葉を聞くのは何度目だろうか。
 少女は、かれこれ三十分ほど目の前のクレーンゲームと格闘している。
 どうやら彼女には、一度夢中になると目の前のことしか見えなくなる悪癖があったようだ。お目当てのものが手に入るまで続ける気だろう。
 どうしてこんなことになったんだと、少し前のことに思いを馳せる。
 
 きっかけは今朝の登校中だった。
 放課後にゲームセンターに寄るのが日課の私は、先日獲得した黒いウサギのぬいぐるみキーホルダーを鞄につけて登校していた。
 あと五分ほどで学校に着くだろうという頃、後ろから呼び止められた。振り返ると、同じ制服を着た背丈の小さな女の子。清楚で大人しそうだなと思うと同時に、ふんわりとした長めの黒髪が印象的だった。

 学校に着くまでの時間、お互いを知るために言葉を交わす。
 まず、少女は隣のクラスの子だった。どおりで見かけたことのある顔だと思った。
 それから、突然話しかけたことを謝られた。私が鞄につけているウサギのぬいぐるみが気になって仕方なくてつい話しかけてしまったのだという。
 これまで一度も話したことはなかったが、見た目の印象と違ってころころと表情は変わるし、よく話す子だった。見てて飽きない。面白い。

「今度の放課後にさ、ゲームセンターに一緒に行ってみない?」
 
 もう少し仲良くなりたいかも、なんて思って口が滑った。
 この言葉を聞いた少女はきらりと目を光らせたあと、私の手を両手で包み込んでこう続けた。
 
 「行きたい!連れて行って!私の両親は厳しくて、一度もああいうところに連れて行ってくれたことがなかったの。だから、同級生とゲームセンターに行くのなんて夢のまた夢で…。」
 
 そんなことを言われてしまったら絶対連れて行くしかないだろう。
 放課後待ち合わせをして、まんまとゲームセンターに連れてきてしまったが、現在の少女の様子を見て早まったかなと若干後悔した。
 というか、両親厳しいなら門限とか大丈夫なのだろうか。不安になって念のため確認すると、今日は図書館で勉強することになっているらしい。抜かりないな。

 お目当ての台に狙っている景品があることを確認してお金を入れる。
 最初の数回は横で色々と教えていたのだが、自力で取りたいのだと言われてしまったので、今は大人しく斜め後ろから見守っている。
 初めてなのでやはり動きが拙い、狙いやタイミングを見定めるのも初心者には難しく感じるだろう。
 後ろに順番待ちがいないことは逐一確認してはいるものの長いこと台を占領してしまっているため、店員が横を通るたびにこちらをちらりと見ていく。
 中には手を貸そうとしてくれる店員もいたが、本人の気持ちを尊重して丁重に断っていた。

 とはいえ、このまま続けても景品の獲得は絶望的だろう。もうそろそろ止めるべきかと、話しかけようとした瞬間、少女が声を上げた。
 ようやく景品がしっかりと持ち上がったようだ。
 少女は喜びと期待のこもった目で景品を見つめている。あと少し、ほんの少し持ってくれ、2人は強くそう願った。
 獲得口のすぐ真上にアームが止まる。
 絶対いける!そう思った。しかし、白いウサギは獲得口の仕切りに引っかかって、よりにもよって一番取りにくい仕切りの真横に転がり落ちてしまった。
 そんなことがあっていいのか。運が悪いにもほどがある。

 ショックのあまり、少女はスカートが汚れることも厭わず床に膝をついている。
 2人して今度こそはという確信があったのにこの有様だ。絶望でしかない。
 慰めようと少女の肩に手を置くと、それを押し除けるように勢いよく立ち上がった。
 ここまでの格闘と執着ぶりを見てわかったが、少女はかなりの負けず嫌いでもあるらしい。
 少女は悔しそうにケースの中を睨み付けたあと、何度目かの言葉を口にした。

10/29/2025, 2:19:27 PM

【tiny love】

 放課後、聞き慣れたチャイムが校内に鳴り響く。
 いつの間にか教室には自分たちしかいない。
 友人と過ごすのは楽しくて、毎回時間を忘れてしまう。
 このチャイムを合図に教師がライト片手に見回りを始める。見回りは持ち回りのようだが、厄介な教師に当たると面倒くさい。
 なので見つかる前にさっさと帰るのが二人の日常だった。
 昇降口の扉を開けると同時に、顔全体に氷を浴びたような感覚。肌は最低限しか出していないのに、それだけでぞわりと全身の肌が粟立った。

 「なあ、コンビニ。」

 あまりの寒さに単語しか出なかったが、友人はそれだ!という顔をしてくれた。

 高校から一番近いコンビニまで、歩いて大体十五分くらい。意外と距離があるが、コンビニに着くまでの間すら話題が尽きないお陰で一瞬で着いたかと思うくらいだ。
 到着した二人が真っ先に向かったのはレジ横の中華まんコーナーだった。
 優柔不断な友人はどれにしようかと、うんうん悩んでいたが突然振り返って

