—思い出の場所—
子供の頃、私は科学館が大好きだった。
科学館の中にはプラネタリウムがある。それは何度見ても綺麗で楽しくて、休みの度に母にお願いして連れて行ってもらった。
「何回も見て、飽きないの?」
母の言葉に、私は首をブンブン横に振った。きっと母は飽きていただろうけれど、私に付き合ってくれた。
母と手を繋いで、何度も通った科学館の入り口。久しぶりに見ると、改装されて新しくなっていた。
「懐かしいわねぇ」母が言った。
「本当だね」
あれから五十年近くが経った。
今度は、私が母の行きたい所に連れていく番だ。
あの頃と同じように手を繋いで入り口を通った。手のぬくもりは昔と変わらない。
お題:遠い日のぬくもり
—火の揺れる間—
妻がろうそくを立てて、話しかけてきた。
「今日は、ユメノの体調が回復して、ちゃんと学校に行ったよ」
ユメノは私の一人娘だ。
「それは良かった。熱で寝込んでいたもんな。元気な姿が一番だ」
妻は嬉しそうな顔をした。
「学校では、定期テストの結果の返却があったみたいで、それを持って帰ってきた。どうだったと思う?」
「うーん、最近勉強頑張ってるし、良い結果が出たんじゃないか?いや、そう信じたい」
少し間を空けて、妻が続けた。
「なんと、学年で一番の成績だったんだって!」
「本当か⁈昔は勉強苦手だったのに、ユメノはすごいなぁ」
「将来はお医者さんになりたいから、勉強頑張ってるみたいよ」
胸が熱くなる。「立派に育ったんだな」
「ユメノが大学に行けるように、私も頑張って働くね。昇進の話もあるから期待して見ていてちょうだい」
「あぁ、俺はいつでも見てる」
妻は答えず、ろうそくの火だけが揺れた。
しばらく手を合わせた後、仏壇から離れて行ってしまった。
「ずっと近くで見てるから」
もう、俺の声は誰にも聞いてもらうことはできない。それでも俺はずっと見ている。
お題:揺れるキャンドル
—遺言—
夢とか希望とか、光り輝くものが未来にはあって、その光を掴むために、私達は必死に生きている。
それが人生だ、と私は思う。
だが時には闇も潜んでいて、大切な人を失ったり、死にたくなるほど苦しい時間を味わったりすることもある。
こうした闇に触れてから、私達は激しく後悔するのだ。
あの時あぁしてれば良かった、もっと頑張れば良かった、と。
私にはその時間が長すぎたな、と死んでしまった今になって後悔する。
気がつくまでに時間がかかりすぎた。
光の回廊を、一歩一歩踏み締めて歩く。
終着点はもうすぐそこにある。
あなた達の歩む道が、せめて、私のように後悔しない人生であることを願っている。
お題:光の回廊
—似たもの同士—
人からの頼みを断ることができない。
そんな俺の性格を見抜いた周りは、いつも面倒ごとを押し付けてくる。
締切が近い仕事とか、他人のミスの尻拭いとか、社内のイベントの幹事とかも。
俺はそうしたものを断らないが、不満が溜まらない訳ではない。体の内に積もりに積もっているのである。
部屋の中でゴロゴロしていると、インターフォンが鳴った。
「はい」
「先輩、開けてください」
モニターを見ると、会社の後輩が立っていた。
彼女も俺と似たような性格で、よく仕事を押し付けられる。何度か仕事を一緒にすることもあって仲良くなってしまった。
玄関の扉を開けた。
「おぉ、雪降ってるんだな」
マンションの三階から夜の町を見ると、家々の屋根は白かった。
「そうです、寒いので早く入れてください」
「はいはい」
彼女はレジ袋を片手に持っていた。
「今日は鍋にしますね」
最近、彼女は家によく来る。会社での不満が溜まっているのだろう。
まるで、外の雪のように積もっているに違いない。
「いつも悪いな」
俺はこたつでテレビを見ながら待った。しばらくすると、彼女が鍋を持って、こっちに来た。
「ビールでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
冷蔵庫から二本、缶ビールを取り出した。
二人で向かい合って座る。
プルタブを引いた。
乾杯、と二人で缶をぶつけた。
「先輩、聞いてください——」
きっと今日も彼女の愚痴は止まらない。
雪は、たくさん積もれば除雪しなければならない。
彼女にとって、俺がその役割なんだろう。
でも逆に、俺にとっても彼女がその役割をしてくれている。
おそらく彼女は気づいていない。
お題:降り積もる想い
—想いを束ねて—
ある男子の近くにいたい、という理由で私はマネージャーになった。
そんな不純な目的で野球部に入部したけれど、意外にも、マネージャーの仕事自体に魅力を感じるようになった。
「ナオミ、終わりそう?」同級生のミオが訊いてきた。彼女もマネージャーだ。
一旦作業する手を止めた。
「うん、もうすぐね。そっちはどう?」
「こっちもあとちょっと。何とか無事に終わりそうだね」
私達は、明日から始まる最後の大会への激励を込めて、サプライズを用意している。
練習後のミーティングで、千羽鶴と応援メッセージを渡すのだ。
「ちょっと休憩しようか」
私は麦茶を飲みながら、窓からグラウンドを見た。選手達はノックを受けていた。
ここ、マネージャー室はバックネット裏の、グラウンドより少し高いところにあり、全体がよく見える。
みんなの声と、ボールに喰らいつく姿がそこにはある。今日も皆、頑張っている。
「またキャプテン見てる」ニヤニヤしながらミオが言う。
「別に、あいつだけじゃないし」
これまで頑張ってきた皆の姿を、私は近くで見てきた。
だから私も皆のために頑張ろう、そう思った。
「さ、続きやろう」
そして時は流れ、あっという間に日は暮れた。何とか私達は完成させることができた。
紐に括った千羽の鶴。
そしてマネージャーや監督、先生や生徒達から集めたメッセージ。メッセージはリボンに書いてもらった。それを一つに束ねている。
「じゃあお前達、マネージャーが渡したい物があるそうだ。キャプテン」監督が言った。
三年生の私とミオが渡す事になった。ミオが千羽鶴で私が応援メッセージ。
「ありがとう。明日絶対勝つから」
キャプテンのハヤテが、それを受け取ってそう宣言した。
「頑張れ!」私は彼の目を見て言った。
思わず涙が出そうになった。
「この野球部は色んな人から応援されている。その期待に応えられるように、明日の試合、絶対勝とう」監督が締め括った。
選手達の大きな返事が聞こえる。
皆の努力が実を結びますように、私は心の中でそう願った。
お題:時を結ぶリボン