 「半分こしようぜ!」

 なんて言ってきた。
 仕方ない、と受け入れる俺は甘いだろうか。
 どれで悩んでいるのか聞くと

 「肉まんと季節限定のカレーまん!」

 と、それはもう元気よく答えるので吹き出しそうだった。
 了承して各々の会計を済ませる。
 店内飲食スペースがないコンビニだったから外で食べる羽目になったが、これはこれで季節感を味わえる。
 
 外に出て、自分の持つ肉まんをむしりと割った。
 …しまった。若干失敗して大きさが偏った。
 こんなところで不器用さを発揮しなくていいのに、と心の中で己に毒づく。まあ相手はこいつだし良いかと迷うことなく大きい方を友人に差し出す。
 すると、向こうも同じタイミングでこちらに肉まんを突きつけた。
 受け取ろうとして、気がついた。
 こいつが差し出した半分も、俺と同じくらいの大きさだと。

10/29/2025, 9:49:00 AM

【おもてなし】

 ぽつ、ぽつと窓を濡らす音がする。
 ゆらりと頭を上げた女が疲れた顔で窓に目を向けると、この一瞬で雨は大粒になっていた。
 ここのところ日が沈むのが早くなったせいもあり、外は既に真っ暗だった。
 一縷の望みをかけて鞄の中を覗くが、今朝の天気予報を信じ切っていたので当然手元に傘はない。
 女は己の楽観的なところを呪った。
 仕方なく、お気に入りの上着で雨を遮り、駆け足で地下鉄を目指すことにした。

 都会の地下は便利だ。
 大概のものは揃うし、地下道を駆使すれば雨に濡れずに移動が可能になる。
 女は構内のショップで適当な傘を買い、このあとのことを思案した。
 このまま電車に乗って帰宅するもよし、雨宿りがてらしばらくショップで買い物するもよし、と悩ましく思っていたところ、はたと気がついた。
 そういえば、今日一日ご飯を食べていない。
 朝は寝坊したため大慌てで家を飛び出しそのまま仕事に取り掛かった。昼は取引先との打ち合わせやら会議やらを詰め込まれたせいで食べ損ねていたのだ。
 アドレナリンが出ていたのだろうか。今のいままで気が付かなかった女は意識した途端、ものすごい空腹に襲われた。
 そうと決まればと、前から気になっていた店へと向かうことにした。
 
 電車に揺られて数十分、お店の最寄りに降り立つ。
 雨はほんの少しだけ弱まっていた。
 忙しさもあり、なかなか入る機会に恵まれなかったこのお店、外観は悪く言えば古臭いが、レトロさが好きな層には刺さりそうだ。
 かくいう女もその一人。メロンソーダや固めのプリンが大好きな手合いである。
 今日は雨だからか、メニューボードも表に出ていない。
 店内の照明は付いているから開いているだろうとお店の扉を開けると

 「こんばんは。お一人ですか?」

 アルバイトの子だろうか、学生くらいに見える青年から声をかけられた。
 女は頷くと、案内されるがままに席に座った。
 メニュー表に一通り目を通し終えるとタイミングよく注文を訊かれた。朝から何も食べてなかった上、冷たいものの気分でもなかった女はとりあえず、ホットコーヒーとサンドイッチのセットを頼むことにした。

 「おまたせしました。」

 注文してから五分ほどで先ほどのセットが出てきた。
 その見た目に、らしくもなく女は目をきらめかせた。
 コーヒーは細工が施された青いコーヒーカップに淹れられて湯気と共に芳醇な香りを立てている。
 サンドイッチにはレタスの間に厚めのベーコンとゆでたまごのフィリングが挟まっている。パンには耳がついていてカリカリとした食感がこれまた良いアクセントになっていた。
 アンティークかつシンプル。趣味ど真ん中だった。女は頬を綻ばせながら、日頃の疲れを癒すように幸せを堪能した。
 全て食べ終えたあと、ふと目線を上げると青年と目が合う。もしかしてずっと見られていたのだろうか。さすがに気まずくなった女はさっさと帰ろうと立ち上がったところ、

 「待ってください。僕の淹れたコーヒー、美味しかったですか?」

 引き止められてしまった。
 というか、僕の淹れたコーヒーって…?と周りを見ると他の店員が見当たらない。
 先入観で青年のことをアルバイトだと思ってしまったが、彼がマスターか。
 女が美味しいコーヒーだったと伝えると青年は嬉しそうに笑った。

 「ありがとうございます。このお店、実はまだ開店し たばかりなんです。」
 「僕まだ新米だからコーヒーに自信がないんです。あとお店の見た目が古いからか、あんまりお客さん来なくて。」
 「お姉さんがあまりに美味しそうに食べてくれるからつい感想を聞きたくなってしまったんです。」

 よっぽど嬉しかったのだろうか。青年は次々と言葉を紡いでいく。
 女はこういう控えめで庇護欲を刺激されるタイプに弱かった。だからその場で言ってしまったのだ。必ずまた来ますと。
 もちろん勢いに流されただけではない。
 コーヒーもサンドイッチも本心から美味しいと思ったし、なによりお店の雰囲気も気に入っていた。
 
 お会計を終えると青年は、女が入り口に置いた傘を手に取り、扉を開けてくれた。
 
 「またのご来店、楽しみにしております。」

 去り際、にこやかに笑った青年にそう告げられた。

 女は、雨の日も案外悪くないのかもと一人微笑み、お気に入りの店を後にした。

10/26/2025, 4:21:34 PM

【終わらない問い】

 琥珀のような月が道を照らしている。

  自分とは何か。

 男は、答えを探し続けている。

 俳優として活動している男は、ひとたび舞台の上に立つと豹変する。
 どんな役柄でも本当にこの世界に存在している人物のように振る舞うことができる。

 昔から人に求められることを完璧に再現することができた。察する力が人より長けていたのだろう。

 学生時代は優しく穏やかで、真面目で、何にも文句を言わない人畜無害な優等生を隙なく完璧に演じてみせた。
 本当は、もっと年相応にわがままを言いたかったし、感情をそのまま表に出してみたかったが期待に応えるべく、押し込めるように蓋をした。
 まあ、真面目なのは不真面目な方が性に合わなかっただけなのだが。
 親も教師もそんな苦悩を知らずに、にこにこと良い子だの、将来が楽しみだのと勝手に宣っていた。

 求められるままに生きてきたある日、授業で将来について問われた。
 紙を前にペンを握りしめたが、手はぴたりと止まったままだった。
 そこでようやく己が何者であるか、説明できないことに気がついた。

 ここから先は早かった。
 男は高校を卒業してすぐ、演技の世界に飛び込んだ。
 当然、周囲の人間は落胆していたが、男にとってはそんなこと知ったこっちゃなかった。
 
 思惑通り、俳優の仕事は男にとって天職だった。
 演技は息を吸うようにできたし、何より演じることは他者の心の機微を知るのにぴったりだった。
 しかし、演じれば演じるほど、役が己に溶けていく感覚に襲われることが増えていった。

 今度の役は、刑事ドラマの犯人役だ。
 自分を証明するために始めた仕事にも関わらず、ここ最近はいつしか役自体に取り込まれてしまうのではないかという不安感が付き纏っている。
 
 自分は一体何者になってしまうのだろうか。
 心の燻りから目を逸らした男は小さなため息を一つつき、歩みを進める。

 いつの間にか月は雲に覆われていた。
 
 

10/24/2025, 4:14:45 PM

【秘密の箱】

 彼女の日課は街を探索することである。

 今日は公園で探そうと辺りを見回すと、小さなガラス片が落ちているのを見つけた。
 ガラス片は太陽の光を反射してきらきらと輝いており、宝石を思わせる。
 彼女はそれを拾い上げ、お気に入りの場所に隠しておいた小さな箱にぽとりと落とした。

 箱は長いこと風雨にさらされていたのか泥で汚れており、ところどころ歪みや破損があるが、彼女は気にもしていなかった。
 それどころか、色々と物を詰めても壊れない丈夫さに満足していたのである。

 箱の中には一体何が詰まっているのかというと、夏の暑さで溶けてしまった飴玉だったもの、近所のゲームセンターで取れるようなプラスチックの石、ほかにもジャムの蓋やチョコレートの包み紙といった人の目にはごみに映りそうなものがあれこれと入っている。

 一度、近所の人間がゴミだと思って箱を処分しようとしたところ、彼女は大層怒ってその人間を執拗に追い回した挙句、頭をつついて大怪我を負わせた。
 さらに、公園に住み着く野良猫が興味本位で箱の中のものを取ろうとした時だって、彼女は小さな箱を守るために奮闘し、お互いの体がぼろぼろになるまで戦い続けた。
 そんな必死さに興が醒めたのか、はたまた己の行為が馬鹿らしくなったのか明け方に猫は退散し、彼女は無事に箱を守り通したのであった。

 傍目にはごみに見えたとしても、彼女にとっては長い年月をかけて集めた大切な宝物である。
 彼女がカラスである以上、その翼と小さな足で探し回る以外の方法では決して手に入らない。人の生活からしか得られないこの宝物は他の仲間たちにも内緒の代物だ。
 彼女は人間に比べて短いその生涯をかけて、自分だけの秘密の宝箱を完成させるのだろう。

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